第139話:ぬるいぜ
「いつか炎術士と戦ってみてえとは思ってたが……へっ、こんなに早く叶うとはな」
アニキは構えた両拳を握り込み、笑いながらファイアロッドを真っ直ぐに見つめる。
ファイアロッドは余裕の表情で杖を身体の前に突き出し、やがて魔術を発動した。
「それは光栄ですわね。ではこちらも、お手並み拝見といきますわ。“ファイアランサー”」
ファイアロッドの周囲にはいつのまにか複数の巨大な炎の槍が浮遊し、その切っ先は真っ直ぐにアニキへと向けられる。
やがて炎の槍は唸るような音を鳴らしながら、アニキに向かって一斉に襲い掛かった。
「ちっ……呪文詠唱無しで、この威力かよ!」
炎の槍のただならぬ気配を感じ取ったアニキは、その驚異的な身体能力と野生の勘を使い、ギリギリのところで攻撃を回避する。
ファイアロッドを中心に半円を描くように走り回ったアニキは、炎の槍が全て消費された瞬間を狙って、ファイアロッドに向かって跳躍した。
「おおおおっ、らあ!」
アニキは右足に炎を纏わせ、空中から回転蹴りをファイアロッドへと叩き込む。
しかしその蹴りがファイアロッドに当たった瞬間、ファイアロッドの身体は炎に変わり、その本体はアニキの背後で杖を構えていた。
「さすがはアニキ様。驚異的な速度で距離を縮めてきましたわね。もっともその程度は、こちらも予想通りですけれど」
ファイアロッドは薄笑いを浮かべながら、アニキの背中へと杖の先端を向ける。
空中で無防備となったアニキに対し、ファイアロッドは複数の火球を生成し、それを激突させた。
「っ!?」
その背中に複数の火球をぶつけられたアニキは、衝撃で空中を何度も回転しながら吹き飛んでいく。
やがてその身体が地面に落ちようというその刹那、アニキは両足を地面へ突き立てると、地面を削りながらも徐々にスピードを緩めていく。
やがてその身体が静止すると、アニキは笑いながらファイアロッドを見つめた。
「ぬるいぜ、ファイアロッド。俺を倒したいなら本気でこいや」
アニキは両拳を打ち鳴らしながら、遠くにいるファイアロッドへと言葉をぶつける。
ファイアロッドは小さく笑うと、再び杖の先端をアニキへ向けた。
「わたくしの目的はあくまで、貴方を手に入れること。ここで焼き殺してしまっては意味が無い……とはいえ、呪文詠唱無しで放てるような魔術では、貴方を倒せない。これは困りましたわね」
ファイアロッドは薄笑いを浮かべながら、小さく首を傾げて言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたアニキは再び両拳を打ち鳴らし、ファイアロッドに対して言葉をぶつけた。
「しゃらくせえ! 本気でこいって言ってんだろ! てめぇの炎くらいで俺がどうにかなるかよ!」
アニキはファイアロッドを見据えながら挑発的な笑顔を浮かべ、再び言葉をぶつける。
そんなアニキの言葉を受けたファイアロッドは、ため息を落としながら返事を返した。
「なるほど……確かにそうですわね。では、本気でいかせて頂きますわ」
ファイアロッドは決意の篭った瞳でアニキを射抜き、杖の先端を赤く輝かせる。
そんなファイアロッドの様子にただならぬものを感じたイクサは、思わず声を荒げた。
「危ない、マスター! 回避してください!」
これまでで一番大きなイクサの声が、草原の空に鳴り響く。
そんなイクサの言葉を聞いたアニキはそれでも動くことはなく、両足を踏ん張ってファイアロッドを見据えた。
「絆も廃塵に帰する紅蓮の炎。眼前の敵を焼き尽くせ。”ヴォルケーノ”」
ファイアロッドの足元に赤い魔法陣が出現すると、その輝きに呼応するように茶色いロングヘアは空中に浮遊する。
構えた杖の先端が眩いほどの赤い光を放つと、上空から超巨大な火球がいくつも姿を現し、アニキに向かって一斉に降り注いだ。
「っ!? アニキさあああああああん!」
リースは火球に飲み込まれたアニキを見ると、その大きな目を見開いて声を荒げる。
ゴーレムの強靭な身体も一撃で粉砕した、その巨大火球。
それが複数束になって、ひとりの人間の身体に降り注ぐ。
アニキの立っていた地面はまるで隕石が落ちたように抉れ、土煙が煙幕のように立ち上る。
茶色い粉塵に包まれたその先に生物がいるとは、とても考えられなかった。
「ふぅ……やはり、これは強力すぎましたわね。すぐにでも治療を開始する必要がありますわ」
勝利を確信したファイアロッドはその長い髪を一度手のひらで風に流し、ヒールを鳴らしながらアニキの立っていた位置へと近づいていく。
イクサはごくりと喉を鳴らしながら、バクバクと脈打つ胸に手を当て、その様子を見守っていた。
「ぬるい……ぜ、ファイアロッド。ちょっと服が焦げちまったけどな」
「っ!?」
近づいてきたファイアロッドの杖を、包帯で巻かれた拳がしっかりと掴む。
土埃が晴れた先では、全身のいたるところに火傷を負ったアニキが、片目を開いてファイアロッドの杖を掴んでいた。




