第164話:必勝の策
「お下がりください、リース様。現在の私の性能では、庇うのが精一杯です」
イクサはドラゴンから充分に距離を取りながらも、背後に立つリースを片手で庇うようにして立ちながら声をかける。
そんなイクサの言葉を聞いたリースは、斜めがけした鞄の紐を強く握り、言葉を返した。
「やっぱり僕も戦うよ! 防御の手伝いくらいなら―――」
「いえ、それには及びません。リース様は下がっていてください」
「そんな……」
リースは鞄の紐を強く握りながら、悲しそうに俯く。
そんな二人の様子を遠目から見ていたアニキは、身体を起こしながら言葉を落とした。
「……そうだよな。自分だけ力になれねえってのは、つらいもんだ」
アニキは歯を見せて笑いながら、少し霞みがかった視界でドラゴンを見上げる。
地面に降り立ったドラゴンは周囲を注意深く見渡し、こちらの出方を伺っているように見えた。
その立ち振る舞いは単なる獣ではなく、ある程度の知能を持っていることを感じさせる。
「あの様子では、簡単に隙は作ってくれそうもないな。どうしたものか……」
リリィはドラゴンからの攻撃によって埋め込まれていた山肌から脱出すると、再び剣を構えながら真っ直ぐにドラゴンを見据える。
ドラゴンはその巨体ながらも動きに無駄がなく、大きな隙が見当たらない。そればかりか、潜在的なスピードが速すぎてどんな大雑把な動作でも隙として成立しないのだ。
「仕方ない、か……リリィっち。あたしちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかな?」
「アスカ……それは構わないが、決して無理はするなよ」
リリィの言葉を聞いたアスカは脇差を抜くと刀を持った両手を下げ、リラックスした状態でドラゴンを見つめる。
そんなアスカの視線に気付いたドラゴンは、先手必勝とばかりにアスカへと襲い掛かった。
「や、やはり、速い!? アスカ―――!」
「ふっ!」
「!?」
アスカがふっと息を吐いた瞬間、その姿をリリィは完全に見失う。
元々アスカが立っていた地面にはドラゴンブレスが襲い掛かり、焦げた水晶と地面だけが残されていた。
『グガッ……!?』
「くぅっ!」
リリィがじっと目を凝らすと、ドラゴンの周囲を超高速物体が走り回っているのが見える。
もはや人かどうかの判別すら難しいが、状況からみてアスカに間違いないだろう。
「アスカ……お前、いつのまにこんなスピードを!?」
驚愕したリリィの真正面に、ブレたような残像を伴ったアスカが、足で地面を削りながら登場する。
横から高速で移動してきたアスカによって起こされた衝撃波に目を瞑るリリィだったが、アスカは荒い呼吸をしながら言葉を紡いだ。
「に、二刀流になってから、なんかバランスとりやすくなってさ……ま、前よりちょっとだけ、速く動けるようになったんだ、よね」
アスカは肩で息をしながら、苦しそうに言葉を紡ぐ。
そんなアスカの言葉を受けたリリィはそのスピードに活路を見出し、ひとつの作戦を思いついた。
「よし……アスカ。そのスピードを生かして馬鹿団長へ作戦を伝えてくれ」
「はは、またドラゴンの前を通るのか……簡単に言ってくれるねぇ。とはいえ、やるしかないか!」
リリィからの話を聞いたアスカは、トン、トンと足で一定のリズムを刻む。
すると片足が地面に触れたその瞬間、一瞬にしてその場からアニキの位置まで移動した。
しかしドラゴンにはそんなアスカの動きもかろうじて見えているらしく、険しい表情でアスカを見下げていた。
「こ、こわっ!? アニキっち、さっさと伝言伝えるからちゃんと聞いてね!」
「ああ? ……おう、おう。なるほどな」
アニキはアスカの口から作戦内容を聞き、腕を組みながらうんうんと頷く。
やがて作戦の全てを聞いたアニキは、リリィに向かって大声を張り上げた。
「おーい! 作戦はわかったがよ、リース達にちょっと俺の手伝いを頼めねえか? つうか頼むからよろしくな!」
「はぁぁ!? 何を言っている貴様! リース達は―――ぐっ!?」
突然大声で予想外のことを言ってきたアニキに対し、声を荒げるリリィ。しかしその身体はドラゴンからの第二撃を食らい、今度は水晶体へと激
突する。
リリィは回転しながら地面を転がって全身に裂傷を作るが、やがて剣を地面に突き立てて勢いを寸断した。
「くっ……ええい、わかった。好きにしろ! 今貴様と問答している暇はない! だが、リースに危害があったら許さんぞ!」
「おう、わかった! 心配すんな!」
水晶体に埋もれ、攻撃された際に折れた骨が致命傷でないことを確認したリリィは、アニキに向かって怒号にも似た声を返す。
そんなリリィの言葉を聞いたアニキは、笑いながらアスカへと耳打ちした。
「んじゃ、リース達にも作戦内容を伝えてくれや。内容は~」
「ふむふむ……ええっ!? マジすか!?」
作戦内容を聞いたアスカが、驚愕の表情でアニキを見つめる。
しかしアニキは真剣な表情のまま、返事を返した。
「マジに決まってんだろ。この状況で冗談言うか?」
「言わないッスよね……ああもう、どうなっても知らんぞぉ!」
アスカはアニキからの伝言を受けると、リース達に近づいてその言葉を伝える。
その言葉を聞いたリースが笑顔になるのを、アニキは遠目からでも見逃さなかった。
「うっし……こっからが本番だぜ、ドラゴン野郎!」
『グォオオオオオオオオオオオオオオ!』
炎を纏いながら拳を打ち鳴らしたアニキに対し、怒りの咆哮を響かせるドラゴン。
その咆哮を腹の底で受けたアニキは、額から一滴の汗を流し、顎から地面へと一滴の汗を滴り落としていた。