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第133話:迷い

「あら、嫌ですわアニキ様。わたくしはただ、その方が任務参加に足る実力者かどうか試していただけです」


 ファイアロッドは落ち着いた様子でイクサに杖の先端を向け、アニキに対して説明する。

 アニキは方膝を着いて息を切らせているイクサを横目で見ると、ファイアロッドへと返事を返した。


「試す、ねえ。別にそんなもんしなくていいだろ。こいつとリースが着いて来たところで、俺ぁ何も困らねえよ」

「っ!」


 ボリボリと頭を搔きながらぶっきらぼうに言葉を発するアニキを、目を見開いて見上げるイクサ。

 ファイアロッドはそんなアニキの言葉に納得できないのか、眉間に皺を寄せて返事を返した。


「で、ですが、今回の任務は危険もあります! 実力も無い者を連れて行くわけにはいきませんわ!」


 ファイアロッドは左手を横に振り、語気を強めながら言葉をぶつける。

 アニキはその言葉を受けると、耳の穴を小指でほじりながら返事を返した。


「実力云々じゃなく、二人とも行きたがってるからこの状況なんだろ? だったら問題ねえ。俺が二人まとめて守ればいいだけじゃねえか」

「―――っ!」


 ファイアロッドはアニキの言葉に閉口し、がっくりと俯く。

 茶色の長い髪はその表情を隠し、次に小さく落とされた言葉も、風にかき消された。


「その―――は。―――ですわ……」

「???」


 小さく呟かれたファイアロッドの言葉がよく聞こえず、不思議そうに首を傾げるアニキ。

 やがてファイアロッドは顔を上げると、アニキを真っ直ぐに見据えながら言葉を続けた。


「……わかりました。しかし足手まといになるようでしたら、すぐにでも帰って頂きますわ。特にそこの女性は、何の実力も無いようですから」

「っ!」


 突き刺すようなファイアロッドの言葉に、両目を見開くイクサ。

 ファイアロッドは不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、やがてダブルエッジ支部の中へと戻っていった。

 アニキは未だ立てないでいるイクサへと身体を向け、小さく言葉を落とした。


「……よう、大丈夫かよ?」

「はい、マスター。問題ありません」


 イクサは平静を装い、努めていつも通りの調子で返事を返すと、膝を伸ばして立ち上がる。

 しかし無茶苦茶に走り回った疲れが抜けていないのか、アニキの立っている方向へと身体をふらつかせた。

 そんなイクサの肩を、アニキの両手が優しく受け止める。


「おっと、本当に大丈夫かよお前。マジで無理そうなら宿で休めよ」

「っ!」


 イクサは両肩に感じるアニキの体温に両目を見開き、自身の胸の中で強く脈打っている何かの存在に気付く。

 顔色を見られないように俯くと、イクサはアニキの両手をそっとどけて、自身の両足で地面に立った。


「大丈夫です、マスター。ご心配をおかけしました」


 イクサはアニキに背を向け、空を見上げながら返事を返す。

 アニキはそんなイクサの様子に頭を搔くと、言葉を紡いだ。


「おお。まあ大丈夫ならそれでいいけどよ。俺ぁ先行ってるぜ」


 アニキは自身に背を向けたイクサを不思議に思いながらも、先に出て行ったファイアロッドを追いかける。

 リースは鞄の紐を押さえながら、イクサの元へと走ってきた。


「あの、イクサさん。ほんとにだいじょうぶ?」


 リースは不安そうな表情でイクサを見上げ、質問する。

 イクサはそんなリースに顔を向けると、いつもの無表情で返事を返した。


「問題ありません、リース様。たとえレボリューションできなくても、いざという時の盾くらいにはなれます」

「そんな……! そんなこと、アニキさんも望んでないよ! 僕だって……!」


 リースはイクサから発せられた言葉が悲しく、眉を顰めながら声を荒げる。

 そんなリースの様子を見たイクサは、静かに言葉を続けた。


「わかりました、リース様。盾にはなりません。何故レヴォリューションできなかったのか、原因を推測してみます」

「う、うん。それがいいよ。でも、あまり考えすぎないでね」


 リースは心配そうに眉を顰めたまま、イクサに向かって言葉を紡ぐ。

 イクサはこくりと頷くと「了解しました」とだけ返事を返し、後は空を見上げて沈黙した。


「……じゃあ僕も、アニキさん達のところに行くね。僕にできることがあったら、なんでも言って?」

「了解しました。ありがとうございます、リース様」


 イクサは淡々とした調子で、リースに向かって返事を返す。

 やがてリースがダブルエッジ支部へ戻ると、ひとり裏庭に残されたイクサは、頭上に広がる青空を見つめた。


「レヴォリューションが、できない。その原因は、きっと―――」


 イクサは胸元に手を当て、アニキに触れてからずっと脈打っている何かの存在を感じる。

 恐らく自分はこの感情が何なのかを突き止めない限り迷い続け、迷いを振り切れない状況では、レヴォリューションすることができないだろう。

 果たして自分に、答えを見つけることはできるだろうか?

 イクサは自問自答を繰り返し、やがて空から視線を戻すと、ダブルエッジ支部に向かって歩き出した。


「とにかく、考え続けるしかありません。この感情が何か答えが出れば、きっと―――」


 イクサはその言葉とは裏腹に、不安の色を濃くその瞳に落とす。

 “役立たず”……そんな単語が頭の中に浮かんできて、胸の中を強く締め付ける。

 イクサは目を伏せながらダブルエッジ支部へと歩みを進め、その長く白い髪は風に揺れる。

 不安に揺れるイクサの内情をよそに、日の光はまだまだ強く、その長い髪を美しく輝かせていた。


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