第149話:コースターの恐怖
「はぁっはぁっ……ようやく落ち着いたな。まったく、まほにゃーではしゃぎすぎだぞ」
まほにゃーからようやく離れたリリィは、乱れた呼吸を吐きながら言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたアスカは、歯を見せて笑いながら返事を返した。
「いやー、ごみんごみん。ちょっとテンション上げすぎちった」
「上げすぎちったではない……まったく。しょうがない奴だな」
リリィは胸の下で腕を組みながら、悪びれた様子も無く笑っているアスカへとため息を落とす。
しかし心の底から楽しそうに笑うその笑顔に、いつしかリリィもその頬を綻ばせていた。
「まあ、楽しむこと自体は悪いことじゃない。これからは節度をもって―――」
「あ! ジェットコースターだって! ひゃっほぉう! 行こうぜー!」
「ちょお!? 言ったそばから走るな!」
リリィの制止も虚しく、アスカは“マホマホ☆コースター”と大きく書かれたアトラクションへ走っていく。
仕方なくリリィ達はアスカを追いかけ、コースター乗り場へとやってきた。
「ねえねえ、今なら待ち時間無しで乗れるって! 超ラッキーじゃね!?」
「確かにそうだが……これは、どういう乗り物なんだ?」
リリィは不安そうな表情でコースターを見つめ、うねうねと曲がりくねったり一回転したりしているコースを目線で追いかける。
どんな乗り物なのか推測はできるが、乗ったことはおろか見たこともないので、多少の不安があった。
「こちらのコースターはマホマホ☆ランド一番人気のアトラクションです。ハイスピードで動く乗り物に乗り、スリルを味わうことができます。もっとも身長制限がありますので、小さな子どもは乗れませんが」
「あちゃー、そうなんだ。リリィっち大丈夫?」
「大丈夫だよ! 超大丈夫だよ! 私アスカよりはるかに大きいからな!?」
リリィはあさっての方を向くアスカの心配に対し、鋭いツッコミを入れる。
アスカは「そっかぁ~」と言葉を返すと、ぽややんとした笑顔をリリィに向けた。
「では早速ですが、コースターに乗ってみましょう。準備はよろしいですか?」
「おっしゃあ! ばっちこい! このスリルがありそうな先頭部分にしがみ付けばいいんだよね!?」
「よくない! それスリルっていうか即死に繋がるから! さてはアスカもコースター始めてだな!?」
リリィは迷わずコースターの先頭車両にしがみついたアスカに対し、激しいツッコミを入れる。
やがて「ええ~? ちがうのぉ?」と口を尖らせるアスカへ、係員の女性が恐る恐る声をかけた。
「あの、お客様? 危険ですので座席へのご着席をお願いいたします」
「……だそうだ。アスカ、さっさと席に座れ」
「ちぇ~、わかったよぉ。じゃあリリィっちが先頭にしがみついていいよ?」
「何がいいの!? いやだから、乗客は全員座席に座る事になってるんだよ! それじゃ私だけ公開処刑だろうが!」
口を尖らせながら言葉を発するアスカに対し、鋭いツッコミを入れるリリィ。
アスカは「はぁーい」と返事を返しながら、しぶしぶ先頭の車両に乗り込んだ。
車両はひとつにつき三人まで乗ることができ、結果的にリリィ達は先頭車両に三人並んで座る事になった。
「ではお客様、どうぞご無事で~♪」
「???」
コースターがスタートする直前、係員の女性はにこやかに笑いながら手を振り、なにやら不穏な単語を置いていく。
一抹の不安を覚えたリリィは、コースに沿って段々と上がっていくコースターに乗りながら、イクサへと質問した。
「なあ、イクサ。このコースター私達しか乗っていないんだが。一番人気のアトラクションじゃなかったのか?」
先ほどの説明と食い違う状況に疑問を抱いたリリィは、隣にいるイクサへと言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたイクサは、リリィに向かって淡々と返事を返した。
「それはそうでしょう。この一周に限りこのコースターは最凶レベル“ヘルモード”に突入しています。最悪死人が出るというこのレベルで乗りたがる人など、自殺志願者くらいのものです」
「…………は?」
リリィはイクサの言葉が理解できず、目を丸くしながら小さく首を傾げる。
イクサはそんなリリィを見つめると、淡々とした調子で説明を続けた。
「そろそろてっぺんに着きますね。最悪コースターが空中分解しますので、受身をしっかり取られることを推奨します」
「いや、ちょ、何言ってんだかわからないんだが。どういう―――」
「舌を噛みますよリリィ様。お気をつけて」
そんなイクサの言葉を最後に、コースターは垂直に地面に向かって落下していく。
それと同時に三人それぞれの個性的な絶叫がランド内に響いた。
「ひやああああああああああああ!?」
「ひゃっほおおおおおおおおおお♪」
「……わー」
三人を乗せた車両はコースを超高速で駆け抜け、多くの見物人が見守る中、最終的には空中へ綺麗に放り投げられる。
空中を進んだ三人は見事に着地を決め、見物人達からは拍手が降り注いだが……そんな人々の視線を受けたリリィは、顔を真っ赤に染めて俯いた。
「もう、もう二度と、コースターには乗らん。スリルはなんでもないが、これは恥ずかしすぎる……!」
「なるほど。それはヘルモードらしからぬご感想ですね。さすがはリリィ様」
小さく落とされたリリィの言葉に対し、こくりと頷きながら素っ頓狂な評価を下すイクサ。
一方アスカは見物人たちに笑顔を見せながら、心底楽しそうに両手を振っていた。