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第142話:炎対炎

「ふん。何をしたのかわかりませんが……わたくしの優位は揺らぎません。ここで始末して差し上げますわ」

「…………」


 イクサに向かって、右手を伸ばしたファイアロッド。

 明らかに魔術を使う前兆であるその動きを見ても、イクサはその場から動かない。

 その白と赤の瞳でじっと、ファイアロッドの動き全てを見つめていた。


「これで、終わりですわ……“ファイアランサー”」


 ファイアロッドの突き出された右手の左右に、特大の炎の槍が複数生成される。

 炎の槍は切っ先をイクサへと向け、やがて唸るような音を出しながらイクサに向かって突進した。


「っ!? あぶねえ! 避けろ、イクサ!」


 アニキはイクサの変身に呆然としながらも、危機的状況に目を見開き、イクサへと言葉をぶつける。

 イクサは一度だけ深呼吸すると、迫り来る巨大な炎の槍を睨みつけた。


「無駄です、ファイアロッド様。こうなった以上、私の勝利は揺るぎません」

「!?」


 出会った頃の迷いを秘めた瞳と違い、確固たる決意を宿したイクサの瞳を見たファイアロッドは、驚きに声を失う。

 やがてイクサは自身に襲い掛かってくる炎の槍を睨みつけると、その全てを手甲による拳で掻き消した。


「そん、な。ファイアランサーを、能力者でもないただの人間がかき消すなんて……信じられませんわ!」


 ファイアロッドは目の前の事態が飲み込めず、イクサに向かって言葉をぶつける。

 イクサは手甲と自身の拳を繋いでいる布を調整しながら、ファイアロッドへ返事を返した。


「信じる信じないは、あなた様の自由です。しかしながら、この場は現実を直視することをオススメします」

「くっ……!」


 対戦相手から視線を外して手甲の調整をするイクサの様子を“余裕“と捉えたファイアロッドは、悔しそうに奥歯を噛み締める。

 そしてその悔しさは、ファイアロッドの闘志に火を付ける結果となってしまった。


「ふふっ、まったく。わたくしもここまではするつもり無かったのに……あなたが、悪いんですのよ」


 ファイアロッドは両手の手のひらをイクサへ向け、足元に赤く輝く魔法陣を生成する。

 そのただならぬ様子を見たアニキは、全身の鎖を引きちぎらんばかりに伸ばしながら、イクサへと言葉をぶつけた。


「危ねえ! 油断すんな、イクサ!」


 アニキの言葉を受け取ったイクサは手甲の調整が終わったのか、両拳をぶつけて打ち鳴らし、ファイアロッドへと身体を向ける。

 しかしその頃にはもうファイアロッドの準備段階は終わっており、その口は力強く呪文を詠唱していた。


「絆も廃塵に帰する紅蓮の炎! 眼前の敵を焼き尽くせ! ”ヴォルケーノ”!」


 ファイアロッドは狂ったように笑いながら、イクサに向けて炎属性最強の魔術を放つ。

 その瞬間天空に赤い魔法陣がいくつも生成され、それぞれの魔法陣の中央から、超超高熱の火炎球がイクサへと襲い掛かる。

 ひとつひとつの火炎球は人一人を余裕で飲み込むほどの大きさで、それが複数連なってイクサへと襲い掛かる。

 まるで隕石のようなその攻撃を、イクサは白と赤の瞳で冷静に見上げ、言葉を発した。


「対象の数は6。回避及び迎撃による防御を選択します」


 そう呟いたイクサの背中には、いつのまにか炎の翼が生成され、白く輝く髪と燃え盛る炎が空中で美しく輝く。

 やがてイクサの足元にも逆巻くような炎が生成され、その身体を空中に浮遊させた。

 そして丁度イクサの身体が浮遊した瞬間……天空からの火炎球が、イクサに向かって襲い掛かってきた。


「アハハハハハハハッ! これで、これであの女も終わりですわ! アニキ様はわたくしのものです!」


 ファイアロッドは狂ったような笑みを浮かべ、高笑いを響かせながらイクサを睨みつける。

 一方身体を浮遊させたイクサは、残像を残すほどの驚異的なスピードで、襲い掛かってくる火炎球を回避していった。

 火炎球が地面で爆裂し、その度に大量の粉塵が舞い上がる。

 そんな粉塵の隙間を縫うような形で、イクサはみるみるうちにファイアロッドとの距離を縮めていった。


「!? 何を……何をしていますの! 早くあの女を粉砕なさい!」


 ファイアロッドは両手をイクサに向けたまま、眉間に皺を寄せて言葉をぶつける。

恐らくファイアロッドの火炎球が一発でもイクサに命中すれば、その身体は粉微塵に粉砕されるだろう。

 しかしイクサは浮遊した状態でスライドするように地面スレスレを移動し、火炎球の直撃を避ける。

 やがてイクサがファイアロッドまであと少しの距離まで近づき、その右拳を身体の後ろに引いた時―――ひとつの火炎球が、イクサの背中を捉えた。


『っ!? よし! わたくしの方が一瞬早いですわ!』


 ファイアロッドはイクサに迫り来る火炎球を見ると、ニヤついた口元をマントで隠し、目の前まで迫ったイクサをあざ笑う。

 イクサはそんなファイアロッドの様子に気付かず、互いの距離をどんどん縮めていった。


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