第141話:Fire!
「ふふ……まったく。わたくしにここまでさせるなんて、悪い人ですわ」
ファイアロッドは歩いてアニキまで近づくと、拘束されているアニキの顎にその細い指を当て、自身の方へと顔を向けさせる。
アニキは視界に入って来たファイアロッドの顔を見ると眉間に皺を寄せ、声を荒げた。
「ちっ……イクサ! リース! てめえらは逃げろ!」
アニキは炎の鎖に全身を束縛されており、かろうじて右腕を少し伸ばすことができる程度で、とても戦闘行為ができる状態ではない。
自分がこんな状態では、とても二人を守りきれない。
苦渋の決断ではあったが、アニキはその瞳に力を込め、二人に向かって叫んでいた。
しかしイクサはリースに身体を向け、両手を広げた状態のまま動かない。
リースはそんなイクサを不思議に思い、顔を上げて質問した。
「イクサ、さん。だいじょうぶ? 動けないほど、怪我しちゃったの……?」
リースは心配そうな表情で、イクサを見上げる。
青空をバックに両手を広げたイクサは、無表情のまま返事を返した。
「いいえ、リース様。私はようやく、理解したのです。自分の中にあるマスターへの感情が、一体何なのか」
「えっ……!?」
イクサの意外な言葉に驚き、両目を見開くリース。
そんなリースの様子に構わず、イクサはさらに言葉を続けた。
「このままではマスターが、いなくなってしまう。もしかしたらもう二度と、会えないかもしれない。そう考えた私の中に、強い感情が芽生えたのです」
「強い、感情……?」
リースは首を傾げ、イクサに向かって返事を返す。
こくりと大きく頷くと、イクサはさらに言葉を続けた。
「はい。その時私の中では、たった二文字の“嫌だ”という単語だけが飛び交っていました。常に周囲の状況を確認し、冷静に物事を判断してきた私には、ありえない状況です」
「…………」
リースはイクサの淡々とした報告に、沈黙をもって続きを促す。
イクサは一度青空を見上げると、その白く輝く髪を風に流し、やがて言葉を落とした。
「その時、気付いたのです。“ああ、そうか。私はマスターの事が―――”」
「お喋りはそこまでですわ。逃げるか戦うか、さっさと決めてくださいませんこと?」
ファイアロッドはイクサの言葉を遮る形で口を挟み、言葉をぶつける。
その言葉を受けたイクサは、ゆっくりとその身体をファイアロッドへと向けた。
「どうやら私も、覚悟を決めるべき時が来たようです。リース様はどうか、安全な場所までお逃げください」
イクサはリースに背を向け、その白い髪を風に靡かせながら、リースに向かって言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたリースは、ぶんぶんと顔を横に振った。
「そんな……! そんなことできないよ! 僕だけ逃げるなんて!」
リースは鞄の紐を強く握り締め、イクサに向かって言葉をぶつける。
イクサはゆっくりとリースに顔を向けると、穏やかな声で言葉を紡いだ。
「お願いします、リース様。私も皆さんと同じように……大切なもののために、戦いたいのです」
「―――っ!?」
顔だけ振り返ったイクサの、その表情。
それを見たリースは、返す言葉も忘れて呆然と立ち尽くす。
両目を見開いたまま呆然とするリースを尻目に、やがてイクサはゆっくりとした速度で、ファイアロッドとアニキに向かって歩き出した。
「あら。まさか戦うつもりですの? 役立たずの分際で」
ファイアロッドは馬鹿にするような笑顔を浮かべ、フラつきながらも歩みを進めるイクサを見下す。
イクサは時折倒れそうになりながらも、確実にアニキ達に向かって歩みを進めていた。
「その覚悟、どの程度か確かめて差し上げますわ」
ファイアロッドは薄笑いを浮かべながら右手をイクサに向かって突き出し、その手の周辺に複数の火球を生み出す。
やがてその火球を、イクサの足元へと打ち出した。
イクサの立っていた地面は揺れ、土埃が立ち上る。
しかしイクサは震える足を押さえながら、賢明に前に向かって進んでいた。
「あら。少しは臆しても良いものですが、これでも止まらないなんて……どうやら本当に、“覚悟”だけは決めてきたようですわね」
ファイアロッドはくすくすと笑いながら、ゆっくりと近づいてくるイクサを見つめる。
アニキは全身に纏わり付く炎の鎖をちぎらんばかりに引き伸ばしながら、イクサに向かって言葉をぶつけた。
「馬鹿野郎、イクサ! てめえはリース連れてさっさと逃げろ!」
アニキはイクサを睨みつけ、賢明に言葉をぶつける。
しかしイクサはそんなアニキを真っ直ぐに見返し、歩きながら言葉を返した。
「お断りします。マスターを守るのが、私の使命です。それに何より―――私はあなたを、失いたくない」
「っ!?」
いつも命令にだけは従順だったイクサの、初めての反抗。
無機質なその白い瞳に込められた、光輝くような覚悟。
その覚悟の重さを知ったアニキは口ではどうにもならないことを理解し、奥歯を強く噛み締めた。
「ふん、何の能力もないただの人間が強がったところで、意味なんてありませんわ。今それを、証明して差し上げます」
ファイアロッドは右手を突き出して火球を右手のひらに生成し、それをイクサに向かって打ち出す。
その火球は唸るような音を鳴らしながらイクサに向かって真っ直ぐに飛び、やがてその肩に激突した。
「―――っ!?」
イクサは強烈な痛みに悶絶し、火球が激突した左肩を右手で抑える。
しかし両足だけは賢明に前に進んでおり、確実にアニキとの距離を縮めていた。
「そんな……常人なら気絶してもおかしくないはずなのに。何故ですの……っ!?」
ファイアロッドは火球をその身に受けながらも歩み寄ってくるイクサを、驚愕の表情で見つめる。
やがてイクサは、アニキまであと少しというところまで近づいてきていた。
近くで見たイクサの身体はボロボロで、もはや戦闘行為を行うどころか、歩いていること自体が奇跡のように思える。
がっくりと項垂れたまま歩みを進めるイクサは、やがて小さく言葉を落とした。
「マスターと話しているとき、守られたとき、目が合ったとき……私の中に生まれる感情が何なのか、ずっとわかりませんでした」
「???」
ファイアロッドはイクサの呟きの意味がわからず、眉間に皺を寄せて首を傾げる。
しかし既に地面しか見えていないイクサは、構わず言葉を続けた。
「しかしようやく、わかったのです。私がマスターに抱いている感情。その正体が」
イクサはゆっくりと顔を上げ、目の前に見えるアニキの瞳を真っ直ぐに見据える。
アニキはただ呆然とその姿を見つめ、声一つ出せないでいた。
「ふん。何をわけのわからないことを……もういいですわ。これで散りなさい!」
ファイアロッドはこれまでの火球より二回り以上大きな火球を右手のひらに生成し、それをイクサに向かって打ち出す。
その瞬間我に返ったアニキは、イクサに向かって声を張り上げた。
「あぶねえ! イクサ、避けろおおおおおおおおお!」
「―――っ!」
アニキの言葉を受けたイクサは、最後の力を振り絞り、アニキに向かって跳躍する。
火球は跳躍したイクサの足先ギリギリのところを通過し、やがて背後の地面へと激突した。
アニキに向かって跳躍したイクサは俯いたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「マスターは乱暴で、ガサツで、品がなくて、口が悪くて、私の予想をいつも掻き乱す、厄介な存在です」
「…………」
俯いたまま空中を進むイクサ。その身体はもう限界を向かえており、この跳躍も最後の力を振り絞ったものだろう。
それを理解しているアニキは、呆然と両目を見開き、ゆっくりと近づいてくるイクサを見つめた。
「でも……いいえ。だから―――」
イクサは空中で右手を上げ、アニキに向かってその手を伸ばす。
やがて俯いていた顔を上げたイクサは……その瞳に涙を溜め、歯を見せて大きく笑いながら、言葉を紡いだ。
「―――だから、マスターの事が…………大好きっ! です!」
「っ!?」
初めて見る、イクサの笑顔。
アニキはその笑顔の美しさに言葉を忘れ、しばし呆然とその笑顔だけを見つめる。
そしてイクサはその表情を微笑みに変えると、涙を流しながら言葉を紡いだ。
「私の手を取って下さい、マスター。あなたがいない世界に私は、価値を見出せません」
にっこりと微笑みながら、イクサはその右手を真っ直ぐにアニキへと伸ばす。
アニキは自身の中に生まれた渦巻くような感情を抑え、そして吐き出すようにして、叫んだ。
「―――っこの、馬鹿野郎がああああああああああああああああああ!」
アニキは叫びながらかろうじて右手を伸ばし、ボロボロになってしまったイクサの手をがっしりと掴む。
その瞬間イクサは満面の笑顔となり―――そして天空から、赤い光がイクサへと降り注いだ。
赤い光は、傍にいたファイアロッドとアニキの目を一瞬眩ませる。
そしてその赤い光の中から……電子的な音声が響いてきた。
CheckingMainSystem. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .. . OK_
RevolutionDriverLoading. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .. . . OK_
RevolutionSystem. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .Reboot_
Type. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .Fire!_
AreYouReady? . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
REVOLUTION_
「はあああああああああああああああああああ!」
赤い光の中で、イクサの両手に白い手甲が装着される。
輝くような白一色だった髪の先端は赤く染まり、右目の瞳も赤く変色する。
やがて赤い光が失われると、その中心では白い手甲を装備し、見た目も変貌したイクサが、その身体に炎を纏いながら立っていた。
その姿を見たファイアロッドは、動揺した様子で叫ぶ。
「なに、が……一体何が起こったんですの!?」
「…………」
ファイアロッドの問いに答えることなく、イクサは赤と白の瞳で、ファイアロッドを真っ直ぐに見据える。
その眼力にファイアロッドは数歩後ずさり……重い沈黙が、辺りを支配していた。