第144話:俺も好きだ
「はぁ。なんだか長い一日だったけど……ようやく帰ってきたね」
リースは頭の後ろで手を組みながら、ラスカトニアの高い外壁の向こうに落ちる夕日を見つめる。
世界は茜色の光に包まれ、三つの影が長く伸びた。
「おう。おつかれ。ファイアロッドもラスカトニアの医術なら完全に治療できるだろうし、まあ問題ねえだろう」
イクサに殴り飛ばされたファイアロッドを、アニキは肩に抱えてラスカトニアの病院まで連れて行った。
医者は「一体どんなモンスターに殴られたらこうなるんだ!?」と動揺していたが、とりあえず顔の怪我については元に戻せるという。
その言葉を聞いたアニキたちは治療費だけを置いて、病院を後にした。
ファイアロッドの報復も少し考えたが、一度死ぬような目に遭っているのだ。そうそう仕返しなど考えないだろう。
結局アニキ達は病院を後にし、今は宿屋に向かって帰り道を三人で歩いている。
茜色に染まった石畳の街道を、三つの影がゆっくりと歩いていく。
アニキは手甲の解除されたイクサの両手を見ると、小さく言葉を落とした。
「そういえばよ、おめえが使ったあの能力って俺からコピーしたもんなんだろ? じゃあこれからも使えたりすんのか?」
アニキはポケットに両手を突っ込みながら、イクサに向かって質問する。
イクサはアニキの言葉を受けると、淡々とした調子で返事を返した。
「いいえ。何故かはわかりませんが、あの力の存在はもう感じられません。もっとも、現状で使用できる三つの能力だけでも、充分戦闘行為は可能と思われます」
「ふーん……ま、そうか。確かに三つもありゃ、てめえの身体くらいは守れるな」
アニキはどこか安心したように微笑み、イクサに向かって言葉を紡ぐ。
夕日に照らされたその笑顔は眩しく、咄嗟にイクサは顔を背けた。
「あ、そういえばイクサさん。結構大胆なこと言ってたよね。たしか、アニキさんが大好―――むぐぅっ!?」
「リース様、危険です。地雷の気配を察知しました」
イクサは咄嗟にリースを抱き上げ、右手を使ってその口を押さえる。
アニキは頭に大粒の汗を流しながら、そんなイクサにツッコミを入れた。
「いやいや、こんな街中に地雷なんかねえよ。種族戦争時代じゃねえんだから」
アニキのツッコミを受けたイクサは、表情を変えないまま「そうですか」と返事を返し、リースを開放する。
開放されたリースは、懲りない様子でさらに口を開いた。
「でも、本当びっくりしたよね。イクサさんが笑顔で大好―――いたひっ!?」
「危険ですリース様。吸血型モンスターが頭にとまっています」
イクサは目にもとまらぬ速さでリースの頭部にチョップを入れ、モンスターがいたと警鐘を鳴らす。
その様子を見たアニキは再び頭に大粒の汗を流し、ツッコミを入れた。
「いやいや。こんな街中にモンスターなんざいねえよ。さっきから何してんだお前?」
アニキは頭に疑問符を浮かべ、イクサに向かって質問する。
イクサは頬を少しだけ赤く染めながら、そっぽを向いた状態で返事を返した。
「問題ありません。私は正常です」
「いや、正常ならいきなりチョップはしねぇだろ」
「いたいよぉ……」
涙目になりながら、両手で頭を摩るリース。
自業自得とはいえ、イクサは少し困ったように眉を顰めた。
「申し訳ありません、リース様。少し過剰に反応しました」
「ううん。多分僕が悪いから、気にしないで……」
リースはにへっと笑いながら、両手で頭を押さえつつイクサを見上げる。
イクサはそんなリースを見返すと、「恐縮です」と返事を返しながらこくりと頷いた。
そんな二人の様子を見ていたアニキは、戦闘中にイクサが言っていた事場を思い出し、右拳を左手でぽんっと弾いた。
「あー、そっかお前、俺が大好きって言ってたな。思い出した」
「っ!?」
イクサは両目を見開き、言葉を紡いだアニキへと視線を向ける。
アニキはボリボリと頭を搔きながら、イクサに向かって言葉を続けた。
「俺も、好きだぞ。お前のこと」
「えっ……!?」
真っ直ぐに自分の目を見つめながら言葉を紡ぐアニキに対し、両目を見開いた状態でどんどん頬を赤くしていくイクサ。
しかしアニキはそんなイクサに構わず、さらに言葉を続けた。
「リースも好きだし、あの馬鹿剣士も、アスカも好きだぜ。今まで一人の方が気楽だと思ってたけどよ……仲間ってのも悪くねえもんだな」
「…………」
アニキは歯を見せてにいっと笑いながら、イクサに向かって言葉を紡ぐ。
イクサは急激に冷めていく体温を感じながら、そんなアニキに渾身のチョップを叩き込んだ。
「いでえ!? いきなり何すんだよ!」
「モンスターがマスターの頭部にいましたので、撃退しました。では、お先に失礼します」
イクサは深々と頭を下げると、早歩きで宿に向かって歩いていく。
アニキは頭を摩りながら、そんなイクサへと言葉を落とした。
「いってーな……あいつ何で怒ってんだ?」
「うーん、あれはアニキさんが悪いと思うよ……」
「???」
ずんずんと歩いていくイクサの背中を見つめ、額に汗を流しながら肩を落とすリース。
そんなリースを、アニキは不思議そうに首を傾げて見つめる。
そんな二人の歩く先では、イクサが規則正しい動作で両手両足を動かし、真っ直ぐに宿へと向かっていた。
しかし道行く人々はイクサの表情を見ると驚き、何人かは立ち止まってその顔を見つめる。
茜色に包まれた夕暮れの街。その街道を歩きながら。
イクサは片方の頬を膨らませ、頬を赤く染めながら、早足で宿に向かって進んでいた。