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第163話:圧倒、ウィンドドラゴン

「ウィンドドラゴン……! 風の精霊王に仕えたという、伝説の龍か……!」


 リリィは腰元の剣を迷い無く抜き、その切っ先をドラゴンへと向ける。

 ドラゴンは黄緑色の鮮やかな鱗を輝かせ、威嚇の意味を込めてその両翼を羽ばたかせた。

 その口は王城の門よりはるかに大きく、両足は大地を力強く踏みしめる。

 咆哮は空気を揺らし、その場にいる全員に恐怖の感情を植え付けた。

 しかし―――その恐怖を持ってなお、笑う男が一人。


「いいねぇ……やってやろうじゃねえか。この野郎がああああああああ!」

「!? 馬鹿者! 不用意に飛び込むな!」


 アニキは背中に炎の翼を宿らせると、我慢ならないといった様子で地面を拳で殴り、その反動でドラゴンに向かって突き進んでいく。

 炎を纏ったその拳がドラゴンの顔面を捉えようかというその刹那―――ドラゴンは表情ひとつ変えず、アニキの背後へと回り込んだ。

 巨大なドラゴンの体が高速で移動したことで、衝撃波がリリィ達を襲う。

 リリィとアスカは剣を地面に突き立ててかろうじてこらえ、イクサはリースを抱きしめた状態で体勢を低くし、どうにかその場に留まった。


「かっ……は!?」

『グォオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 ドラゴンは自分に向かってきたアニキへの怒りからか、その羽をたたんで空中のアニキへと体当たりをぶつける。

 その巨体からは想像もできないスピードで突進されたアニキは、地面から生えた水晶体をいくつも破壊しながら吹き飛び、やがて山肌に全身を叩きつけられた。


「ぐ、ぅ……! こいつ、マジで速ぇ! 本当にモンスターかよ!?」


 アニキは頭部からの出血で片目を塞がれながら、ぼやけた視界でドラゴンを睨みつける。

 リリィは地面から剣を引き抜くと、その切っ先をドラゴンに向けながら言葉を返した。


「馬鹿者! ウィンドドラゴンは神に仕えるいわば神獣だぞ! その辺のモンスターとは格が違う!」


 リリィはその長い髪を振り乱しながら、アニキに向かって言葉をぶつける。

 アニキは山肌に埋め込まれた全身を引き抜くと、ふらつきながら立ち上がった。


「へっ……いいねぇ。そんくらいじゃないと歯ごたえがねえぜ」

「っ! ああもう。あの馬鹿は……!」


 再び右拳を引いてドラゴンへと標的を合わせたアニキを見て、がっくりと俯いて言葉を落とすリリィ。

 そんなリリィの隣でアスカは、刀を鞘に収めながら動揺した様子で言葉を発した。


「ていうか、今のスピードは何!? 下手すっとあたし達より速いんでない!?」


 アスカは収めた刀の柄に手をかけて抜刀術の体勢をとりながら、リリィに向かって言葉をぶつける。

 そんなアスカの言葉を受けたリリィは、冷汗を流しながら返事を返した。


「いや、間違いなく速いだろう。ウィンドドラゴンは全モンスター……いや、今のところ全生物中最速だからな」

「は、ははは……そりゃすげえや」


 アスカは額から汗を垂らし、乾いた笑いを響かせる。

 見上げていると首が痛くなるほどの巨体でありながら、全生物中最速と呼ばれるウィンドドラゴン。

 ドラゴンという種族から察するに、パワーも他のモンスターとは比べ物にならないだろう。

 加えて今ドラゴンは、突き刺すような殺気をリリィ達へと向けている。

 これがリリィ達で無ければ、そのプレッシャーだけで失神していただろう。


「とにかく、体勢を整えるぞ! イクサはリースを守って後退。私と馬鹿団長で前後から攻撃する!」


 リリィは剣に全神経を集中させながら、どうにか突破口を開こうと作戦を立てる。

 そんなリリィの言葉を聞いたアニキは、即座に声を荒げた。


「うぉい! 何でてめぇが命令してんだよ! てか俺一人でやらせろや!」

「今はそんなこと言ってる場合か!? ひとりで敵う相手ではないともう分かっただろう!」


 遠くから怒号を飛ばしてくるアニキに対し、同じく大声で反論するリリィ。

 その言葉を聞いたアニキは、先ほどのドラゴンのスピードとパワーを冷静に分析し、悔しそうに奥歯を噛み締めた。

 真に強き者は、相手の力量を測ることに長けている。

 勇気と無謀は違うということを、アニキ自身もよく理解していた。


「ちっ…………わぁったよ。ここは共闘するしかなさそうだな。おいイク

サ! リースをちゃんと守っとけよ!」

「了解しました、マスター。お任せください」


 イクサは遠くから響いてきたアニキの声に対し、大きく頷いてみせる。

 しかしその声を聞いたリースは、リリィに向かって言葉をぶつけた。


「リリィさん! 僕に出来ることはない!? 守られてるだけなんて嫌だよ!」


 リースもこの旅路の中で、日々修練を積んできた。

 その成果を発揮もできず、毎日指導してくれたリリィ達に恩返しもできないのでは、あまりにも虚しい。

 リースは両手を強く握り締め、リリィへと言葉を届けた。


「残念だが……リース、君にできることはない。相手はあまりに強大すぎる」

「っ! そんな……」


 イクサに抱えられた状態で、悲しそうに眉を顰めるリース。

 リリィはそんなリースを横目で見つめると、再びドラゴンに向かって相対した。


「改めて見ると、反則的な大きさだな。これであれほどの速度を出せるとは、まったく恐れ入る」


 リリィは額から大粒の汗を流しながら、ニヤリと笑ってみせる。

 その笑顔が癪だったのか、ドラゴンはもう一度咆哮し、一瞬にしてリリィとの距離を詰めた。


「くっ……!?」

『グオアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 ドラゴンは一瞬でリリィとの距離を詰め、その巨大な尻尾をリリィに向かって横薙ぎに振りぬく。

 リリィの視界いっぱいに黄緑色の尻尾が映り、圧倒的な衝撃がリリィの身体を襲った。


「ぐっ……うっ……!?」

「リリィっち!」


 咄嗟に剣で防御したリリィだったが、ドラゴンの力は凄まじく、防御の上からでもリリィの身体を山肌へと叩きつける。

 山肌に埋め込まれたリリィを中心として衝撃波が幾重も広がり、リリィはその衝撃によって鮮血を吐き出した。


「がっ……あ!?」


 リリィは一瞬呼吸を忘れ、その瞳からは光が失われる。

 そんなリリィの姿を見たアニキは、もう一度地面を殴ってドラゴンの頭部へと高速で接近した。


「くっそがああああああああああああ! くらいやがれ!」


 ドラゴンの頭部へ高速で接近したアニキは、その横っ面に拳をねじ込もうと腕を伸ばす。

 しかしその拳がドラゴンの頭部を捉えたかというその瞬間、ドラゴンは残像を残してその場から飛翔し、アニキに向かって上空から叩きつけるように尻尾を振り下ろした。


「がっ……!?」


 アニキは全身でその巨大な尻尾を受け止めるが、数秒後には地面に埋め込まれ、飛散した水晶体だけが視界に映る。

 キラキラと輝く水晶の向こうで飛翔しているドラゴンを見たアニキは、口の端から血を流しながら言葉を紡いだ。


「はは……あのタイミングで、避けやがった。俺が羽虫扱いかよ……」


 アニキは出血によって塞がってしまった片目を閉じたまま、小さく言葉を落とす。

 その声を聞いていたアスカは、やがて地面へと降り立ったドラゴンを、真剣な表情で見つめていた。


「いや、いやいや……これ、マジでやばいっしょ」


 アスカは引きつった笑顔を浮かべながら、目の前のドラゴンを見上げる。

 ドラゴンは勝利を確信したのか、再び山全体を震わせるような咆哮を辺りへと響かせていた。


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