第121話:路地裏での出会い
「はやくはやく! この先だよ!」
「…………」
リースに手を引かれて、おぼつかない足取りで裏通りを歩いていくイクサ。
角を曲がって別の裏通りに出ると、黄緑色のドレスを着た栗色の髪の女の子が、絵本を抱きしめながら泣きじゃくっていた。
「ひっく……ひっく。おかぁさん、どこぉ……?」
女の子は大きな瞳いっぱいに涙を溜め、裏通りをフラフラと歩く。
その歩みはどこか頼りなく、リースは一目でその女の子が迷子であることを理解した。
「えっと……君、だいじょうぶ? お母さんとはぐれちゃったの?」
リースはその女の子と自身の境遇を重ね、いてもたってもいられず声をかける。
女の子は歳の近いリースに安心したのか、涙をポロポロと流しながらも返事を返した。
「……っぐ。うん。いっしょにいたんだけど、いなくなってて、みつからなくて……おっきなこえ、だしたんだけど、いなくて……」
女の子はポロポロと涙を流し、何度もしゃくり上げながら、かろうじてリースへと返事を返す。
リースは冷静に女の子の言葉を聞くと、イクサに対して言葉を紡いだ。
「イクサさん。さっきの声はこの子だったんだね。迷子みたいだけど、お母さんはどこにいるのかな……」
リースは困ったように眉を顰めつつ、なんとか母親を見つけようと辺りを見回す。
しかし周囲には日の光を遮られた冷たい石畳が広がるばかりで、母親の姿はどこにも見られなかった。
イクサは泣きじゃくる女の子とリースを交互に見つめると、ラスカトニアの地図を頭の中に描き、返事を返した。
「その子の身なりから推測する限り、富裕層が多く住む区間の子どもである可能性が高いです。あとは母親とはぐれた時間がどの程度前か分かれば、さらに探索区域を絞れると思われます」
イクサは淡々とした調子で、いつもの通りの返事を返す。
そしてそのまま膝を折ると、女の子の目を真っ直ぐに見つめて言葉を発した。
「質問します。あなたが母親と別れたのは、どの程度前の話ですか? 出来る限り詳細な情報を希望します」
イクサはがっしりと女の子の両肩を掴み、その白い瞳で真っ直ぐに見つめながら言葉を発する。
女の子は先ほどより大音量で泣きじゃくりながら、ぶつけるように言葉を発した。
「わあああん! このおねえちゃんこわいよおおおお!」
イクサの白い瞳と真剣な表情が怖かったのか、女の子は大音量で泣き声を響かせる。
リースはあちゃーと手のひらを額に当て、がっくりと肩を落とした。
「こわい……? それは質問に対する回答になっていません。早急に回答をお願いします」
イクサは不思議そうに首を傾げながら、淡々とした調子で女の子へと言葉を続ける。
女の子は当然ながら泣き続け、もはや会話どころではなかった。
「えっと……イクサさん。僕が聞いてみてもいいかな?」
リースはつんつんとイクサの腰をつつき、遠慮がちに提案する。
そんなリースの提案にイクサは「はい、了解しました」と小さく頷き、その両足を伸ばした。
「あのね、いっこずつ教えて欲しいんだけど……まず、お名前はなんていうのかな?」
リースは少しだけ腰を落として女の子と視線の高さを合わせ、出来るだけ穏やかな声で言葉を紡ぐ。
女の子は少しずつ泣き声を小さくしていくと、やがて俯きながら返答した。
「ひっく……てぃ、てぃあら」
「ティアラちゃんか。良い名前だね。僕はリース、このお姉ちゃんはイクサだよ。もうだいじょうぶだから、ね?」
リースは優しくティアラの頭を撫で、にっこりと微笑む。
ティアラはそんなリースをちらちらと見ると、やがてその両目から落としていた涙を止め、真っ直ぐにリースを見返した。
「……落ち着いた、かな。あのね、僕も一緒にお母さんを探したいんだ。お母さんは、どのくらい前にいなくなっちゃったのかな?」
リースはティアラの大きな瞳を真っ直ぐに見つめながら、出来るだけ穏やかな声で言葉を続ける。
その言葉を聞いたティアラは、両手で強く絵本を抱きしめながら返事を返した。
「あのね、ついさっきまでおかあさんといっしょだったの。でも、てぃあらがごほんをよんでたら、おかあさんいなくなってて。う……っ」
「あ、あーあー! そっかそっか! うんうん、もうだいじょうぶだよ!」
また泣き出しそうになるティアラの頭を撫でながら、リースは慌てて言葉を発する。
そのままイクサを見上げると、今度はイクサへと言葉を紡いだ。
「えっと、どうやらついさっきまでお母さんとは一緒だったみたいだね。……イクサさん?」
呆然と両目を見開くイクサを不思議に思い、首を傾げるリース。
イクサは目を見開いた状態のまま、返事を返した。
「リース様。私は今、胸の中がモヤモヤとしています。この感情は確か……そう、“悲しい”です。私は今悲しいと感じています。何故ですか?」
首を傾げてリースへと質問するイクサ。
リースは頭に大粒の汗を流しながら、苦笑いを浮かべた。
「あ、あはは。やっぱり“怖い”って言われたのショックだったんだね……」
「???」
イクサは苦笑いを浮かべるリースの言葉がよく理解できず、今度は反対側に首を傾げる。
リースはそんなイクサを見上げると、再び言葉を続けた。
「えっと……その質問には後でちゃんと答えるとして、今はまずお母さんを探した方が良くないかな? 遠くに行っちゃったら困るし……」
「なるほど。リース様のおっしゃる通りです。では早速、“お母さん”の行方を推測してみます」
「ありがとう、イクサさん。お願いします」
リースはにっこりと微笑み、イクサとの会話を終える。
イクサはキョロキョロと辺りを見回すと現在地を確認し、その頭脳をフル回転させ始めた。
「ティアラちゃん、すぐにお母さんを見つけるからね。あのお姉ちゃんすっごく頭がいいんだから、だいじょうぶだよ」
「ふぇ……ほんと?」
ティアラは赤くなってしまった両目を見開き、路地の先を見つめるイクサを見上げる。
リースはそんなティアラの頭を撫でると、さらに言葉を続けた。
「うん、ほんとだよ。僕もついてるし、三人で一緒にお母さんを見つけようね」
「ん……うん!」
ティアラはリースの穏やかな笑顔に安心したのか、晴れやかな笑顔を見せる。
その笑顔を見たリースは安心して胸を撫で下ろし、小さく息を落とした。
「リース様。お母さんの居所については推測できました。しかし―――」
「??? しかし、どうしたの? イクサさん」
「???」
リースとティアラは同時に同じ方向へ首を傾げ、イクサを見上げながら頭に疑問符を浮かべる。
イクサは心なしか言い難そうにしながら、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「残念なことに我々は現在、敵に囲まれた状況にあります。この状況を打破しない限り、お母さんに会うのは困難と思われます」
「へっ? てき……って、どゆこと?」
イクサの言葉にさらに疑問符を浮かべたリースが、口を開いたその瞬間。
三人の立っている位置から前後にある路地裏から、ガラの悪い男達が大股で歩いてきた。
「へぇ。こんなとこに富裕層のガキがいるぜ。こりゃ金にならぁ」
「へっへっへ……お付きはガキと姉ちゃん一人かよ。こりゃラッキーだぜ」
「…………ぴっ」
リースはガラの悪い男達に囲まれた現状を把握すると、驚きながら小さく変な声を出す。
ティアラは不安そうにリースを見上げ、絵本を抱きしめる力をさらに強めた。