第138話:恐怖の克服
「アニキ様。わたくしのような炎術士にとって最大の恐怖とは何か、ご存知ですか?」
ファイアロッドは右手をアニキに伸ばしたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
アニキは両腕を組んだまま沈黙し、続きを促した。
「炎術士に限らず魔術士は、基本的に遠距離からの攻撃を主体とします。逆に言えば、相手に懐に入られたら反撃は難しいということ。つまりわたくし達にとって最大の恐怖は、“相手に距離を詰められること”なのですわ」
「…………」
アニキは先ほどのゴーレムとの戦いを思い出し、ファイアロッドの戦い方を振り返る。
確かにファイアロッドはゴーレムと一定以上の距離を保ち、常に遠距離で戦っていた。
逆に言えば近距離戦になってしまうと、ファイアロッドに勝ち目は無かったのだろう。
しかしそれが、自分を勧誘することとどういう関係があるのか。
アニキはその点をファイアロッドの口から聞き出すため、黙って続きを促した。
「しかし、相手に距離を詰められるのが最大恐怖なら、近距離戦闘のスペシャリストを隣に置けば良い。つまり……あなたの事ですわ、アニキ様」
ファイアロッドは柔らかに微笑み、アニキに向かって言葉を紡ぐ。
その言葉を全て受け取ったアニキは少しだけ考えると、返事を返そうと口を開く。
その瞬間イクサの胸の鼓動はどんどん早くなり、イクサは右手で胸元を強く押さえつけた。
「―――せっかくの誘いだがな、俺ぁお前と行くつもりはねえよ」
「「っ!?」」
アニキの言葉に、ファイアロッドとイクサが同時に両目を見開く。
ボリボリと頭を搔きながら、アニキはさらに言葉を続けた。
「確かにつえー奴とは戦いたいけどよ、お前と一緒に行くのは、何か違うような気がするんだよなぁ」
アニキはいまいち上手く言葉に出来ず、頭を搔きながら返事を返す。
その言葉に納得がいかないファイアロッドは、声を荒げて言葉をぶつけた。
「そんな! 納得できませんわ! わたくしの実力はもうお分かりになったはずですし、好敵手と出会える可能性は大いにあります! それとも、まさか……その白い女性のために残る、ということですの!?」
「っ!」
突然ファイアロッドに指差されたイクサは、肩をびくっといからせて身体を硬直させる。
アニキは眉を顰めて首を傾げながら、返事を返した。
「あん? いや、イクサのためってわけじゃねえけど……そうだな。俺ぁ結構今の仲間が気に入ってんだ。変な連中ばっかだけどよ、これが居心地いいんだわ」
アニキはにいっと歯を見せて笑いながら、ファイアロッドへと返事を返す。
偽りのないその表情を見たファイアロッドは、右手を下ろしてがっくりと俯いた。
「そう……ですの。お気持ちは、変わらないんですのね?」
ファイアロッドは俯いたまま、アニキに向かって小さく言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたアニキは、ポリポリと頬を搔きながら返事を返した。
「ああ、変わらねえ。俺ぁ今の仲間と旅を続けるよ」
アニキは腕を組んだままファイアロッドを見つめ、はっきりと返事を返す。
その言葉を受けたファイアロッドはゆっくりと顔を上げると、再びにっこりと微笑んだ。
「そう―――なら、仕方ないですわね」
ファイアロッドは二度、三度とバックステップを繰り返してアニキとの距離を取ると、杖の先端をアニキに向ける。
咄嗟にアニキが両拳を構えると、杖の周囲に発生した火球がアニキに向かって襲い掛かってきた。
「ちっ……オラァ!」
アニキは炎を宿した拳でフック系のパンチを複数回繰り出し、飛んできた火球を全て打ち消す。
その様子を見たファイアロッドは、にっこりと微笑んだまま言葉を紡いだ。
「説得が無理なら、仕方ありません……無理矢理にでも、わたくしの仲間になって頂きますわ」
ファイアロッドは杖の先端をアニキに向け、集中力を高めていく。
その様子を見たアニキは拳を構えながら、イクサに向かって言葉をぶつけた。
「イクサぁ! てめえはリースの傍にいろ! こいつとは俺がやる!」
「……了解しました」
アニキの言葉を受けたイクサはリースの傍に寄り、リースを庇うように立ち位置を調整する。
いつのまにか一触即発の空気が流れていることを感じたリースは、ごくりと唾を飲み込み、鞄の紐を強く握り締めた。