第127話:突然の呼び出し
「マスター。街の周囲にいたはずの凶悪モンスターが殲滅されています。やったのはマスターですね?」
「あ? あー、そうかもなぁ。歯ごたえのない奴ばっかで覚えてねえわ」
話しかけてきたイクサに対し、アニキは宿屋のベッドに横になりながら、耳の穴をほじりつつ返事を返す。
イクサはため息を落としながら、さらに言葉を続けた。
「この間も申し上げましたが、不要な戦闘は避けるべきです。たとえマスターでも油断すれば怪我をする可能性もあり、最悪の場合死に至ることも有り得ます」
「はぁ。毎日飽きねえなおめぇも……俺ぁただ体がなまらねえようにしてるだけだっつの。心配すんな」
アニキは面倒くさそうにあくびをしながら、イクサへと返事を返す。
そんなアニキの言葉にピクリと反応したイクサは、淡々とした調子で返事を返した。
「心配しているわけではありません。ただ私は従者として、マスターをお守りする義務があるというだけです」
「あーあー、そうかい。わかったよ」
元々話をすること自体それほど好きではないアニキは、ゴロンとベッドに大の字になる。
その様子を見たイクサは掛け布団の端を握りながら、アニキに向かって言葉を発した。
「お休みになるのでしたら、きちんと布団をかけてください。マスターは常に半裸なので、いつ病気になってもおかしくありません」
「かーちゃんかお前は! 大丈夫だよ! 炎撃士が病気になんかならねえから!」
アニキは横目でイクサを睨みつけ、大声でツッコミを入れる。
イクサは首を傾げながら、そんなアニキへと返事を返した。
「??? マスター。今の返答には違和感があります。炎撃士とは炎使いの能力をもって炎を操り、炎が噴き出す力を利用した格闘術を嗜む者を意味します。よって、病気になるか否かという判断には関係ありません」
「ああもう! ごちゃごちゃ言うなよ! 寝れねえだろが!」
アニキはいつまでも寝かせてくれなさそうなイクサに頭を掻き毟り、言葉をぶつける。
しかしイクサは欠片も表情を変えることなく、言葉を続けた。
「やはりマスターは、理解不能です。とにかく無意味なモンスター討伐は、控えるべきと思われます」
「あー、もう、わぁったよ。大人しく寝てりゃいいんだろ? それともお前が子守唄でも歌ってくれんのか?」
アニキは面倒くさそうに枕元に立つイクサを見つめ、言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたイクサは、どこからか取り出した拡声器を口元に当てた。
「了解しました。ではこれより、子守唄を開始します」
「いや開始すんなよ! つうか拡声器使う子守唄って、もう寝かすつもりねえだろ!」
アニキはベッドに横になったまま、拡声器を構えたイクサへとツッコミを入れる。
魔術機構の搭載された拡声器を持ったイクサは、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「いや、“何言ってんだかわかりません”みたいな顔すんなや。俺今珍しく正論言ってるからな?」
アニキは面倒くさそうにしながらも、結局はイクサに付き合って言葉を交わす。
イクサはアニキの言葉を受けると「そうですか。了解しました」とだけ返し、拡声器をいずこかへと仕舞った。
そして、そんな問答をしている最中、部屋のドアが控えめにノックされ、乾いた音が部屋に響く。
「あ? 客か。今眠いから無視し―――」
「どうぞ、ドアを開けて結構です」
「おいぃ!? なんでお前が応えてんだよ!」
勝手に客人を部屋に招きいれたイクサに対し、噛み付くように言葉をぶつけるアニキ。
イクサはそんなアニキの言葉を完全に無視し、ドアを開いた客人へと視線を向けた。
「邪魔するぞ。馬鹿団長はここにいるか?」
「はい。馬鹿団長はここにおります」
「ヲイ。お前絶対俺のこと主人だと思ってねえだろ」
欠片の躊躇も見せずに主人を馬鹿呼ばわりしたイクサに対し、即座にツッコミを入れるアニキ。
しかしドアを開いて入って来た客人―――リリィは、そんな二人の様子を気にすることなく言葉を続けた。
「いたか、馬鹿団長。貴様宛にハンター集団“ダブルエッジ”から手紙が来ているぞ」
「ああ? 手紙ぃ? ちっ、めんどくせーな……」
アニキは苦々しい表情をしながら、よっと上体を起こす。
そんなアニキにリリィは道具袋から手紙を取り出し、それを手渡した。
「えーなになに、“あなたにしかできない仕事をお願いします。詳細はダブルエッジのラスカトニア支部にて”だぁ? なんだ、要するにただの呼び出しじゃねーか」
「ほう、呼び出しか。何かやったのか? 馬鹿団長」
「そうなのですか? 馬鹿」
「“団長”が抜けてんじゃねーか! それ一番大事な単語だろ!」
あんまりな言い草のイクサに対し、手紙を握りつぶしながらツッコミを入れるアニキ。
リリィはそんなアニキの様子を気に留めることもなく、言葉を続けた。
「いずれにせよ、呼び出されたのは確かだ。普段からダブルエッジには世話になっているのだから、さっさと行ってくるがいい」
「ちっ、仕方ねえ……散歩がてら行ってくっか」
アニキはベッドから飛び降りると、不機嫌な様子でポケットに両手を突っ込んで歩いていく。
リリィは慌ててアニキを呼び止めると、イクサへと言葉を紡いだ。
「イクサ。この馬鹿ひとりでは何をするかわからん。一緒に行ってやってくれないか?」
「もちろんわかっております、リリィ様。ちゃんと“おもり”いたします」
「俺はガキか何かかよ!? 別にいいっつのひとりで行くから!」
アニキはしっしっと右手を払うように動かし、イクサの同行を拒否する。
その様子を見たリリィはさらに語気を強め、言葉を発した。
「……やはり危険そうだな。イクサ、尾行してでもついていってくれ」
「了解しました」
「そういうのって本人の前で言わないんじゃねえの!? 尾行するくらいなら横歩けよもう!」
アニキは苛立った様子で頭を搔き、イクサ達へと言葉をぶつける。
その言葉を受けたイクサはアニキの横に立つと、リリィに向かって手を振った。
「マスターのお許しも出たところで、行って参ります。リリィ様」
「許しっていうか……いや、もういいや。さっさと行ってすぐ終わらせんぞ」
アニキは片手で頭を抱えて横に振ると、ポケットに両手を突っ込んで歩いていく。
イクサはリリィに向かって手を振りながら、その隣を早足に追いかけた。
「うーん。やはり何か胸騒ぎがする。気のせいだといいんだが……」
リリィは宿屋の廊下を歩いていくアニキ達を見送りながら、小さく息を落とす。
アニキ達はそんなリリィのため息に気付かぬまま、前へ向かって歩みを進めた。