第140話:逆転の策
「そんな……馬鹿な!? 炎属性最強の魔術を、生身で耐えるなんて……!」
ファイアロッドは杖を掴まれた事よりも、アニキが立っていることが信じられず、動転しながら言葉を落とす。
アニキは杖を掴んだままゆっくりと背筋を伸ばし、ゴキゴキと首を鳴らした。
「ああ、確かに熱かったけどよ……まぁ、熱めの風呂に入ったと思えば、耐えられないこともねえぜ」
「ふ、風呂……っ!? お風呂ですって!?」
自分の最強魔術を風呂に例えられたファイアロッドは、顔を赤くして奥歯を噛み締める。
そのままファイアロッドは身を捩って杖を掴んだアニキの手を振りほどこうとするが、その手はがっしりと杖を掴み、ぴくりとも動かない。
逆にアニキはゆっくりとした動作で、杖を掴んでいない方の手を拳へと変えた。
「じゃあ、今度は……俺の番だ。舌噛むなよ!」
「っ!?」
掴んだ杖から手を離したアニキは、反対の拳を地面から天空に向かって真っ直ぐに突き出し、ファイアロッドの杖に拳をめり込ませる。
咄嗟に両手で杖を持っていたファイアロッドはその衝撃を受け、両目を見開いた。
「ぐっ……!?」
ファイアロッドは杖をへし折られるが、その衝撃は収まることを知らず、その身体を空中へと吹き飛ばす。
そのまま空中を進んだファイアロッドは地面に激突する直前に火球を爆発させ、落下の衝撃を軽減する。
ゴロゴロと地面を転がったファイアロッドはやがて静止すると、折れた杖を放り投げ、俯いた状態でフラつきながら立ち上がった。
「もう止めとけ、ファイアロッド。てめえの負けだ」
アニキは両拳を下げ、息を落としながらファイアロッドへと言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたファイアロッドは、小さく笑いながらその顔を上げた。
「ふふっ……そう、ですわね。では、こういうのはどうですの?」
「っ!?」
ファイアロッドは右手をリースへと突き出し、その手のひらに火球を生成すると、驚異的なスピードでそれを打ち出す。
火球は唸りを上げてリースへと迫り、その小さな身体を打ち抜かんとしていた。
「ちぃっ! 間に合わねぇ……!」
アニキはすぐに両足に力を込めるが、リース達とは距離がありすぎてどう考えても追いつけない。
リースが火球に気付き、その顔を向けた瞬間……白く輝く髪がリースを庇い、火球の直撃を受けた。
「っ!? イクサさん! イクサさん大丈夫!?」
突然目の前で起きた爆発と、それを背中で引き受けたイクサ。
リースは一瞬で自分が庇われたことを理解し、目の前にいるイクサへと言葉を発した。
イクサは両手を広げた状態でリースを庇いながら、ゆっくりとした口調で返事を返す。
「大丈夫……です。これくらい、なんでもありません」
イクサは淡々としたいつもの調子で返事を返すが、その声には明らかに生気がない。
事実イクサの背中はひどい火傷で、立っているのもギリギリの状態だった。
そんなイクサの様子を見たアニキは、悔しそうに奥歯を噛み締め、ファイアロッドへと顔を向けた。
「ファイアロッド! てめえ……!」
「おっと、アニキ様。まだです。わたくしの策はこれからですわ」
「何っ……!?」
跳躍し、その拳をファイアロッドへ叩き込もうと、アニキが右足に力を込める。
しかし、その右足は炎の鎖によって地面に固定され、ぴくりとも動かない。
ファイアロッドは薄笑いを浮かべながら右手をアニキへと伸ばし、そして言葉を発した。
「“ファイア・ジェイル”……アニキ様があの女に気を取られている隙に、発動させてもらいましたわ」
「くっ……野郎、小細工しやがって……!」
いつのまにかアニキの全身には炎の鎖が纏わりつき、腕一本動かすこともできない。
地面にはアニキを中心とした赤い巨大魔法陣が出現し、炎の鎖はその魔法陣から吐き出されていた。
「この“ファイア・ジェイル”は、魔法陣が大きければ大きいほどその力を増す。わたくしがこの場所に一ヶ月以上かけて用意した魔法陣です。ぴくりとも動けないでしょう?」
薄笑いを浮かべるファイアロッド。事実、アニキは欠片も身体を動かせない。
悔しそうに奥歯を噛み締め、アニキはファイアロッドを無言で睨みつけた。
「あなたは確かに、強い。しかしその“強さ”は時に、“弱い”仲間のために輝きを失うのですわ」
「―――っ!」
ファイアロッドの言葉を受けたアニキは、奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、睨みつける。
ファイアロッドはそんなアニキの形相を見ても動揺することはなく、薄笑いを浮かべながら、その細い腕をアニキへと伸ばしていた。