第136話:アプローチ
「かなりの数でしたけれど、わたくしたち二人なら余裕でしたわね、アニキ様?」
ファイアロッドはマントで口元を隠しながら、にっこりと笑ってアニキへと言葉を紡ぐ。
アニキは最後に残ったゴーレムを殴り飛ばすと、ファイアロッドへと返事を返した。
「あ? ああ、そうだな。この前戦ったモンスターの方が歯ごたえあったぜ」
アニキはファイアロッドと距離を取りながら、ぐるぐると肩を回して言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いたファイアロッドは、満面の笑顔を浮かべてアニキへと詰め寄った。
「まぁ! そのお話、是非お聞きしたいですわ。二人きりで、ね?」
ファイアロッドはアニキへと歩み寄り、その肩に頭を置こうと首を傾げる。
そんなファイアロッドと距離を取りながら、アニキは声を荒げた。
「んだぁ! いきなり近づくんじゃねえ! 自慢するような話じゃねえよ!」
アニキは怪訝な表情を浮かべ、ファイアロッドから距離を取る。
その様子を見たファイアロッドは、唇に人差し指を当てながら上目使いで言葉を発した。
「まあ。つれないですわね。わたくしのこと、お嫌い?」
「いや、別に嫌いとかじゃねえけど……俺ぁただ女が苦手ってだけだ」
アニキは眉を顰めながら頭を搔き、小さく息を落とす。
そんなアニキの言葉を受けたファイアロッドは、挑戦的な視線をイクサに向けながら言葉を発した。
「ふふっ。女性が苦手、ですって。困りましたわね? イクサさん」
「えっ……」
突然話題を振られたイクサは、両目を見開いてファイアロッドと目線を合わせる。
目が合っても挑戦的な視線をやめないファイアロッドに対し、やがてイクサは目を背けて俯いた。
ファイアロッドは先に目線を逸らしたイクサを満足げに見つめると、再びアニキへと向き直った。
「さ、アニキ様♪ 存分にわたくしへ武勇伝を語ってくださいまし♪」
「だああ! ひっつくんじゃねえ! 話さねえって言ってんだろが!」
アニキの腕を胸元に引き寄せようとするファイアロッドの頭を掴み、遠くへと押しやるアニキ。
突き放されたファイアロッドは「やっぱりつれないですわね」と妖しい笑顔を見せていた。
「…………」
イクサは相変わらず感情の灯っていない瞳でそんな二人を見つめ、小さく息を落とす。
その様子を見たリースは、心配そうにイクサを見上げながら言葉を紡いだ。
「あの、イクサさん、だいじょうぶ?」
リースはその大きな瞳で心配そうにイクサを見上げ、細い声で言葉を紡ぐ。
そんなリースに顔を向けたイクサは、こくりと頷きながら返事を返した。
「大丈夫ですリース様。ご心配頂き、ありがとうございます」
イクサは大きく頷きながら、リースへと返事を返す。
しかしどこか覇気のないその表情に、リースはさらに不安をつのらせた。
―――その時突然、アニキの大声が草原に響く。
「あぶねえ! 二人とも避けろ!」
「「!?」」
大声のする方に振り向いた二人の視界に入って来たのは、山から崩れ落ちた球体の巨大な岩石。
岩石は馬車ごと二人を押しつぶそうと、加速しながらどんどん近づいてきた。
「リース様、お逃げください。馬車は私が守ります」
イクサはリースと馬車の前に歩み出ると、両手を左右へと広げる。
どんどん迫り来る岩石を見たリースはそんなイクサを見て、声を荒げた。
「そんな……無理だよイクサさん! 僕に任せて!」
「っ!?」
リースはイクサの前に出ると、両手を身体の前へと突き出す。
そしてそのまま、精神を集中させた。
「はあああああ! 壁練成:シェルベルム!」
叫んだリースの両手の先に、巨大な石壁が創造される。
その壁は転がってきた岩石を受け止め、かろうじてそれを支えていた。
「くっ……この岩、大きい。これ以上は……!」
リースが苦しそうに呻いた瞬間、岩石は空から降り注いできた火球に激突され、その身体を四散させる。
熱い岩石の欠片が周囲に飛び散った頃、ファイアロッドがゆっくりと歩いて近づいてきた。
「危なかったですわね、お二人とも。ご無事でなによりですわ」
ファイアロッドはにっこりと微笑み、リースとイクサへ言葉を紡ぐ。
リースはぺたんとその場で腰を落とし、「ふぅっ」と大きく息を吐いた。
「それにしてもリース様。そのお歳で創術を操れるとは、素晴らしいですわ。たいしたものですわね」
ファイアロッドはにっこりと微笑み、リースに向かって言葉を紡ぐ。
その後イクサへと視線を向けると、驚くほど冷たい視線で、小さく言葉を落とした。
「それに比べて……とんだ足手まといですわ」
「っ!?」
ファイアロッドの冷ややかな言葉を受けたイクサは、両目を見開いたままその場で固まる。
やがてアニキが片手を振りながら、馬車に向かって走ってきた。
「おう、頑張ったなリース! 落ちてきそうな岩は全部ぶっ壊してきたぜ!」
アニキは片手を振りながら、ゆっくりと馬車に向かって近づいてくる。
リースは立ち上がるとアニキを見返し「びっくりしたよぉ~」と、頬を搔きながら返事を返した。
「ま、二人も馬車も無事で何よりだな。……ん? どうかしたか?」
なぜか雰囲気が違っているイクサとファイアロッドを見たアニキは、不思議そうに首を傾げる。
イクサはそんなアニキを見返し、アニキに向かって言葉を紡ごうと口を開くが―――
「いいえ、なんでもありませんわ♪ それより、先を急ぎましょう?」
「お、おお……つうか、くっつくなっつうの!」
イクサの言葉を遮るように、ファイアロッドはアニキの腕を自身の胸元へと引き寄せる。
すぐに引き剥がされたファイアロッドだったが、困惑した様子で眉を顰めるイクサを見ると、満足そうに微笑んだ。
「ふふっ。―――さん♪」
「っ!?」
ファイアロッドは呆然としたイクサを見つめながら、口だけを動かして言葉を伝える。
声無き言葉を受け取ったイクサは、両目を見開いてその場に固まった。
当然声を出していないため、隣にいるアニキにはファイアロッドの放った言葉は伝わっていない。
ファイアロッドはそれを理解した上で、上目使いになりながら改めてアニキへと提案した。
「さあ、アニキ様。早く参りましょう?」
「お、おう……いいけど、それ以上近づくなよ」
どうにもくっつこうとするファイアロッドを困ったように見つめながら、ボリボリと頭をかくアニキ。
そんなアニキの横顔を見つめながら、イクサの頭には、先ほど受け取ったファイアロッドの言葉が何度も反芻されていた。
“役立たずさん”……それは自分が最も、恐れていた言葉。
その言葉を言われてしまったイクサにはもう、自身のいるべき場所がわからない。
わからないままイクサは馬車の後ろを歩き、ファイアロッドをうざったそうに跳ね除けるアニキを、じっと見つめる。
時折振り返るアニキの視線に、イクサは逃げるように目を伏せる。
自身の胸にある黒く重い感情が何なのかわからないまま、イクサは力ない足を前へと踏み出していた。