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第14話:リースの質問

「あなたたち! きゃあきゃあ騒いでないで仕事にお戻りなさい!」


 翌朝、デクスはアニキ登場の噂話で騒いでいた女性職員達に、良く通る声で指示を飛ばす。

 女性職員たちはその声に肩をいからせると、まるで獲物に狙われた草食動物のような目をしながら、デクスを見返した。


「おわっバレてた!?」

「そりゃバレるでしょうよ」

「ごめんなさい! すぐ業務に戻ります!」


 まるで蜘蛛の子を散らすように、女性職員たちは自分達の席へ戻っていく。

 きっとこれから本の在庫整理や入館者の管理など、仕事が山積みなのだろう。


「まったく、たるんでますわね。ところで、リリィさん。今日も引き続き業務を手伝っていただきたいのですけど、よろしくて?」


 デクスは胸の下で腕を組み、少しだけ申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

 リリィは管理室内の様子を一瞥すると、迷わず返事を返した。


「ふむ、もちろんだ。重ね重ね迷惑をかけているし、ここは明らかに人員不足だからな」


 最近暖かく過ごしやすい気候になってきたせいか旅人が多く、世界図書館への入館希望者も増加している。

 希望者の一割程度しか実際に閲覧することはできないのだが、それでも入館希望者の管理は大変な労力を強いるだろう。


「そう言っていただけると、本当に助かりますわ」


 デクスは安心したように息を吐き、困ったように笑いながら、頬に軽く手を当てる。

 やがてアニキの方へ視線を向けると、氷のような目付きへと変わり、言葉を続けた。


「ああ。あなたは当然、引き続き蔵書整理ですわよ」

「俺はお願いじゃなく命令なのかよ! つかもう仕事決まってんじゃねえかはええよ!」


 アニキは鋭いつっこみをデクスに入れるが、デクス自身は涼しい顔でメガネを押し上げる。

 一方リリィは少し落ち着かない様子で、管理室の中を見渡していた。


「ん? ああ、リースならほら、いつもの会議スペースですわ。まだまだ読みたい本があると言ってましたもの」

「っ!? あ、ああ、そうか。すまない……」


 リースの事を探していたことを簡単に悟られてしまったリリィは、少し恥ずかしそうにフードの位置を直す。

 一度大きな息を落とすと、リリィは気を取り直してデクスに示された場所へ目を向けた。


「リースは、いつも通りだな。本を読んでいるだけか」


 リリィは少しほっとした様子で、胸を撫で下ろす。

 デクスは胸の下で腕を組み、言葉を紡いだ。


「それにしてもあの子……あいかわらずもの凄い集中力ですわね」


 周囲がこれだけ騒がしいにもかかわらず、リースはかけらも動じること

 なく、淡々とページをめくっている。

 本に書かれた一行一行に感動する姿は見ていて微笑ましいが、ここまで

 周りが見えないのは少々心配だ。


「本当に、こちらの声も届いていないようですわね……えい」

「ひゃっこい!? あ、わ、デクスさんか。びっくりしたぁぁ……」


 デクスはリースへと近づくと、手の平に薄い霜を走らせ、リースの首裏にそっと触れる。

 リースは髪の毛を逆立たせながら飛び上がった。


「読書の邪魔をしてごめんなさい。ところでリース。あなた、どこか読んでいてわからないところはありますの?」


 デクスは膝を折ってリースに目線を合わせ、穏やかな声色で言葉を紡ぐ。

 そんなデクスの言葉を聞いたリースは、困ったように眉を寄せ、ペラペ

 ラと本のページをめくった。


「あ、うん。確かにちょっとわからないところがあって。こことかなんだけど……」


 リースは本の終盤辺りのページを開き、創術の思考法が書かれたページを指差す。

 デクスはそのページを覗き込むと、驚愕に目を丸くした。


『!? そんな……これ、中級レベル創術の思考法!? こんなページを、こんな小さな子が? うちの図書館でも、創術担当でなければ読み下せない代物なのに……』


 デクスは口元に手を当て、真剣な表情で考え込む。

 しかし不安そうなリースの瞳に気付くと、頭を撫で、出来る限り暖かな声色で言葉を続けた。


「あ、いえ、ごめんなさい。それはほら、35ページの概念の反転と考えれば理解が早いですわ」

「えっ? あ、ほんとだ! 凄いやデクスさん!」


 リースはキラキラと瞳を輝かせ、尊敬の眼差しでデクスを見つめる。

 デクスは手に持っていたファイルで口元を隠し、困ったように顔を背けた。


「あ、いや。これくらい、司書なら当然の知識ですわ。それにわたくしは知識として知っているだけで、実際に創術は使えませんもの」


 デクスは自分への賛美をかわそうと、言葉を並べる。

 筆頭司書官たるもの、あらゆる書籍の知識は知っていて当然。

 ただしあくまで知識の守護者たるデクスに、実践経験は必要のないものだった。


「ん? リース。もしかしてあなた、それ以外にもわからないところがありますの?」


 リースの横に積み上げられた、創術の専門書。

 これらの書籍を、こんな子どもがすべて理解しているとは思えない。

 もっともこれらの本を開いて読んだだけでも、十分驚愕に値するのだが。


「あ、うん! そうなんだ! 例えばね、この本とか、あとこっちのもわからないところがあって……」


 リースは知識が手に入るのが嬉しいのか、嬉々としてデクスに質問しようと言葉を紡ぐ。

 やがてデクスを追ってきたリリィの頭上に、わかりやすい白熱電球が光った。


「ふむ……そうだ! すまないが、デクス。リースの質問に答えてやってはくれないか? その代わり私は、昨日の倍働くとしよう」


 リリィは少し胸を張り、まっすぐにデクスを見つめる。

 デクスはぽかんと口を開けると、その表情のまま言葉を返した。


「えっ!? い、いや……無茶ですわ。最初にお願いしようと思っていた書類の整理も、数時間程度で終わるような作業では―――」

「今すぐに終わらせてくる!」


 リリィはまるで風のような速さで書類の山へと駆け寄り、女性職員から簡単な説明を受けると、鬼のようなスピードで書類を整理していく。

 その姿に女性職員は怯え、男性職員はただ呆然と見つめていた。


「はあっはあっ……お、終わらせてきたぞ!」

「あ、あなた、時々人間離れした動きをしますわね……」


 驚いたデクスの視線の先には、きっちりと整理された書類の山と、それを呆然と見つめる二人の職員。

 あと5分もすれば二人の表情が歓喜に包まれることになるのだが、目の前の現実を掴むにはまだまだ時間がかかりそうである。


「ふうっ……わかった。わかりましたわ。そこまで頑張られたのでは、わたくしも頑張らなくては面子が立ちません」


 デクスはため息混じりに頭を振り、手に持っていたファイルから一枚の紙を引き抜くと、リリィへと手渡す。

 そこにはおおまかな仕事内容と仕事場所がびっしりと記入されていた。


「今日、あなたとあの男にやっていただく予定だった仕事のリストですわ。今日中に半分でも終われば良いかと思っていたのですけれど、さっきの勢いを見ると、全部終わってしまいそうですわね」


 デクスは苦笑いを浮かべながらリリィを見つめ、小さく息を落とす。

 臨時職員にここまで働かせては、正規職員の立場が無い……などと思っているわけではないが、人事担当の職員がリリィの働きぶりを見たら、卒倒するのは間違いないだろう。

 真面目一辺倒の人事担当職員が目を丸くする姿を想像し、デクスは少しだけ頬を緩めた。


「うむっ! 任せておけ! リースのことは頼んだぞ!」

「あっ!? ちょっと……まあ、いいですわ」


 リリィは紙に書かれた一番上の行だけ確認すると、そのまま脅威のダッシュ力で現場へと向かう。

 仕事の詳細を説明しようとしていたデクスだったが、その声がリリィに届くことはなかった。


「ま、あの人ならきっと大丈夫ですわね。頭も切れるようですし」


 それにしても、あの驚異的なまでの運動神経……一体、何者なのだろう。

 デクスはリリィの正体が少し気になりながらも、リースやシリルへの対応を思い出し、軽く頭を振る。

 彼女が何者だったにせよ、悪い人間ではないことはわかっている。

 無論それは、もう一人の彼も―――


「……ふん。あんな男の事なんて今はどうでもいいですわ。それより、リース。わからないところはどこですの?」

「教えてくれるの!? わーい! やったぁ!」


 デクスは小脇に抱えたファイルを、一度抱えなおしながら、満開の花のようなリースの笑顔を微笑ましく見つめる。

 こうして星の書庫の伝承者は、少年の疑問に全て答えるため、今一度強く地面を踏みしめた。

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