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第15話:デクスとアニキの過去

「デクスさん。もしかしてアニキさんこと、好きなの?」

「ふぶっ!? ……けほっけほけほっ!」


 リースに創術の本の読み方を教えていたデクスは、予想だにしなかったリースの質問に、紅茶を吹き出す。

 気管に入ってしまったのか、大きな咳を繰り返した。


「あっ!? ご、ごめんなさい、変なこと言っちゃって。でも、二人って昔から知り合いだったみたいだし……」


 リースは自らの頭上で苦しそうにするデクスを気遣い、慌てて言葉を紡ぐ。

 デクスはなんとか呼吸を落ち着けると、荒い呼吸のまま返事を返した。


「けほっ……まったく、驚きましたわ。あなた一体どういう子どもなんですの?」

 デクスは眉を顰めながら、眼下に揺れる金色の髪を見つめる。

 リースはくすぐったそうに頭をかくと、悪びれずに言葉を返した。


「えへへ、褒められちった」

「褒めてません。まったく、今日の茶葉は高かったのにもったいないですわ」


 デクスは眉間に皴を寄せ、少しこぼれてしまった紅茶を拭き取る。

 リースは再び謝ると、懲りずに質問を続けた。


「でもデクスさんとアニキさんって、知り合いだったんでしょ? ……おともだち?」


 リースは小首をかしげながら、苦しい体勢で頭上のデクスの表情を見つめる。

 デクスは顔を背けながら、さきほどよりも小さな声で返事を返した。


「友達なんて大それたものではありませんわ。あの男とは過去にたった一度会っただけ……ですもの」


 デクスは視線を地面へと落としながら、誤魔化すように紅茶を口に運ぶ。

 リースは渡された紅茶を同じように飲みながら、言葉を返した。


「へぁー……そうなんだ。でもデクスさんって、この図書館からほとんど出ないって職員のお姉さんが行ってたんだけど、一体どこでアニキさんと会ったの?」


 リースは頭に疑問符を浮かべ、自分の背中を預けているデクスの顔を見上げる。

 デクスは視線をリースから外すと、苦虫を噛み潰したような顔で言葉を返した。


「い、意外と鋭いですわね……」

「???」


 リースは首をかしげながら、興味津々といった様子でデクスの瞳を見つめる。

 デクスは大きくため息を落とすと、紅茶のカップを机に戻した。


「あの男との出会いは……馬車に乗って旅をしていた時に鳥型モンスターに襲われていたわたくしを、助けてくれたことでした」

「へえ! アニキさんがデクスさんを助けたの!? すごいや!」


 リースはキラキラとした瞳で、デクスの目を見つめる。

 デクスはそんなリースの視線から目を逸らし、奥歯を噛み締めて言葉を続けた。


「ですが、助けてもらったその後で、あの男はとんでもないことをしでかしたんですわ!」

「ひうっ!?」


 珍しく感情をあらわにしたデクスに驚き、変な声を出すリース。

 デクスはそんなリースに気付くと、慌てて息を整えた。


「ふうっ。わかった。わかりましたわ。別に面白くもない話ですけれど―――まあ、あなたになら良いでしょう。詳しく話しますわ。わたくしと、あの男の過去を」

「!? うんっ。聞きたい聞きたい!」


 リースはまるで尻尾を振る犬のように瞳を輝かせ、頭上のデクスを見つめる。

 デクスは困ったように微笑みながら息を落とすと、ゆっくりと語り始めた。


「あれは、そう。思い出すのも難しいほど、昔の事ですわ―――」


 デクスの瞳に写った紅茶の水面に、あの頃の空が広がっていく。

 管理室の喧騒は、いつのまにか成りを顰め―――

 遠い過去の残照を、鮮やかに映し始めていた。






 襲い掛かってきた鳥型モンスターからデクスを助けたアニキだったが、デクスの乗っていた馬車の運転手はモンスターに襲われ負傷してしまったため、代わりの運転手を準備する目的で、アニキの相棒であるソフィアという女性はクロイシスという最寄りの街に戻ってしまった。

 仕方なくアニキはデクスの乗っていた馬車に乗り、腕を組む。


「ちっ。まあともかく、おめえは迎えが来るまでここにいるしかねえってこった。いずれクロイシスからソフィアが戻って来るだろうからな」


 アニキは両腕を組み、遠くに聳え立つクロイシスの町並みを見つめる。

 今頃ソフィアは、負傷した運転手を病院へと担ぎ込んでいることだろう。


「えっ? こ、ここに、残るんですの?」


 少女は一瞬アニキに蹴り飛ばされた鳥型モンスターの死体を見つめ、その雪のように白い頬を引き攣らせる。

 その様子を見たアニキは頬を掻くと、勢いよく馬車の中の椅子へと腰掛けた。


「……心配すんな。俺ぁここに残ってるからよ」


 アニキはたった一言そう呟くと腕を組んで、ドアの壊れた馬車の中から青い空を見上げる。

 その言葉を聞いた少女は、噛み付くように返事を返した。


「なっ―――べ、別に心配なんてしてませんわ! わたくしは一人でも大丈夫です!」


 少女は赤くなった頬を膨らませ、アニキに向かって声を荒げる。

 アニキはそんなデクスの言葉を受けると、歯を見せて悪戯に笑った。


「へっ、思ったより元気じゃねえか。その調子で頼むぜ。俺ぁ女は苦手だけどよ、辛気くせえのはもっと苦手なんだ」


 アニキは握った拳を自らの手の平に打ち付け、窓の外を見たまま、言葉を紡ぐ。

 目を合わせようとしないアニキに対し、少女はムッとしながらも言葉を返した。


「ふん、誰が辛気臭くなんて……別にあんな鳥、怖くもなんともありませんわ」


 少女は本を抱きしめながら眉間に皴を寄せ、馬車の床を見つめる。

 アニキは横目でその様子を伺うと、小さくため息を落とした。


「ああそうかい。そりゃ何よりだ」


 アニキは言葉を紡いだ後、頬を膨らませる少女の姿を横目で見つめ、そっと微笑む。

 やがて少女が顔を上げると、その視線から逃げるように、クロイシスの街へと視線を移した。


「ええ、そうですわ。何も怖くなんて―――」

『ギャア! ギャアギャア!』

「ひあああああああああ!?」


 突然馬車の外から響いてきた鳥の鳴き声に驚き、少女は声を荒げながら持っていた本をさらに強く抱きしめる。

 恐る恐る窓の外を確認すると、そこには少女の手の平より小さな鳥型モンスターが、威嚇するように鳴き声を発していた。

 どうひいき目に見ても、少女の命を脅かすモンスターには見えない。


「おめえ。実はめちゃくちゃビビってるだろ」

「っ!」


 アニキの鋭い指摘を受けた少女は、顔を真っ赤にしながら、両目を見開く。

 次の瞬間、まるで少女は何かが爆発したように、持っていた本でアニキを叩き始めた。


「―――っ! ―――っ!」

「いでででで! あんだよ!? 装丁で殴んな硬いんだから!」


 少女は顔を真っ赤にしながら頬を膨らませ、涙目になりながらアニキを叩き続ける。

 やがて動きつづける本に目が慣れてきたアニキは、装丁に書かれた表題を読み取り、声を発した。


「いででっ……あん? この本、“ラッフィルム・ストーリーズ”ってのか」

「えっ?」


 顔色の変わったアニキの表情に驚き、思わず少女はその動きを止める。

 アニキはもう一度装丁を見つめると、納得したように頷いた。


「ああ、やっぱそーだな。流行ってるってのは本当だったのか」


 アニキはさして興味なさそうに頭を掻き、本のタイトルを読み上げる。

 しかし少女は、そんなアニキの姿を見開いた両目で見つめると、弾かれたように言葉を発した。


「あ、あなた、この本のこと知ってますの!? 本なんか欠片も読まなさそうなのに……」

「いきなり失礼だなてめえは! いや、確かに本は読まねぇんだけどよ」


 アニキはばつが悪そうに頭を掻き、再び装丁に書かれた表題を見つめる。

 記憶の糸を辿るように目線を斜め上にずらし、ぼんやりと浮かんできた記憶の像を話し始めた。


「あーそうか。確かちょっと前に、ソフィアが夢中になって読んでやがったんだな。あんにゃろう仕事中に読みやがって……まあ俺の方が普段さぼってるんだけどよ」


 アニキはクロイシスの方角を見つめ、楽しそうにページをめくるソフィアを思い出す。

 その姿は不思議と、隣に座る銀髪の少女と重なるものがあった。


「そう。読んだことがあるわけではないんですのね」


 少女はどこか落胆した様子で本を抱きしめ、肩を落とす。

 その様子を見たアニキは、面倒くさそうに頭を掻いた。


「あー、まあな。普段本なんか読まねぇし……そんなにこの本面白ぇのか?」


 アニキは少女の方を向き、気が進まないながらも質問を返す。

 その言葉を聞いた少女は、みるみる内に表情が明るくなり、説明しようと口を開いた。


「よくぞ聞いてくれましたわ! この本は種族戦争時代より前に書かれていて、各種族毎の確執や因縁が丁寧に描かれていますの。小説として読むのももちろん良いですが、歴史書としての側面も合わせ持っており―――」

「お、おう」


 持っていた本の1ページ1ページをめくり、それぞれの登場人物や舞台背景を丁寧に説明していく少女。

 アニキはその気迫に気後れしながらもなんとなく聞いていたら、その本がどんな小説で、どういった視点で読むことができるか、徐々に理解で

 きてきた。

 少なくとも今、確実なのは、この少女が何よりも“本”が大好きであるという事実と、本の内容を説明する力に長けているということだった。


「ちょっと、ちゃんと聞いてますの? ここからが大事なんですのよ!」

「お、おう。わりぃ……」


 少女は少し頬を膨らませ、アニキを睨み付ける。

 アニキは思考の海に沈んでいた意識を浮き上がらせると、反射的に返事を返した。


「ふふっ。では続けますわね。つまりこの本の主人公は何を目的として旅をしているかというと―――」

「…………」


 この解説はきっと、当分続くだろう。

 アニキは自らの失言を悔いながら、少女の言葉に耳を傾け続けた。

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