第153話:緊急依頼
「それよりイクサっち。なんとなくこっちの方角来ちゃったけど大丈夫? チェルダちゃん、迷子センターとかに連れて行ってあげたほうがいいよね」
アスカは自身の顎に人差し指を当て、空を見上げながら言葉を紡ぐ。
そんなアスカの言葉を受けたイクサは、頷きながら返事を返した。
「問題ありません。このまま進めば正面に迷子センターが見えてくるはずです。そこから園内アナウンスをしてもらえば、ご両親もすぐにチェルダ様を見つけられるでしょう」
イクサは淡々とした調子で、アスカへと返事を返す。
そんなイクサの言葉に安心したアスカが「そっかぁ~」などと緩い返事を返していると、正面に“マホマホ☆ランド迷子センター”と大きく書かれた看板が見えてきた。
「ふむ、意外とすぐに到着したな。これで問題はあるまい」
リリィは抱きかかえているまほにゃーの横から顔を出して正面を見ると、安心したように息を落とす。
そのまま迷子センターの大きな引き戸を開くと、慌てた様子の獣人族の女性が飛び出してきた。
「はわっ!? ねこにゃー!? なんで!?」
獣人族の女性は驚いた様子で口元に手を当て、突然目の前に現れたねこにゃーに驚愕する。
リリィはチェルダに見えないように気をつけながら、ねこにゃーの後ろから顔を出した。
「驚かせてすまない。迷子を連れてきたのだが……」
「えっ!? あ、ああ、はい! お名前は?」
「チェルダという、獣人族の子だ。ここからアナウンスをお願いできるかな」
「は、はい! 今すぐに放送しますので、どうぞ中に入ってお待ちください!」
係員らしき女性はそのきつね耳をぴこぴこと動かすと、慌しく放送室らしき一角へ飛び込んでいく。
そんな女性の様子を不思議に思ったリリィは首を傾げ、言葉を落とした。
「なんだか随分と忙しそうだが、何かあったのか?」
「だねぇ。なんか超あたふたしてる感じだ」
アスカとリリィは同時に首を傾げ、不思議そうに女性を見つめる。
するとイクサはくいくいとリリィのスカートを引っ張り、声をかけた。
「ところでリリィ様。チェルダ様も大分落ち着いたようです。そろそろねこにゃーを休ませてあげてはいかがでしょうか」
「ん? あ、ああ。そうだな」
リリィはそっとねこにゃーの手と自身の手を入れ替え、チェルダの手をぎゅっと握る。
手のひらに伝わってくる感触の変化を感じたチェルダがねこにゃーのいた方を見つめると、そこではリリィが微笑んでいた。
「ふぇ? あれぇ? ねこにゃーは?」
「ねこにゃーは、いっぱい歩いたからちょっとお昼寝中なんだ。寝かせてあげてもいいかな、チェルダ」
リリィは膝を折ってチェルダと視線を合わせ、柔らかな声で言葉を紡ぐ。
チェルダはぽかんと口を開けながらリリィの言葉を聞いていたが、やがて大きく頷きながら返事を返した。
「うん! お姉ちゃんと一緒だから、だいじょぶ!」
「そっか。チェルダは強い子だな」
リリィはにっこりと微笑みながら、チェルダの頭を優しく撫でる。
チェルダはくすぐったそうに笑うと、そんなリリィへと抱きついた。
「えへへぇ。もふもふ~」
「ははは。やっぱり触られてしまうんだな……」
リリィに抱きついたチェルダは、嬉しそうにリリィの頭に生えたいぬ耳に頬ずりする。
その姿がアスカやイクサと重なったリリィは、苦笑いを浮かべてそんなチェルダの頭を撫でた。
「あはは。凄腕ハンターリリィっちも、こうして見ると普通のお姉さんだねぇ」
「まあ、な。今日は休みに来ているのだから、それも良いだろう」
「だね。リリィっちの言う通りだ」
アスカは頭の後ろで手を組みながら、歯を見せて悪戯な笑顔を浮かべる。
そんな二人の背後から、先ほどの係員の女性が困ったように眉を顰め、おどおどした様子で声をかけた。
「あ、あのぅ。つかぬことをお伺いしますが、もしかしてハンターの方、ですか?」
「ん……? ああ、そうだが。何か困り事か?」
リリィは女性に向かって振り返り、チェルダを抱きかかえたまま返事を返す。
女性はどこか言い難そうに視線を左右に動かすが、やがて意を決したようにリリィを見つめ、言葉を続けた。
「あ、あの! 実は今迷子センターの人員が大幅に不足していまして。お楽しみのところ大変申し訳ないのですが……少しだけお手伝いをお願いできませんでしょうか!」
女性は深々と頭を下げ、リリィに向かって言葉を発する。
その言葉を受けたリリィは、真剣な表情で返事を返した。
「この場に居合わせた私に頼むということは、随分と急を要するようだな。私は別に構わないが……」
リリィはイクサとアスカに視線を流し、その意思を問う。
そんなリリィの意思を汲み取ったアスカ達は、それぞれ返事を返した。
「あたしも手伝うよ、リリィっち! 困った時はお互い様だもん!」
「私も異存はありません。子ども達の笑顔を守るのも、大事な使命であると考えます」
アスカはぐっと両手を握りしめながら、イクサは相変わらずの無表情のままで、言葉を紡ぐ。
そんな二人の言葉を受けたリリィは、にっこりと微笑んだ。
「お前達……そうだな。やってみようか」
リリィは少し感動した様子でアスカ達を見つめ、大きく頷く。
その言葉を聞いた係員の女性は満面の笑顔で、奥に続く扉を開いた。
「あ、ありがとうございます! 子ども達は奥にいますので、どうぞ!」
「わかった。まあ四人もいるんだ、なんとかなるだろう」
リリィは頷きながら、開かれた奥の部屋へと視線を移す。
しかしその視界に広がっていたのは、想像以上の子ども達の数だった。
「うわぁぁん! ぼくのおもちゃとったー!」
「おかぁさんどこー!?」
「わぁぁん!」
宿屋のエントランスよりも広いその大広間に、所狭しと子ども達が溢れている。
走り回る子どもやおままごとをしている子ども。さらには泣いている子どもや笑っている子どもなど、その状態もひとりひとりで異なる。
人間や獣人族、そしてエルフと、その種族や性別は多種多様で統一感がまるでない。
中にはベッドに眠っている乳児の姿もあり、子どもといっても年齢にすら大分散らばりがあるようだ。
ただひとつ統一されているのは、耳を劈くような高い声だけだった。
「実は迷子センターの係員が病欠やら急用やらで休んでしまって……今この迷子センターの係員は、私一人なんです」
女性はがっくりと肩を落とし、この惨状の前に立ち尽くす。
その言葉を聞いたアスカは、額に汗を流しながら口を動かした。
「あ、あはは…………こりゃ、すごいわ」
アスカは大広間いっぱいに走り回る子ども達を見つめながら、小さく言葉を落とす。
その言葉と全く同じ気持ちになっていたリリィは、ごくりと唾を飲み込み、チェルダを抱える手に力を込めた。




