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第150話:レッツけもみみ

「ふぅ。どうにか落ち着いたな……この辺りは、出店が出ているのか?」


 コースターの周りに溢れていた見物人からどうにか逃れたリリィは、周囲から甘い香りが漂ってきている事に気付き、イクサへと質問する。

 イクサはこくりと頷きながら、リリィへと返事を返した。


「肯定です、リリィ様。この辺りは食べ歩き用の食べ物を扱っている商店が集まっており、老若男女問わず人気のスポットとなっております」


 イクサは事前に読んできたガイドブックの内容を、そのままリリィへと伝える。

 そんなイクサの説明を聞いたリリィは、納得した様子で頷いた。


「ふむ、だから美味しそうな匂いがしていたのだな。それにしても……特徴的な食品を扱った商店が多いな」


 リリィは周囲に並んだ商店に出されているお菓子や食べ物を見ると、大きな市場でも見たことがないものが多いことに気付く。

 そんなリリィの言葉を受けたイクサは、片手でひとつの商店を指し示しながら言葉を紡いだ。


「このランド内では一般市場に出回っていない、魔術を使用して作られたいわゆる“魔法菓子”が多く売られています。例えばあちらにある“マジカルポップコーン”と書かれた商店をご覧下さい」

「あれか……なにやらポップコーンらしきものを売っているが、ポップコーンの一粒一粒が虹色に輝いているな」


 イクサに示された方向に視線を向けると、若い女性店員が丁寧にポップコーンを作り、にこやかに販売している様子が見て取れる。

 ポップコーンの色以外はごく普通の店のようだが、イクサはさらに言葉を続けた。


「あちらのポップコーンを食べると、食べた人の頭に獣人族の耳が生えるそうです。もちろん効果は数時間程度ですので、あくまで娯楽の一種ですが」


 イクサは上半身を前に乗り出し、両手をねこみみのように頭の上でぴこぴこさせながらリリィへと説明する。

 その説明を受けたリリィは、なるほどと頷いた。


「ふむ。獣人族の耳は可愛らしくて人気があるからな。自分も生やしてみたいというのは納得できる」


 リリィの視線の先では、ねこ耳やきつね耳、いぬ耳などを生やした親子連れが楽しそうに歩いているのが見える。

 その様子を微笑ましく見送ったリリィは、小さく息を落としながらアスカへと言葉を紡いだ。


「まあ、今は特にお腹が空いているわけでもないし、とりあえず私達には不要だろう。なあアスカ?」

「すいませーん! マジカルポップコーンひとつ!」

「もう買ってた!」


 リリィは驚愕の表情を浮かべながら、いつのまにかポップコーンを注文しているアスカを凝視する。

 イクサは両手でねこみみを作りながらとことことアスカに近づき、その顔を覗き込んで首を傾げながら声をかけた。


「アスカ様、ポップコーン買うのですか?」

「うん! だってここでしか買えないんだよ!? それに何より、楽しそうじゃん!」


 アスカは歯を見せてにーっと笑いながら、イクサに向かって返事を返す。

 その言葉を受けたイクサは「なるほど、合理的です」と頷いた。

 そんな二人を遠目に見ていたリリィは、ため息を落としながら頭を抱える。


「ああもう、また出費が……。いや、まあいいか。今日は楽しみに来たのだから、現実的な思考は捨てよう」


 素早く思考を切り替えたリリィは、ゆっくりとした歩調でアスカ達へ近づいていく。

 やがて商店の前に到着すると、丁度女性店員からアスカへポップコーンが手渡されたところだった。


「おお……! これがマジカルポップコーン! ありがたや、ありがたや……」


 アスカは受け取ったポップコーンをベンチに置くと、自身は跪いて両手を組んで拝み始める。

 その姿を見たリリィは頭に大粒の汗を流しながら、ツッコミを入れた。


「いや神様じゃないんだから拝まなくていいだろう。それより早く食べないと、冷めてしまうぞ?」


 リリィはため息を吐きながらも、冷静なツッコミをアスカに入れる。

 そんなリリィの言葉を受けたアスカは、ニヤリと笑いながらポップコーンを掴んだ。


「だよねぇ。すぐに食べるよ……とかいいつつとぉー!」

「もごっ!?」


 アスカは突然ポップコーンを掴んで振り返り、リリィの口にポップコーンをねじ込む。

 リリィは両目を見開いて驚きながらも、ごっくんとポップコーンを飲み込んだ。


「けほけほっ……! ば、馬鹿者! いきなり食わせるやつがあるか!」

「あっはっは! だってリリィっち言ってもどうせ食べてくれないじゃん!? それなら無理矢理食わすしかあるまいて!」

「食べないという選択肢はないのか!? 私の意志を尊重しろ意思を!」

「ええー? なにそれぇ。アスカちゃん馬鹿だからわかんにゃーい」

「ぶ、ぶん殴りたい……!」


 リリィはわなわなと震えながら、握りこぶしを作ってアスカを睨みつける。

 その様子を見たアスカは「きゃー、ごめんよぉ」と反省の色のない謝罪を返した。


「……というか、リリィ様。もう生えてますね」

「ん? 何がだ?」


 アスカに怒りの鉄拳を落とそうとしていたリリィは、イクサの言葉に反応して頭に疑問符を浮かべる。

 そんなリリィの言葉を受けたイクサは、さらに言葉を続けた。


「獣人族の耳です。もう生えてますね」

「あー、獣人族の耳ね。あの獣っぽい…………え?」


 リリィは慌てて両手を自身の頭につけ、その手のひらにもふっとした感触があることに気付く。

 ご丁寧に触覚まで存在しているその耳は、明らかに獣人族のそれだった。


「な、なんだこのもふもふは!? というか今私、耳が四つあるんじゃないのか!?」


 リリィは頭に生えたけもみみを押さえながら、慌てた様子で言葉を発する。

 その言葉を受けたイクサは、淡々とした調子で返事を返した。


「ご安心ください、リリィ様。新しく生えた耳には聴覚が存在しませんので、本当にただの飾りです。もっとも、触られると結構くすぐったいらしいですが」

「ほう、そうなのか…………で、二人ともそのわきわきとした手は何だ?」


 リリィは目をぱっちりと開けながら、不思議そうに首を傾げる。

 そんなリリィの仕草を見たアスカとイクサは、素早くリリィへ飛び掛った。


「も、もう我慢できん! 何このもふもふした耳! かわええ~♪」

「恐らくイヌ型獣人族のものでしょう。垂れているところが非常にチャーミングです」


 リリィに飛び掛った二人は、リリィの都合など構わずに頭に生えたけもみみに頬ずりする。

 そんな二人の感触に寒気を感じたリリィは、女の子らしく両手を上げながら言葉を発した。


「こ、こら! その耳は敏感なんだから触るな! 欲しければ自分に生やせばいいだろう!」


 リリィは笑いを堪えているのか、いつのまにか頬を真っ赤にして言葉を紡ぐ。

 その言葉をしっかりと聞いたアスカとイクサだったが、欠片もその手を休めずにけもみみをもふもふしまくっていた。


「ええー、自分に生えたのを触るのと人のを触るのは違うよぉ。ねえイクサっち?」

「肯定です。“人のだから良い”というのは間違いなくあります」

「なんだそれは!? 私を勝手に生贄にするな! ちょ、触りすぎ……ひゃんっ!?」


 リリィは敏感なけもみみを触られたことで頬を紅潮させ、色っぽい声を響かせる。

 その声を聞いた周囲の人々は、興味深そうにリリィを見つめた。


「やめ、やめ、て。もう……っ」


 リリィはぷるぷると震えながら、顔を真っ赤にして声を抑える。

 その様子を見たアスカは、さらに楽しそうにけもみみをもふもふした。


「ふへへへ、もふもふだー。わーいわーい……いでぇ!?」

「いい加減に、しろ!」


 リリィはふーっふーっと荒い呼吸を吐きながら、げんこつをアスカの頭に叩き込み、身体を振ってイクサを振りほどく。

 頭を殴られたアスカは頭を押さえながら、涙目でイクサへと声をかけた。


「うー、いててて。頭割れたかもしれん。イクサっちちょっと見て?」

「大丈夫ですアスカ様。頭部に異常はありません」

「ほんとに? あたし馬鹿になってない?」

「なってませんよ」

「いや馬鹿だろう」


 リリィは呆れたような視線を向けながら、静かなツッコミをアスカに入れる。

 やがてアスカはそんなリリィのツッコミにぷりぷりと怒り出し、最終的にポップコーンを口に詰められることになるのだが……それはあとほんの少しだけ、先のお話。


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