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第16話:アニキの決意

「それで、このヒロインの設定が素晴らしいんですわ! 何故かというと―――」


 少女は一生懸命、自分自身の感想を交えながら、物語を解説する。

 その表情に、もう先ほどまでの恐怖の色はない。

 そんな少女の姿を見たアニキは、ほんの少しだけ、頬を緩めた。


「あっ、今の設定面白かったですの!? えへへ。実はわたくしもお気に入りなんですわ!」


 少女は楽しそうにページをめくり、アニキへと言葉を届けていく。

 一通り解説し終わった頃、アニキは頭を掻きながら、言葉を返した。


「あーまあ、その本の読み方はよくわかったぜ。しかしおめえ、説明がやたらうめーな」

「えっ!?」


 喋りすぎて息が上がっていた少女は、突然返ってきた言葉に驚き、声を失う。

 しばらくしてアニキの言葉の意味を理解すると、赤く染まった頬を背け、言葉を返した。


「いやっ、別にたいしたことないですわ。このくらい誰でもでっできますわよ!」

『なるほど。相当嬉しいみてーだな』


 アニキは盛大に噛みながらも言葉を紡ぐ少女の姿を見つめ、小さくため息を落とす。

 できればずっと喋らせてやりたいところだが、あいにく自分には、本に対する興味はまったくない。


「しかしまあ、そんだけ本好きってことは、やっぱ目的地はブックマーカーだったのか? よくは知らんけど、あそこには本が沢山あんだろ?」


 アニキは両腕を組みながら、何気なく少女の目的地を訪ねる。

 しかしその言葉を受けた少女は、顔を伏せ、眉をひそめた。


「いいえ、違いますわ。わたくしの目的地は……セレンブレイア王国です」


 奥歯を噛み締め、言葉を紡ぐ少女に、先ほどまでの明るい雰囲気は欠片もない。

 まるで親の敵を見るような鋭い目付きで、少女は馬車の床面を睨みつけた。


「ふーん、セレンブレイア王国ねえ。あそこは一応首都なわけだし、用事なんざいくらでもありそうなもんだが……どうやらおめえは、そこには行きたくねえらしいな」

「えっ!?」


 予想だにしなかったアニキからの返答に少女は動揺し、声を乱す。

 その反応を見たアニキはますます面倒くさそうにため息を落とし、頭を掻いた。


「べっ、別に、嫌なんて事、あるわけないですわ! だってわたくしは、崇高なる“使命”のために、王国へ行くんですもの!」


 少女は声を荒げ、“使命”の部分を特に強調しながら、噛み付くようにアニキへと反論する。

 アニキはそんな少女の怒号に欠片も反応せず、小指で耳をほじりながら興味なさげに言葉を返した。


「ふーん。で、その崇高な“使命”ってのはなんなんだ? さっきからやたら大事そうにしてる、そのネックレスと関係あんだろ?」

「―――っ!?」


 アニキの言葉に声を失い、警戒心から少女は胸元に下げた十字架に触れる。

 しかし、そうして見つめたアニキの瞳に悪意や濁りなど欠片も無く、ただ純粋に少女を見返していた。

 少女は真っ直ぐなアニキの瞳に毒気を抜かれると、落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。


「―――確かに、あなたの言うとおりですわ。この十字架は、“ティアーズ・セレンブレイア”と言って、セレンブレイア教のシスターが代々守り続けてきたものです」


 胸元に下げた十字架を握り締め、力強い声色で言葉を紡ぐ少女。

 アニキは沈黙をもってそれに答え、続きを促した。


「わたくしの家は代々この十字架を守り、セレンブレイアにある教会で人々のために祈りを捧げてきたのです。わたくしの母も、祖母も、そのまた母も、ずっとそうしてきたのですわ」

「…………」


 十字架を握り締める少女の表情に、憂いの色はない。しかし、喜びも感じられない。

 まるで人形のようなその姿に、アニキは強く奥歯を噛み締めた。


「これが由緒ある、シスターの家柄の宿命……いえ、立派な使命ですわ。わたくしもこれからセレンブレイアで、人々のために祈り続ける。それが人々の、みんなの幸せになるんです」


 少女はどこか誇らしげに胸を張り、まっすぐにアニキを見つめて言葉を紡ぐ。

 アニキは少女の握り締めていた十字架を見つめ、息を吐きながら腕を組んだ。


「なるほどな。ああ、立派だ。確かに立派だよ。腕っぷしだけの俺と比べりゃ、おめえの方がよっぽど人の役に立ってるぜ」


 アニキは歯を見せて笑いながら、少女の顔を見返す。

 少女は小さく笑みを浮かべると、さらに誇らしげに胸を張った。


「ふふっ、当然ですわ。わたくしの心に、迷いなどありません。人々のために祈り続けることが至上の幸せであり、わたくしの存在意義、ですもの……」


 どこかぎこちなく口を動かしながら、満面の笑みで十字架を握り締める少女。

 アニキはため息を落とすと、デクスの乗っていた馬車のドアの外側にかけられていた重厚な南京錠の姿を思い出す。

 これで心の中に引っかかっていた事実が、一つの線で繋がった。


「だがよ、この馬車に付けられてた南京錠。ありゃあ、暴漢からお前を守るためのもんじゃねえな」

「っ!」


 鋭い指摘に声を失い、少女は大きな瞳を見開いて、アニキを見つめる。

 やがて観念したように俯くと、消え入りそうな声で言葉を紡いだ。


「確かに、その通りですわ。あの南京錠はわたくしの父が、わたくしを逃がさないために取り付けたもの……ですが、わたくしはその事を悪とは思いませんわ! だってわたくしには、使命がある! 代々守り続けられてきた十字架を持ってセレンブレイアで祈り続ける、崇高な使命が! それを守ろうとするお父様の行為を、否定などできるはずもありません!」


 少女は声を荒げ、まるで攻め立てるように、アニキへと言葉を返す。

 アニキは少女の瞳を見つめながら、その言葉の一つ一つを受け止めた。


「ああ……そうだな。お前がそう思うなら、きっとそうなんだろうぜ。間違っちゃいねえよ」

「…………」


 アニキは歯を見せて悪戯に笑い、少女の言葉に答える。

 少女はそんなアニキの笑顔を見ると、十字架を握り締め、俯いた。


「そう、ですわ。鍵くらい、当然、ですもの……」


 俯いた少女の口から、まるで零れ落ちるように、言葉が落ちていく。

 一体それは、誰に向けての言葉なのか。

 その答えは、少女本人ですら持っていないだろう。

 アニキはそんな少女の表情を見つめ、今度は勢い良く頭を掻いた。


「……かーっ、ちくしょうめが! 俺ぁなんだって、そんなことを……マジで馬鹿じゃねえのか!?」

「???」


 アニキは両手で頭を掻きながら、苦しむように言葉を紡ぐ。

 意味不明なその言動に少女は疑問符を浮かべ、小首を傾げてアニキを見つめた。

 その瞳の端に光る粒を、アニキは見逃さない。

 その粒が頬を流れてしまわないように。アニキはできるだけ明るい声で、少女へ言葉を返した。


「おう、その由緒正しい十字架ってやつを、俺にも見せてくれねえか? そんなもん見れる機会なんて、もう一生来ねえだろうからな」

「えっ?」


 予想外のアニキの言葉に、一瞬返事を忘れる少女。

 耳に入ってきた言葉を租借すると、やがて返事を返した。


「うー、まあ、いいですわ。命の恩人ですし……でも、大事に扱わないとダメですわよ!」

「だぁぁもう、わーってるよ。心配すんな」


 アニキは心配そうに眉を顰める少女から十字架を受け取り、ずっしりとした歴史ある重みを、その手に感じる。

 こんな重いものを、大人の手にもあまるような代物を、こんな年端もいかぬ少女が首から下げ、その長すぎる一生をこの十字架に捧げようとしている。

 教会の中で祈り続ける日々は、少女にとって一体どれほどの長さになるのだろう。

 首から下げた十字架は、少女に何を与えてくれるというのか。

 アニキにはそれが、わからない。わかろうはずもない。

 ただ一つ、わかっているのは―――


「絶対、絶対、壊しちゃダメですわよ! 絶対ですわよ!」


 大好きな本を抱きしめて、どこか明るくなった少女の笑顔と、右手に伝わる十字架の重みだけだけは、確かにこの手に感じることができる。

 アニキは一度瞳を閉じ、奥歯を噛み締めて心を決める。

 再び開かれた瞳には、一点の迷いもなかった。


「―――よいしょ……っと」

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