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第162話:風の水晶の中で

 ラスカトニアから東に進むと、険しい山々が行く手を阻む。

 むき出しの岩肌は見ているだけで冷たく、生物の気配はほとんど感じられない。

 山間に吹く風は冷たく、身体を真から冷やしてくるようだ。


「この山を越えれば港町が見えるはずだが……随分と道が入り組んでいるな」


 リリィは目の前に何本も延びた山道を見つめ、困ったようにため息を落とす。

 そんなリリィの様子を見たイクサはリリィと共に山道を見つめるが、眉間に皺を寄せて返事を返した。


「どうやら大型のモンスターによって道が荒らされてしまったようです。既存の地図情報だけでは、正規の道を推測することは不可能と思われます」


 イクサは眉間に皺を寄せながら山道を見つめ、小さく息を落とす。

 そんなイクサの姿を見たリリィは、困ったように笑いながら返事を返した。


「まあ、仕方ないさ。少々危険だが、手当たり次第に進んでみる他ないだろう」

「だな! それで行こうぜ!」

「貴様は考えるのが面倒くさいだけだろうが……」


 頭の後ろで手を組みながら笑顔で言葉を発するアニキへ、片手で頭を抱えながらツッコミを入れるリリィ。

 アニキは悪びれる様子も見せず「まーな!」と元気良く返事を返した。


「うーん……」

「??? どったのリースちゃん。お腹痛いの?」


 難しい顔をして山道を見つめるリースに対し、疑問符を浮かべながら質問するアスカ。

 そんなアスカの言葉を受けたリースは、アスカを見上げながら返事を返した。


「あ、ううん。そうじゃなくて。なんとなくだけど……こっちの道の方から風が吹いてるような気がするんだ」


 リースは正面に真っ直ぐ伸びた道を指差し、アスカに向かって返事を返す。

 アスカは自身の人差し指をぺろっと舐めて確認するが、その指先に風の感触は感じられなかった。


「??? うーん、あたしは風なんて感じないけど……リリィっちはどう?」

「そうだな……触覚に集中してみたが、私も風は感じなかった」

「ええ、ほんとう? 気のせいなのかなぁ……」


 リースはアスカ達に否定されたことで自信を失ったのか、眉を顰めながら言葉を紡ぐ。

 しかしそんなリースの頭を、大きな手がぽんっと叩いた。


「ま、いいじゃねーか。どうせ正解の道なんてわからねえんだし、ここはリースの感覚に賭けてみようぜ」


 アニキは歯を見せてにいっと笑うと、皆を置いてリースの指差していた道を歩き出す。

 リリィはそんなアニキを、慌てて追いかけた。


「あっ、おい!? また勝手に……! こら、置いていくな!」


 慌ててアニキを追いかけたリリィの後ろを追って、リース達も正面に伸びた道を歩いていく。

 そうして歩き出したリリィ達一行を、今度は黄緑色に輝く水晶群が出迎えた。

 山間の道から突き刺すように生えた黄緑色の水晶は、わずかな日の光を反射して幻想的に輝く。

 リースはぽかんと口を開け、その水晶群の美しさに目を奪われた。


「わぁ……! なんだかきれぇなところだねぇ……!」


 だらしなく口を開けて涎を垂らすリースの口を、イクサが手馴れた様子でハンカチを使って拭う。

 そんな二人の様子を笑いながら見つめたリリィは、水晶群へと視線を移して言葉を紡いだ。


「これは……風の結晶だな。この星を造った八つの大精霊のうち、風の大精霊が光臨した場所に出来たと言われる非常に珍しい結晶体だ」


 リリィは内心驚きながらも、かろうじて平静を保ちながら周りを囲む結晶体を見つめる。

 そんなリリィの言葉を聞いたアスカは、その目をゼール(お金)マークにしながら言葉を返した。


「マジで!? じゃあこれ、高く売れるかな!?」

「残念だがそれは無理だ。風の結晶はこの場所を離れるとただの石ころになってしまうからな」


 リリィは結晶体に飛びついたアスカを笑いながら、楽しそうに言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの言葉を聞いたアスカは、口を3の形にしながら返事を返した。


「ぶぅー。でもまあ、そっかぁ。ここでしか見られないってのも何か良いかも。ね、お姉ちゃん!」

「……っ!」


 突然アスカに呼び出されたカレンだったが、無言ながらこくこくと頷いてアスカの言葉に同意する。

 確かにこの水晶群は、人の手では決して作れないような幻想的な光景だった。

 しばらくその光景に見入っていた一行だったが、やがてアスカが思い出したように手を合わせ、言葉を発した。


「あ、そういやさっき大型のモンスターがいるとか言ってたけど、ここは大丈夫なのかな」

「確かに、山間には巨大なモンスターが暴れた跡がありましたが……この辺りは静寂そのものですね」


 アスカの言葉を受けたイクサは冷静に水晶群を見つめ、モンスターの存在を確認する。

 しかし辺りは平和そのもので、モンスターの気配も感じられなかった。


「ちっ、なんだよつまんねーな。どうせなら戦いたかったぜ」

「また貴様はそんなこと言って……無鉄砲にもほどがあるぞ」


 不満そうに言葉を落としたアニキに対し、片手で頭を抱えながら返事を返すリリィ。

 しかしアニキはそんなリリィの言葉を聞くこともなく、不満そうに水晶の先に広がる青空を見上げていた。


「まーまー、いいじゃん。大型モンスターなんか、このアスカちゃんがばっこーん! とやっつけちゃうからさ!」

「…………」


 水晶の壁に向かって不意に放たれた、アスカの拳。

 その拳の少し上にある水晶の塊はぎょろりと瞼を開き、リリィのような赤い瞳をアスカへ向けていた。


「あ、アスカさん。うし、うしろ……」

「んん? なにリースちゃん。このお姉ちゃんを驚かそうたってそうはいかないかんね! モンスターなんかこうだよ! こう!」


 アスカはぶるぶると震えたリースに構わず、背後の水晶へとチョップを入れる。

 その水晶から光る赤い瞳は明らかに怒りの炎を宿し、次の瞬間巨大な地震が発生した。


「おおっ!? なんじゃあ!?」

「アスカ! 危ない!」


 よろめいたアスカを抱きかかえ、咄嗟に横っ飛びをするリリィ。

 アスカの元立っていた場所は、巨大な足によって踏み潰されていた。


「こっ、ここっ、こここっ、これっ……」

「これは……」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 アスカの後ろで大人しく眠っていた黄緑色のドラゴンは、怒りをあらわにした表情で咆哮を響かせる。

 その咆哮の衝撃波は凄まじく、吹き飛ばされそうになったリースをアニキが咄嗟にキャッチしていた。


「へっ……ドラゴンかよ。笑えねぇ冗談だなぁ、おい!」

「そん、な。まだ実在していたなんて……!」


 どこか楽しそうに笑うアニキと対照的に、凍りついた表情でドラゴンを見上げるイクサ。

 リリィは咆哮を続けるドラゴンを見上げると……その額から大粒の冷汗を垂らし、ごくりと喉を鳴らした。


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