第147話:たのしいチケット購入
「で? アスカ。なんでお前は入場ゲート前で転んでるんだ?」
リリィは胸の下で腕を組みながら、両手を伸ばした状態ですっころんでいるアスカへと質問する。
アスカは身体に付いた砂を手で払い落としながら立ち上がり、笑顔で言葉を返した。
「いやー、遊園地が見えたらテンション上がっちゃって。気付いたらこけちった。でへへ」
「“でへへ”じゃない。そもそも、私達を置いていったら誘った意味がないだろう」
リリィは強くなる頭痛を右手で抑えながら、アスカに向かって言葉をぶつける。
アスカは頭をポリポリとかきながら歯を見せて笑い、返事を返した。
「えへへ。まあまあ、とにかく到着したよ! ここがラスカトニアの遊園地“マホマホ☆ランド”さ!」
アスカはしゅばっと片手を正面に見える入場ゲートへと向け、まるで紹介するように言葉を発する。
その大げさな動きを見たリリィは、恥ずかしそうに頬を赤く染め、言葉をぶつけた。
「ば、ばかっ! そんな大声で動き回るな! 目立つだろう!」
そもそも目立つことに慣れていない上に、普段よりずっと露出の多い服を着ているリリィは、あわあわと両手を動かしてアスカを注意する。
そんなリリィの言葉を受けたアスカは、口を尖らせながら返事を返した。
「ええー? そんなこと言っても、どうせあたしたち目立っちゃってるみたいだよ?」
「えっ……」
アスカの言葉を聞いたリリィは、複数の視線を感じて周囲をキョロキョロと見回す。
そこではリリィ達を取り囲むように人垣ができ、その視線は中央にいるリリィ達へと注がれていた。
「うわ、すげぇ美人。役者さんとかかな」
「ママー。あの白いお姉ちゃんきれぇだけど、なんでお顔固いのー?」
「何何? 入場ゲートに役者が来てるってほんと?」
周囲の人々は主に羨望の眼差しでリリィ達を見つめ、口々に言葉を落とす。
竜族であるリリィにはその言葉全てが届いてしまい、リリィは一瞬にして火が付いたように顔を赤らめた。
「なぐっ!? う、うぅ……」
リリィは唸るような声を上げながら、両腕で必死に自身の顔を隠す。
その耳は真っ赤に染まり、頭のてっぺんからは湯気でも出てきそうな勢いだ。
「おうおう照れちゃって。可愛いのうリリィっちは~」
「て、照れてない! ただ恥ずかしいだけだ!」
「恐れながらリリィ様。リリィ様のお声が最も注目を集めています」
イクサは片手を上げ、淡々とした調子でリリィへと言葉を発する。
その言葉を聞いたリリィは口を噤み、しゅんと小さくなりながらがっくりと俯いた。
「まあまあ、とにかく入場チケット買おうよリリィっち! 中に入ればみんな、あたしたちの事なんて忘れちゃうよ!」
アスカは片目をつぶってウィンクしながら、親指を立てた手をリリィへと突き出す。
そんなアスカの言葉を受けたリリィは、頭を抱えながら返事を返した。
「はぁ……まあ、確かにそうだな。ここにいても仕方ないし、さっさと中に入るとしよう」
頬の赤さは残しながらも、だんだん人々からの視線に慣れてきたのか、どうにかアスカへと返事を返すリリィ。
そしてそのままチケット売り場に向かおうとするリリィの肩を、イクサの白い手がガッシリと掴んだ。
「お待ちくださいリリィ様。現在マホマホ☆ランドは“女の子同士で思いっきり遊んじゃおう☆キャンペーン”実施中です。よって、格安で購入できる三人一組のチケットをお買い求めください」
イクサは淡々とした調子で、事前に調べておいたマホマホ☆ランド情報を提供する。
その情報を聞いたリリィは、ぽかんとした表情をしながらも内容を理解し、返事を返した。
「あ、ああ。そうなのか。それでそのチケットは何て名前なんだ?」
リリィは首を傾げ、イクサに向かって質問する。
質問を受けたイクサは、一歩後ろに下がって大きく息を吸い込んだ。
「チケットの購入には、女性三人で特定のポーズをしながら、売り場の係員にチケット名を伝える必要があります。今からそのポーズを実演しますので、後ほどリリィ様も真似してください」
「は……?」
リリィは言葉の意味がわからず、ぽかんと口を開けてイクサを見つめる。
そんなリリィの様子に構わず、イクサは両手でハートを作ると、片足をきゃぴるんっと上げながら言葉を発した。
「女の子三人です☆ ルンルンチケットくださいな☆」
イクサは美しいが抑揚のない声で、淡々とその台詞を発言する。
そのポーズと言葉に面食らったリリィは、石のようにフリーズした。
「おおー、イクサっち調べてるねぇ。そうそう、三人で同じポーズしなきゃいけないんだよね」
「はい。私にぬかりはありません。既にポーズは習得済みです」
イクサはこくりと頷き、アスカと熱い握手を交わす。
アスカは戦友に向けるような濃い笑顔で、がっしりとイクサの手を掴んでいた。
「はっ!? し、しまった。意識が飛んで嫌な夢を見た……はは、まったく、私があんなポーズをするわけないだろう」
リリィは大量の汗を流しながら、やれやれといった様子で頭を抱えて顔を横に振る。
その様子を見たアスカは、つんつんとイクサをつついて言葉を発した。
「イクサっち。あそこに現実逃避ちゃんがいるから、残酷なリアルを見せてあげて」
「了解しました。ではもう一度―――女の子三人です☆ ルンルンチケットくださいな☆」
イクサは再び無表情かつ抑揚のない声で、チケット購入の合言葉と決めポーズをリリィに見せる。
それを見たリリィは顔を真っ青にして、その場から離れようと踵を返した。
返したが―――アスカとイクサに無言でスカートを掴まれ、その進行はすぐに阻まれた。
リリィはいやいやと顔を横に振りながら、半狂乱になって言葉をぶつける。
「い、いやだ! そんなポーズと台詞、言えるわけないだろ!」
「わがまま言いなさんなリリィっち! これもお財布のためだよ!」
「うそつけ! 口元がニヤついてるぞアスカ! さてはこのために私を誘ったな!?」
すぐにでも引き剥がして走り去りたいリリィだったが、スカートを掴まれた状態であまり離れるとパンツが見えてしまう。
結局リリィは二人に強引に引っ張られ、チケット売り場へと連行されていった。
「ほらほら、係員さんだって忙しいんだから。さっさとやるよリリィっち!」
「後ろに並んでいるお客様がいらっしゃいます。我々で時間を取るわけにはいきません」
アスカとイクサは連携しながら、リリィを言葉で追い詰めていく。
リリィは涙目になりながら背後に並んだ人々を見ると、奥歯を噛み締めて係員の前へと歩みだした。
「ううっ……くそ。なんで私がこんな目に。ていうか遊園地って楽しい場所じゃなかったのか? 今のところ地獄でしかないぞ」
リリィは若干泣きそうになりながら、アスカとイクサの間にふらふらと歩みだす。
やがてアスカは息を吸うと、大きな声で言葉を発した。
「それじゃいくよ! せーの!」
「「「女の子三人です☆ ルンルンチケットくださいな☆」」」
三人は同時に完璧なポーズを決め、あらかじめ設定された台詞を受付の女性へ届ける。
リリィは完全に笑顔が引きつっていたが、ポーズと台詞は完璧なので購入条件は満たしているだろう。
受付の女性はそんな三人を見つめてにっこりと微笑むと、頷きながら返事を返した。
『はい、かしこまりましたー。ルンルンチケットですね。少々お待ちください♪』
女性はごそごそと受付の下の引き出しを開くと、三枚のチケットを受付のテーブル上に差し出す。
キラキラと輝くチケットを差し出している女性は、そのまま言葉を続けた。
「では、ルンルンチケット一枚で1万ゼール頂きます♪」
「あっ、はい……わかりました」
すっかり素に戻ったリリィは道具袋からお金を取り出し、受付の女性へと手渡す。
女性は渡されたお金を確認すると、再びにっこりと微笑んで言葉を続けた。
「はい、確かに♪ それでは女の子三人。夢の世界をお楽しみください♪」
「ありがとーお姉さん! じゃ、行こっか二人とも!」
「はい。非常に楽しみ……もとい、興味を引かれます」
「は、ははは。もういっそ殺してくれ……」
乾いた笑顔で真っ白になったリリィを引っ張って、アスカ達はいよいよマホマホ☆ランドのゲートをくぐる。
その先に待つアクシデントの数々に、リリィはさらに頭を抱えることになるのだが……それはあとほんの少しだけ、先のお話。




