第132話：諦めるわけにはいきません
「そんな……レヴォリューションできないなんて。一体、何故……？」
イクサは呆然として青空を見上げながら、小さく言葉を落とす。
しかしファイアロッドはそんなイクサの様子に構わず、杖の先端を赤く輝かせた。
「なんだか知りませんが、そちらが来ないならこちらから行かせてもらいますわ！」
ファイアロッドは構えた杖の周囲に複数の火球を出現させ、イクサに向かって発射する。
人の頭ほどはあろうかというその火球は、唸るような音を上げてイクサに向かって飛んできた。
「っ！？ あぶない！ イクサさん！」
「っ！」
イクサはリースの大声に意識を取り戻し、足元に迫っていた火球を横っ飛びすることで回避する。
地面に方膝を着きながら、イクサは真っ直ぐにファイアロッドを見つめた。
「まあ、あれくらいは回避できて当然ですわね。次はこうはいきませんわ」
「……っ！」
イクサは悔しそうに奥歯を噛み締め、ファイアロッドへ鋭い視線を向ける。
リースは鞄の紐を強く握りながら、イクサに向かって言葉を発した。
「もうやめよう、イクサさん！ このままじゃ本当に怪我を……いや、最悪の場合だってありうるよ！」
涙が零れそうになる両目で必死にイクサを見つめながら、言葉を発するリース。
確かにレヴォリューションを使えない今のイクサが、ファイアロッドに勝つ可能性はゼロだろう。
しかしイクサは顔を横に振り、そして立ち上がった。
「すみません、リース様。私はマスターのお傍で、お仕えする義務があります。よって、諦めるわけにはいきません」
イクサはゆっくりと立ち上がりながら、遠くに立つファイアロッドを見据える。
その様子を見たファイアロッドは余裕の表情を浮かべ、さらに杖の先端を輝かせた。
「根性はあるようですわね。では、この数は避けきれるかしら？」
「っ！」
ファイアロッドは杖の先端の周囲に、先ほど発射した火球を倍の数生成する。
そしてそのまま大量の火球を、再びイクサに向かって発射した。
「くっ……！」
イクサは広いフィールドを活用して走り回り、火球の弾道を計算しながらギリギリのところで回避する。
しかし最後の火球を屈んで回避したところで、イクサは方膝を折って息を切らせた。
「はあっはあっはあっはあっはあっ……」
イクサは額から汗を流しながら、がくがくと笑う膝を片手で必死に押さえ込む。
イクサの走った後にはいくつもの火球が地面に直撃し、大きな穴を点々と作り出していた。
ファイアロッドは赤いマントを翻し、イクサの方向へと身体を向ける。
「あなた、やる気ありますの？ その程度の機動力、わたくしが捕まえられないと思ったら大間違いですわ」
ファイアロッドは冷たい視線をイクサへとぶつけ、低い声で言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたイクサは、息を整えながら返事を返した。
「それ、でも……諦めません。私はマスターの傍に立ちます」
イクサは真っ直ぐにファイアロッドを見返し、ふらつきながらも立ち上がる。
その様子を見たファイアロッドは、ため息を落としながら言葉を続けた。
「もう、いいですわ。実力はわかりましたから、さっさと退場してください」
「っ！？」
ファイアロッドは杖の先端をこれまで以上に輝かせ、杖の周囲に炎の槍を複数生成する。
炎の槍はその熱気を周囲に届け、イクサの額に汗を滲ませる。
明らかに先ほどまでの攻撃とは違った熱量に、イクサは奥歯を噛み締めた。
「これで、終わりですわ。“ファイアランサー”」
「っ！？」
ファイアロッドの周囲に浮かんでいた炎の槍は一斉に牙を剥き、イクサに向かって唸りを上げて襲い掛かってくる。
イクサは軋む身体をどうにか動かしながら、かろうじて数本の槍を回避したものの、残った二本の槍が同時にイクサの眼前へと迫った。
「っ！？ イクサさ―――」
絶体絶命の状況を見たリースは、咄嗟に壁練成の準備をする。
しかしその動きは一手遅く、炎の槍はイクサの身体を貫こうと突進してくる。
イクサが諦めて両目を閉じ、炎の槍がイクサの身体を貫こうかという刹那―――槍よりもずっと赤い炎を纏った“蹴り”が、二本の槍を吹き飛ばした。
一瞬で炎の槍を粉砕した、一発の回し蹴り。
その蹴りを放ったアニキは、ポケットに両手を突っ込んだまま、イクサの前に立った。
「てめえら、何してんだ？ 喧嘩かよ」
「……っ！」
ファイアロッドは奥歯を噛み締め、立ち塞がったアニキを真っ直ぐに見つめる。
アニキは両足に炎を纏ったまま、そんなファイアロッドを見返していた。
