第143話:白の炎撃
ファイアロッドの生成した火炎球が、イクサの背中へと直撃しようという、その刹那。
イクサは俯いた状態で、ぽつりと言葉を落とした。
「ファイアロッド様。私は回避及び “迎撃”によって防御すると、そう宣言しました。もうお忘れですか?」
「えっ……」
ファイアロッドはイクサの呟いた言葉の意味が理解できず、ぽかんとその口を開く。
次の瞬間イクサは背中から噴き出している炎の翼の方翼を右足に移すと、炎を纏った回し蹴りを自身の後ろに向かって放つ。
その回し蹴りは背後に迫っていた火炎球に打ち込まれ、火炎球の軌道を大きく横にずらした。
結果的に火炎球はファイアロッドの後方で爆発し、イクサとファイアロッドは近距離で対峙する。
イクサは両目を見開いてファイアロッドの瞳を見つめ、言葉を紡いだ。
「ようやく、この距離まで到達しました。この距離で私が敗北する可能性は……0.2%です」
イクサは右拳を握り込み、もう一度身体の後ろに引く。
背中の炎の翼の全てを右拳に集約させ、右拳には撒きつくような炎が唸るような音を立てる。
やがて両足の下で逆巻いていた炎も右拳に集約させたイクサは、地面に降り立つと、引いた右拳を強く握りながらファイアロッドを見据えた。
「この一撃が、最初で最後です。覚悟はよろしいですか?」
イクサは真っ直ぐにファイアロッドの目を見つめ、淡々とした調子で言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたファイアロッドは長い髪を振り乱し、半狂乱になって叫んだ。
「まっ……魔術士でも能力者でもない、ただの人間が。調子に、乗るなあああああああああああああああああああああ!」
ファイアロッドは醜くその顔を歪め、突き出した右手から火球をイクサに向かって発射する。
ほぼゼロ距離に立っていたイクサの頭部に火球は炸裂し、爆発音が平原に響く。
その爆発を見たファイアロッドは、ニヤリと口端を歪ませるが……その爆炎の向こうから、両目を赤く輝かせたイクサが睨みつけてきた。
「なっ!?」
前髪が少し焦げた様子のイクサだったが、それ以外に外傷は無く、右拳の白い手甲は赤く赤く輝く。
イクサは両目を赤く染めた状態で動転したファイアロッドを見つめ―――小さく、言葉を落とした。
「ファイアロッド様。あなたの炎…………ぬるいぜ、です」
「っ!?」
イクサは身体の後ろに引いていた拳を突き出し、ファイアロッドの顔面へと近づけていく。
右拳に集約された炎は凄まじく、獣のような唸り声を上げながら、ファイアロッドへと襲い掛かる。
その炎の拳は徐々にファイアロッドへと近づき、そして―――
「ひっ……!?」
「…………」
ファイアロッドの鼻先の所で、炎はその活動を止める。
“死”の一文字が全身を支配していたファイアロッドは、へなへなとその場に尻餅をつき、呆然と中空を見つめた。
「勘違い、しないでください。あなたを倒すのに“この炎”を使っては、マスターの名が汚れると気付いただけです」
「っ―――」
イクサは左手を握りこむと、口を開いたファイアロッドの顔面に、躊躇無く拳をめり込ませる。
顔面を殴られたファイアロッドは地面を二転三転すると近くの岩場に激突し、がっくりと項垂れてその意識を手放した。
それと同時に、アニキを拘束していた炎の鎖と足元に展開されていた魔法陣が、ゆっくりとその姿を消す。
全身の自由を取り戻したアニキは、慌ててイクサへと駆け寄り声をかけた。
「イクサ。お前……」
「問題ありません、マスター。障害は全て排除しました」
イクサは少しズレてしまった手甲を直しながら、アニキに向かって言葉を紡ぐ。
アニキは顔面の変形した状態で岩にめり込んでいるファイアロッドを横目に見ると、片手で頭を抱えた。
「いや、お前……本当容赦ねえのな」
「???」
頭を抱えるアニキを不思議に思い、イクサは大きく首を傾げる。
そんなイクサの様子を見たアニキはやがてぷっと噴き出し、大きな笑い声を響かせた。
「あっはっは! いや、すげえよお前。ありがとな!」
「??? 礼には及びません。マスターを助けるのは当然のことです」
楽しそうに笑うアニキを不思議そうに見つめながら、イクサは反対方向へと首を傾げる。
そしてそんな二人の元へ、片手をぶんぶんと振ったリースが、満面の笑顔で走ってくる。
イクサはずっと変わらず青いままの空を、ゆっくりと見上げ―――
両手に装着していた手甲の重みに任せて、その両手をだらりと下げた。