第145話:ゆーえんちいきたい
「ゆーえんちいきたい」
「……は?」
リリィ達が泊まっている宿屋の一角。ノックの音に反応してドアを開いたリリィを待っていたのは、片方の頬を膨らませたアスカの顔のどアップだった。
アスカの言っている言葉の意味がわからず、リリィは首を傾げる。
そんなリリィの様子に構わず、アスカはぽこぽことリリィを叩いた。
「“は?”じゃなくて! 遊園地行きたいの! 行きたいの遊園地!」
「いやだから、そもそも“ユーエンチ”って何だ?」
リリィはアスカの言っている言葉の意味がわからず、首を傾げて質問する。
アスカはぱっと両目を見開くと、驚いた表情で返事を返した。
「知らないの!? 最近このラスカトニアに出来た、すっごく楽しい場所なんだよ! 魔術機構を駆使した乗り物? とか可愛いキャラクター? とかいて、とにかく楽しいんだって!」
アスカは宝物を見つけた子どものようにキラキラとした瞳で、ぴょんぴょんと跳ねながらリリィへと言葉を発する。
リリィはアスカの説明を受けると曲げた人差し指を顎に当て、その場で考え込んだ。
「ユーエンチ……その雰囲気だと娯楽施設のようだが、我々には必要ないのではないか? そもそも先を急ぐ旅をしているわけだし……」
リリィは首を傾げながら、正論をアスカへとぶつける。
その言葉を受けたアスカは、涙目で両頬を膨らませて言葉を返した。
「もーっ! リリィっちまでそんなこと言って! アニキっちも“めんどくせえ”とか言って寝ちゃうし、リースちゃんは普通に寝てるし……こうなったら“女の子チーム”で行くしかないっしょ!?」
「いや、女の子チームって……いつからそんなくくりが出来たんだ?」
リリィは頭に大粒の汗を流しながら、ばたばたと両手を動かしているアスカを見つめる。
現在の旅の仲間の構成上、リリィ、アスカ、イクサ、カレン(幽霊)の四人が女性であるが、女の子チームという呼び方は初めて聞いた。
そもそもその呼び方自体に動揺しているリリィだったが、旅の仲間の編成を考えた時、ひとつの疑問に行き着いた。
「そうだ。そもそも、女の子チームというならイクサもそうだろう? 彼女は誘ったのか?」
イクサの性格というか性質を考える限り、その遊園地とやらに行きたがるようには思えない。
リリィはまず自分から矛先を変えようと、アスカに向かって質問した。
「ん? ああ、イクサっちならもうここにいるよ。ほら」
「こんにちはリリィ様。本日は良い遊園地日和ですね」
「もういた!? というかイクサ、わりと乗り気なのか!?」
リリィは少なからずショックを受け、イクサに向かって言葉を紡ぐ。
イクサはいつものように表情を変えないまま、リリィへと返事を返した。
「リリィ様。乗り気というのは適当ではありません。私はあくまで遊園地で利用されている魔術機構に少なからず興味があり、なおかつ激戦を勝利したアスカ様の疲れを癒したいという気持ちで付き添うのです。ですから、決して可愛いキャラクターを見てみたいとか、ちょっと疲れたから息抜きがしたいとかいう理由で行くわけではありません。あくまでこの先の旅の事を考え、旅の仲間全体のことを考慮しているのです。そもそも―――」
「わ、わかった。わかったよ。イクサはアスカの付き添いとして“仕方なく”行くんだな?」
「おおむねその理解で合っています。さすがはリリィ様」
「はぁ……」
イクサのまくしたてるような言葉の嵐にあてられ、片手で頭を抱えるリリィ。
とりあえずわかったのは、二人とも遊園地とやらに行きたくて仕方ないということ。
今の浮き足立ったこの二人をそのままにしておくのは危険だし、カレン一人でこの二人を止められるとは思えない。
そうなればここは、自分が行くしかないだろう。
そう結論付けたリリィはため息を落としながら、アスカへと言葉を発した。
「わかったよ、アスカ。その遊園地とやらに、私も行こう」
リリィはこくりと頷きながら、アスカに向かって言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたアスカは、花咲くような笑顔を浮かべてリリィへと抱きついた。
「ほんとぉ!? やったぁ! リリィっち大好き~♪」
「ほわっ!? あ、アスカ! わかったからひっつくな!」
突然抱きしめられたリリィは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、アスカを引き剥がす。
するとアスカは突然難しい表情になり、じーっとリリィの全身を見つめた。
「??? どうした、アスカ。私の格好に変なところでもあるのか?」
リリィはいつも通り黒のフードを頭に被り、黒いマントでその全身を隠している。
その格好を見たアスカは、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「駄目だな……その格好じゃ、遊園地様に失礼だ」
「え、何が!? というか、“遊園地様”って何だ!?」
突然真剣な表情で言葉を発したアスカに対し、動揺した様子で返事を返すリリィ。
アスカは横に立っているイクサに視線を移すと、ゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。
「ねえイクサっち。リリィっちの格好ダメダメだよね? 遊園地にふさわしくないよね?」
「確かに、アスカ様のおっしゃる通りです。遊園地には子どもが多く、リリィ様の今の服装では子ども達の恐怖の対象になってしまう可能性があります。そればかりか、遊園地が本来持っている“可愛らしく、楽しい”という世界観を大きく崩しかねません。これは由々しき事態です」
「え、そ、そうなのか? 遊園地に行くのもなかなか難しいのだな……」
何故かイクサに真剣な顔で言われると、どうしても納得してしまう。
そう言われてみれば自分の格好は、遊園地のような“楽しい場所”にはふさわしくないかもしれない。
だが―――
「し、しかし、この格好は竜族の追っ手を避けるため、目立たないようにしているんだ。だから―――」
「あ、それならほら、この間着た学園都市の制服があるじゃん。あれ着れば竜族とは誰も思わないんじゃない?」
アスカはぽんっと両手を合わせ、「まさか人間と敵対してる竜族が学生服着て遊園地来てるなんて思わないって!」と、リリィに向かって提案する。
リリィはそんなアスカの言葉を受けると、うっと唸りながら半歩後ろに下がった。
「ま、またあの格好をするのか? あれは下半身がヒラヒラしていて、落ち着かないのだが……」
「もー。そんな事言ったってあれ以外服持ってないっしょ? だったら選択肢ないじゃん」
「ぐっ……」
リリィはもっともなアスカの言葉に返す言葉もなく、口を噤ませる。
アスカはそんなリリィの肩を掴むと、そのまま後ろにあるリリィの部屋へと押し込んだ。
「さあさあ、そうと決まれば服着替えて! 髪も編みこんで角隠さなきゃ!」
「え、ちょ、おい!?」
ぐいぐいと部屋に押し込んでくるアスカに押され、自分の部屋の中へと入っていくリリィ。
イクサはそんな二人に向かって「是非お手伝いさせてください」と言葉を紡ぎ、張り切った様子で一緒に部屋の中へと入っていった。