第152話:ねこにゃーこみゅにけいしょん
「ほわぁぁ~、かわええ。リリィっちの知り合い?」
アスカは瞳をキラキラさせながら、リリィのスカートを掴んでいる獣人族の子どもを見つめる。
黄色いねこ耳と寝癖のような金髪のくせっ毛が特徴的なその女の子は、怯えた様子でアスカを見上げた。
「こらアスカ。あまり大きな声を出すな。怯えているだろう」
リリィは視線でアスカを制し、膝を折って女の子と視線の高さを合わせる。
そのままにっこりと微笑むと、出来る限り穏やかな声で言葉を紡いだ。
「私はリリィというんだ。君のお名前を教えてくれるかな」
リリィは小さく首を傾げながら、真っ直ぐに女の子の目を見つめて質問する。
女の子はそんなリリィを見返すと、上目使いで返事を返した。
「あのね……ちぇるだ。ちぇるだっていうの」
「チェルダちゃんか。可愛い名前だね」
リリィはにっこりと微笑みながら、優しい手つきでチェルダの頭をそっと撫でる。
チェルダはくすぐったそうに頬を膨らませると、にーっと歯を見せて笑った。
「はぁう。かわええ。お持ち帰りしたい……」
「わかりました。ラッピングいたしますか?」
「お願いします」
「いや、お前達急に何をしてるんだ?」
突然妙な寸劇を始めたアスカとイクサを見上げながら、ツッコミを入れるリリィ。
やがてチェルダの存在を思い出したリリィは、再びチェルダへと視線を戻して言葉を続けた。
「そうだ、チェルダ。チェルダのお父さんとお母さんは、どこにいるのかな?」
リリィはチェルダの頭からそっと手を離し、柔らかな声で言葉を続ける。
その言葉を受けたチェルダは、次第にその両目を涙で満たしていった。
「ふぇ。おかあさんと、おとーさん。どっかいっちゃった。ちぇるだがはしったりしてたから……!」
チェルダのその大きな両目には涙が溢れ、今にも零れてしまいそうだ。
それを見たリリィは困ったように眉を顰め、わたわたと両手を動かした。
「ち、チェルダ。大丈夫だ。お母さんもお父さんも、すぐに見つかるからな」
「うぅ……ひっく。おかあさぁん……」
リリィの必死の言葉も今のチェルダには届かず、その両目からぽろぽろと涙が溢れる。
そんなチェルダの様子を見たアスカは置いてあった特大ねこにゃーぬいぐるみを抱き上げ、一瞬で会計を済ませて戻ってきた。
「リリィっち! これ! この子使って!」
「えっ!? つ、使うって、どういうことだ?」
ねこにゃーのぬいぐるみを抱きかかえた状態で言葉を発するアスカに疑問符を浮かべ、リリィは混乱した様子で首を傾げる。
そんなリリィを見たイクサは瞬時にその耳元に近づき、小さな声で耳打ちした。
「リリィ様。先ほどのアスカ様のように、ねこにゃーを操るのです。この状況を打破するには、それしかありません」
「ええっ!? わ、私が、あれをやるのか!?」
「リリィっちしかいないんだよ! さあ!」
アスカはずいとねこにゃーぬいぐるみをリリィへ突き出し、言葉をぶつける。
リリィは唸りながらもぬいぐるみを受け取り、それを背後から操ってチェルダへと声をかけた。
『に、にゃー。チェルダちゃん、泣いちゃだめにゃ。ねこにゃーがついてるにゃ』
「ねこにゃー……? ねこにゃーだぁ!」
自分に話しかけてくるねこにゃーの存在を見つけたチェルダは、ぴこぴことそのねこ耳を動かしてねこにゃーへと抱きつく。
その衝撃をリリィはしっかりと受け止め、ねこにゃーの手を操ってチェルダの頭を優しく撫でた。
『だいじょうぶにゃ。さあ、ねこにゃーと一緒に行こうにゃ』
「うん!」
チェルダはいつのまにか満面の笑顔になり、リリィの操るねこにゃーと手を繋いで歩いていく。
ねこにゃーのぬいぐるみを抱きかかえたリリィは、器用にチェルダと手を繋がせながら前へと歩いていった。
「いやー、やるじゃんリリィっち! お姉さん見直しちゃったよ」
「さすがですリリィ様。裏声もバッチリでしたね」
「い、言うな。何も言うな……!」
裏声で話していたことが恥ずかしかったのか、リリィは頭から湯気を出しながらねこにゃーのぬいぐるみに顔をうずめる。
そんなリリィの様子を見たアスカは、何度も頷きながら言葉を続けた。
「うんうん。良いもの見せてもらったよ。これは心の思い出ボックス殿堂入りだね!」
「はい。私も帰ったら是非マスターに伝えようと思います」
「いやイクサ。それだけは勘弁してくれ」
リリィはイクサに対し、出来るだけはっきりと言葉を伝える。
この二人やリースならまだしも、アニキにまで知られるのは耐えられない。
リリィとしてそこだけは最低限死守したいラインだったので、リリィはイクサへと言葉を刺した。
そんなリリィの言葉を受けたイクサは不思議そうに首を傾げながらも、やがて「了解しました」といつもの調子で返事を返していた。