第159話:それはいつか、少女の思い出となる
その後リリィとイクサは無事料理を完成させ、子ども達やフラルへと料理を振舞う。
子ども達は皆美味しそうに料理を頬張り、楽しそうな笑い声が食卓を包む。
リリィは背中のチェルダを起こして食事を食べさせ、その後すぐ眠ってしまったチェルダを苦笑いしながら再び背中に背負う。
日も落ちてきた頃には子ども達の親も自身の子どもを引き取りに来て、気付けば大広間にはリリィ達とチェルダだけが残されていた。
「おねえちゃん、ばいばーい! またあそぼー!」
「おう! 気をつけて帰りんしゃーい!」
アスカは一日中格闘していた少年とにこやかに挨拶を交わし、ぶんぶんとその手を横に振る。
少年の母親はどこか申し訳なさそうに頭を下げながら、夜のマホマホ☆ランドへ消えていった。
「それにしても……遅いな、チェルダの両親。もしかして放送を聞き逃したのか?」
リリィは背中ですやすやと眠っているチェルダを見つめながら、小さく息を落とす。
イクサは優しい手つきでチェルダのねこ耳を撫でると、淡々とした調子で返事を返した。
「迷子の放送はランド全体に聞こえるはずですが、ご両親が聞き逃している可能性はあります。ここはもう一度放送してみるのが妥当かと思われます」
イクサも心なしか心配そうにチェルダを見つめ、その頭を優しく撫でる。
撫でられたチェルダはくすぐったそうに笑いながら、ぴこぴことそのねこ耳を動かした。
「そうだな。チェルダが大人しいうちに放送してみたほうがいいだろう。すまないがフラル、また園内放送をお願いできるかな?」
「あっ、はい! 今すぐに!」
リリィの言葉を受けたフラルはぴくっときつね耳を動かすと、大きく頭を下げて放送室へと走っていく。
やがて園内にフラルの声が届くと、どこからともなく足音が近づいてきた。
「!? なんだ、この足音は……かなり速いな」
「音の発生源は二名。速度と俊敏さから察するに獣人族と思われます」
「獣人族ってことは……もしかして!?」
アスカはイクサの言葉に可能性を感じ、音の発生源である目の前の大通りへと視線を移す。
正面に真っ直ぐ伸びている大通りの先から、やがて二人分の足音と共に叫び声が響いてきた。
「チェルダアアアアアアアアアアア! ここかあああああああ!?」
「チェルダちゃあああああああああああん!」
「はやっ!? ていうか、怖っ!?」
チェルダの両親らしき二人の獣人族は鬼のような形相をしながら、こちらに向かって走ってくる。
リリィは一瞬警戒心を強めるが、母親らしき女性にチェルダの面影があることを見つけ、小さく息を落とした。
「はあっはあっ……! あ、あの、こちらにチェルダ、あ、私の娘がいると放送を聞きまして、あの子は可愛い子なんです、どこかで迷子になっているかと思うと心配で心配で、あ、娘は女の子なんですけども!」
「落ち着いてあなた! 係員の方が若干引いてるわ!」
息を切らせた父親らしき男性は、動転した様子で支離滅裂な言葉を並べる。
隣にいた母親らしき女性は、そのねこ耳をぴくぴくと動かしながら動転する旦那を必死でなだめていた。
「あ、ああ。確かにこちらでお預かりしていますよ。というか今、私の背中で寝ています」
リリィはくるっとその身体を回し、おんぶされた状態でスヤスヤと眠るチェルダを見せる。
その姿を見た父親は、滝のような涙を流しながら再び口を開いた。
「おおおっ!? チェルダ! よかった、よかったよぉ……!」
父親はへなへなと地面に尻餅をつき、穏やかな寝顔の愛娘を見上げる。
チェルダはお腹がいっぱいになってしまったせいか、それでも目を覚ますことはなかった。
「本当にありがとう。私達この子を探してずっと園内を走り回っていたんです。でも見つからなくて途方に暮れて、ベンチに座り込んでいた時に放送が聞こえたものですから……」
母親は申し訳なさそうに頭を下げ、リリィに対して事情を説明する。
その説明を聞いたリリィは、なるほどと頷きながら返事を返した。
「ふむ。必死に走り回っていたせいで、逆に一回目の放送を聞き逃していたのか。どうりでここに来なかったはずだ」
リリィはようやく合点がいった様子で、ぽんっと両手を合わせる。
するとその音を聞いて目を覚ましたのか、チェルダがぐしぐしと目を擦りながら、しっぽをピーンと立ててあくびをした。
「ふぁ……おかあさん。おとおさん?」
チェルダは眠そうに目を細めながら、ぼーっとした様子で言葉を紡ぐ。
再会の喜びで泣き出してしまうのではないかと心配したリリィだったが、意外とチェルダは動揺することもなく、すとんと地面に降り立って母親の手を握った。
「では……夜も更けてきましたので、私達はこれで失礼します。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「あなた、頭下げすぎ。悪目立ちしてますよ」
父親は地面スレスレくらいにまで頭を下げ、獣人族の身体の柔らかさを見せ付ける。
母親はそんな父親にツッコミを入れ、リリィは困ったように眉をひそめながら両手を横に振っていた。
「いえいえ、私達もチェルダに会えて楽しかったですから。どうぞ気をつけてお帰りください」
リリィはにっこりと微笑みながら、チェルダの両親に向かって言葉を紡ぐ。
そうして次第に離れていく、チェルダとリリィ。しかしその事に気付いたチェルダは一瞬母親の手を離し、リリィに向かって駆け寄ってきた。
「おねえ、ちゃん……ありがとう。おかあさんとおとおさん、みつかった」
チェルダはまだ寝ぼけているのか、頭をこっくりこっくりさせながらも、リリィに向かって賢明に言葉を紡ぐ。
その愛らしい仕草に胸をキュンキュンさせるリリィだったが、かろうじて微笑むとチェルダの頭をそっと撫でた。
「こちらこそ楽しかったよ、チェルダ。元気でな」
リリィはにっこりと微笑みながら、チェルダに向かって言葉を紡ぐ。
そんなリリィの笑顔を見たチェルダは、さらにとことこと歩いてリリィへと近づいた。
「ちょっと……たかい。もうちょっとしゃがんで?」
チェルダは眠そうに目を細めながらも、最後の力を振り絞り、両手を上下にふわふわと振りながら言葉を紡ぐ。
そんなチェルダの言葉を受けたリリィは、頭に疑問符を浮かべながら地面に膝をついた。
「もっとって……これくらいか? どういう―――」
「ちゅぅ」
「ほぁっ!?」
チェルダはリリィの制服をぎゅっと掴み、その頬にキスを落とす。
突然のキスに驚いたリリィは、頬を赤くしながら固まった。
「ひゅうー! やるねぇチェルダちゃん! もっとやれー!」
「お熱いですね」
「お前ら何を言ってる!? これはただのお礼だろう! なあチェルダ!?」
「ええと、すみません。チェルダったらもう寝ちゃったみたいです」
再び視線を戻したリリィの視界には、母親に抱きかかえられ、穏やかな寝顔を見せるチェルダの姿があった。
リリィはそんなチェルダの寝顔を見ると、小さく笑いながら膝を伸ばして立ち上がる。
「……いえ、構いません。そのまま寝かせておいてあげてください」
リリィはにっこりと微笑みながら、母親に向かって言葉を紡ぐ。
母親は「すみません」と小さく言葉を返すと、ぺこりと会釈をして歩いていった。
「……ばいばい、チェルダ」
リリィは遠くなっていくチェルダの姿を見送りながら、少しだけ寂しそうに手を横に振る。
しかしそんなリリィに、アスカとイクサの視線が突き刺さってきた。
「見ました奥さん。あれは完全に恋人と別れる女の顔ですわ」
「否定しかねます。申し訳ありませんリリィ様」
「なっ……なんだお前達! その目はなんだ!」
なんとも言えない視線を送ってくるアスカとイクサに対し、顔を真っ赤にしながら言葉を返すリリィ。
アスカはそんなリリィに素早く近づくと、頭を撫でながら言葉を続けた。
「まあまあリリィっち。リリィっちにはあたし達がいるじゃーん?」
「そうですリリィ様。元気を出してください」
「だっ、だから何だその空気は!? 私は別に―――」
「まあまあ! 今日は宿に戻ってもパーッといこうパーッと!」
「パーッといきましょう」
「話を聞けえええええええ!」
リリィはニヤニヤしながら視線をぶつけてくるアスカと、淡々とした調子でそれに合わせるイクサに頭を抱え、大声を園内に響かせる。
マホマホ☆ランドから帰ろうとする客達は、そんなリリィの叫び声に驚きながらその姿を興味深そうに見つめていた。