第161話:さらば、ラスカトニア
ラスカトニアの正門前。旅支度を整えたリリィ達一行は、最後に一度だけラスカトニアへと振り返った。
「ラスカトニア、か。思えば本当に色々な事があった。なんだか不思議な街だったな」
リリィはラスカトニアで起きた様々な出来事を思い出しながら、風に流されるその黒髪に手を触れる。
そんなリリィに並び立ち、イクサは淡々とした調子で言葉を返した。
「そうですね。魔術士同士の議論が日中問わず響いているのは最初驚きましたが、暮らしている人々は皆伸び伸びとしていました。魔術協会の本部や魔術回路を使った遊園地もあり、魔術と人とがこれほどまでに深く結びついた都市は、ここ以外ありえないでしょう」
イクサは遠くに見える美しい王城を視界に収めながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
そんなイクサの言葉を受けたアニキは、ボリボリと頭を搔きながら返事を返した。
「へっ。まあつえー奴とは出会えなかったけど、まあまあおもしれぇ街だったな。いつかまた来ようぜ」
「うん! そうだね! 僕、ラスカトニア大好き!」
リースは両手を空に掲げながら、太陽のような笑顔を見せる。
そんなリースの頭にぽんっと手を置くと、アスカは悪戯な笑顔で言葉を紡いだ。
「にししっ。遊園地も楽しかったし、良い街だったよね!」
「アスカ……ああ、そうだな」
ダークマターの一件を、アスカが忘れているはずはない。
それでもいつも通りの笑顔を浮かべるアスカを見たリリィは、微笑みながら返事を返した。
「んじゃまあ、さっさと行こうぜ! 竜族の追っ手がくるかもしれねーんだろ? まあできれば竜族とも戦ってみてえけどな!」
「縁起でもないことを言うな……しかしまあ、そうだな。出発するとしよう」
リリィは相変わらず無鉄砲な事を言うアニキに頭を抱えながらも、踵を返して歩き出す。
そして街道を進むその視界に、とことこと歩くリースの金色の頭が入ってきた。
昔よりずっと力強く歩いていくリースの姿を見たリリィは、確かな成長と共に、残酷な時の流れを感じ取る。
遊園地の迷子センターで子ども達と別れる際に感じた、あの気持ち。
その気持ちに気付いたリリィは、いつのまにかリースへと声をかけていた。
「リース」
「ん? どしたのリリィさん」
リースは斜めがけにしている鞄の紐を両手で掴みながら、疑問符を浮かべて首を傾げる。
リリィはどこか言いづらそうにしながらも、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「リースは、その……両親が見つかったら……」
「???」
両親の元に帰るのか?
そんな疑問が、リリィの頭の中に浮かぶ。
しかしリリィはぶんぶんと顔を横に振り、その疑問を吹き飛ばした。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「そお? 変なリリィさんっ」
リースはにへへと笑いながら、再び前を向いて歩き出す。
いつのまにか大きくなったその背中を見つめながら、リリィは目を伏せて想いを馳せた。
『両親の元に帰るかどうか……だと? そんなもの、聞くまでもないだろう』
私らしくもない。そう考えたリリィは再び顔を横に振り、伏せていた目を前に向かって真っ直ぐに立て直す。
凛とした表情で前を向いたリリィに、もう迷いは見られなかった。
『私のすべきことなど、最初から決まっている。いつかリースの両親が見つかるようなことがあれば、その時には―――』
リリィはいつのまにか視線を下に下ろし、とことこと歩くリースの背中を見つめる。
そんなリリィの視線に気付いたリースは、頭に疑問符を浮かべながら笑顔を見せていた。