第167話:その翼を奪われて
「馬鹿団長、あまりドラゴンを挑発するな! 作戦が崩れる!」
「わぁーってるって。心配すんな!」
「本当にわかってるんだろうな……」
リリィへ返事を返すアニキの表情は楽しそうに笑っており、冷静だとはとても思えない。
リリィは片手で頭を押さえて顔を左右に振るが、小さく息を落として言葉を続けた。
「アスカ! とにかく作戦の続きだ! 次のドラゴンブレスで仕掛けるぞ!」
「あいよ! おーいドラゴンやーい! こっちこっち!」
アスカは両手をメガホンのように使い、ドラゴンに向けて声をぶつける。
高い声は通りやすく、ドラゴンは唸り声を上げながら再びアスカへと照準を合わせた。
「きたきた! こえええええ!」
ドラゴンと目が合った瞬間、アスカは再び衝撃波を伴いながら水晶の森を走り出す。
その後を追い、ドラゴンも周囲の水晶を破壊しながらアスカを追いかけた。
超高速で移動するドラゴンとアスカには、キラキラと輝きながら空中を舞う水晶が、スローモーションのようにゆっくりと落ちていくように見える。それは幻想的な光景だったが、命のやりとりをしているアスカには感動する暇もない。
やがてアスカはわざと一瞬停止し、隙を作った。
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
ドラゴンはその一瞬の隙を見逃さず、その巨大な口を開く。
しかしその瞬間を待っていた者が、ドラゴンの背後で剣を構えていた。
「ご先祖様に刃を向けるのは気が引けるが……これも生きるためだ!」
リリィは尻尾から一気にドラゴンの背中に駆け上がり、上段に構えた剣に渾身の力を込める。
剣の柄はメキメキと軋むような音を鳴らし、その刀身にはリリィの気迫までもが込められているように思える。
そのままドラゴンの背中にある右翼の付け根に向かって、リリィは渾身の一撃を振り下ろした。
「せあああああああああああ!」
『グガッ……!?』
振り下ろされたリリィの剣は皮膚の薄い翼の付け根にヒットし、強靭な皮膚を貫通して筋肉を傷つける。
その手ごたえを感じたリリィは、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「ちぃっ……傷つけるのが精一杯とは、私も修行が足りない」
リリィは悔しそうに顔を歪めていたが、ドラゴンは背中に走った激痛に悶え、思わず踵を返してリリィに向かって顔を向ける。
そんなドラゴンの姿を見たリリィは、咄嗟に叫んだ。
「っ!? 今だ、アスカ! 作戦通りにいけ!」
「おう! 行くよ、お姉ちゃん!」
「……っ!」
アスカはカレンを呼び出して呼吸を合わせると、自分に背中を向けたドラゴンの尻尾に乗り、リリィと同じように背中へ向かって駆け上がっていく。
右翼に傷があることを横目で確認すると、左翼へと狙いを定めた。
「陰陽一閃……白夜・光刃!」
アスカは両手に持った刀の間に光の刃を生成し、カレンはアスカの背後に浮遊してその刃に自身の西洋剣を突き刺す。
すると光の刃はさらに輝きを増し、白い光が周囲を包んだ。
「くら、ええええええええええええ!」
アスカとカレンは全く同じ動きで切り下ろしの動作を行い、光の刃をドラゴンの左翼付け根に振り下ろす。
左翼の付け根にはリリィが切りつけたのと同じくらいの傷ができ、ドラゴンは激痛に悶えるとその場にうずくまった。
「よし! これで―――!?」
うずくまったドラゴンを見たリリィは、勝利を確信しながら地面へと降り立つ。
しかしその瞬間を待っていたかのように、ドラゴンの巨大な口がリリィへと向けられていた。
『グォオオオオオオオオオオオオ!』
ドラゴンの口の中から感じる、嫌な気配。
その気配がドラゴンブレスであると感じ取ったリリィは、引きつった笑顔を浮かべた。
「はは……この作戦唯一の欠点は、この攻撃を避ける手段が無い。ということか……」
まばたきをする間に発射されたドラゴンブレスに対し、かろうじて剣を盾のように使って防御するリリィだったが、その剣は呆気なく砕かれ、衝撃波はリリィの身体を吹き飛ばす。
衝撃波を受けた状態のままリリィは水晶の森を突き進み、やがて山肌へ激突すると、リリィを中心とした円形のクレーターが生成された。
その瞬間リリィは口から鮮血を吐き出し、瀕死の状態でドラゴンを睨みつける。
「骨を何本か持っていかれた……か。本来なら即死だろうが、私の身体もなかなか丈夫なよう、だ」
リリィは荒い呼吸を吐きながら小さく笑い、頭部から出血した鮮血によって視界を完全に奪われる。
そんなリリィを見たアスカは、奥歯を噛み締めながら地面へと降り立った。