第128話:尊敬するひと
宿屋の二階からおりてきたアニキは、面倒くさそうな表情で宿屋の出口のドアを開く。
その後にはイクサが続き、二人に対して宿屋の店主は「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。
ドアを開くと、まだ午前中だというのに強い日の光がアニキを照らす。
アニキがその光に目を細めていると、足元から声が響いた。
「あっ! アニキさんにイクサさん! どっかおでかけ?」
リースは宿屋の前にある椅子に座り、読んでいた創術の本を閉じながらアニキ達へ声をかける。
口を開こうとしたアニキを遮るように、イクサが言葉を発した。
「はい。マスターが何かやらかしたようなので、その謝罪に行くところです」
「ヲイ!? さっき依頼の受領だって言ったろ! つうか何もやらかしてねえから!」
あんまりな言い草のイクサに対し、ツッコミを入れるアニキ。
リースは頭に疑問符を浮かべて首を傾げながらも、アニキ達へ返事を返した。
「なんだかよくわからないけど、僕も一緒に行っていい? ちょうど外を歩きたいなって思ってたんだ」
リースはにぱーっと笑顔を浮かべながら、アニキに向かって提案する。
提案を受けたアニキは、頭をボリボリとかきながら返事を返した。
「ああ? まあ、いいぜ。別に楽しいもんじゃねえけどな」
つまんなくても文句言うなよ、と付け加えると、アニキはさっさと目的地に向かって歩いていく。
その背中を、イクサとリースは慌てて追いかけた。
「ね、イクサさん。この三人で行動するのって珍しいね。何か新鮮で楽しいかも」
リースは歯を見せて悪戯に笑いながら、イクサを見上げる。
イクサは無表情ながら、そんなリースへと返事を返した。
「そうですね。確かにこの三人での行動は珍しいと言えます」
イクサは無表情なままで、事務的な返事を返す。
しかしリースはそんなイクサの反応にも慣れた様子で言葉を続けた。
「あ、そうだ。これからどこに行くの? アニキさん怒られちゃうのかな」
リースは少し心配そうに眉を顰め、イクサへと質問する。
そんなリースの様子を横目に見たイクサは、心なしか穏やかな声で返事を返した。
「……先ほどはそう言いましたが、正確にはダブルエッジよりマスター宛に依頼したい仕事があるらしく、その依頼内容を聞きにダブルエッジ支部へ向かっているところです。よって、マスターが怒られるわけではありません」
イクサは淡々とした様子で、少し早口気味でリースへと返答する。
その言葉を聞き取ったリースは、安心した様子で返事を返した。
「ほっ、よかった。じゃあお仕事をしに行くだけなんだね」
リースはほっと胸を撫で下ろし、イクサに向かって言葉を紡ぐ。
イクサはこくりと頷きながら、返事を返した。
「肯定です、リース様。ただ、マスターを指名しての依頼ですので、簡単な仕事内容ではないと推測されます」
「そっ……か。そうだよね。アニキさん強いし」
リースは緊張した様子でぎゅっと口元を結び、先を歩くアニキの背中を見つめる。
アニキは大きなあくびをしながら、気だるそうな様子で二人の前を歩いていた。
「はい。マスターの実力はダブルエッジ内でもかなりの上位に入ると思われます。よって今回の任務も、高難度であることが想定されます」
「…………」
リースは淡々と言葉を紡ぐイクサの横顔を、ぽかんとした表情で見上げる。
そんなリースの表情を見たイクサは、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「どうかなさいましたか? リース様」
ぽかんとしているリースの表情に疑問を抱き、首を傾げるイクサ。
リースははっと意識を取り戻すと、イクサに向かって返事を返した。
「あっ……いや。イクサさんってアニキさんに厳しいこと言うけど、実力は認めてるんだなって思って」
「……なるほど。そう言われればその通りですね」
イクサはリースの言葉を受けると両目を見開き、前を歩くアニキの背中を見つめる。
鍛え抜かれた上半身は日の光を反射し、両腕に巻かれた古い包帯は歴戦の過酷さを物語る。
キラキラと輝く赤い髪を見たイクサは、しばらくの間意識を手放した。
「イクサさん? どうかした?」
今度はリースが首を傾げ、イクサに向かって質問する。
イクサははっと意識を取り戻すと、リースに対して返事を返した。
「……いえ、なんでもありません。ただ、“大きい背中だな”と思っていただけです」
イクサは顔を横に軽く振りながら、淡々とした調子で言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたリースは、微笑みながら言葉を返した。
「ん。そうだね。僕もあの背中に、何度も助けてもらってるんだ」
リースは感謝と尊敬を込めた視線で、アニキの大きな背中を見つめる。
その様子を見たイクサは、小さな声で言葉を紡いだ。
「―――私も、尊敬しています」
「えっ?」
イクサの口から放たれた小さな言葉を受け取れず、リースはその小さな首を傾げる。
その時アニキが不意に後ろを振り向き、頭をかきながら言葉を発した。
「おめえら、さっきから何ごにょごにょ言ってんだ? 俺の悪口じゃねえだろな」
「―――っ!」
面倒くさそうな様子で突然振り向いたアニキに驚き、両目を見開くイクサ。
そのまま慌てて口を動かし、アニキに向かって返事を返した。
「と、特に問題ありません。何も言ってません」
「??? まあ、それならいいんだけどよ」
珍しく言葉に詰まった様子のイクサを見たアニキは、不思議そうに首を傾げながら正面へと向き直る。
イクサは少し体温の上がった顔を俯いて髪で隠しながら、流れていく地面を見送っていた。