第118話:青空
昼下がりのラスカトニア。ダークマターは魔力を封印する処理を施され、王国騎士団の馬車に乗せられる。
走り去る馬車の足音を見送ったアスカは、どこかすっきりとした表情で青い空を見上げた。
「……ふぅ」
アスカはぐーっと両手を横に伸ばすと、小さく息を落とす。
そんなアスカの様子が気になったリースは、その背後から遠慮がちに声をかけた。
「あの……アスカさん。だいじょうぶ?」
リースは鞄の紐をぎゅっと握り、心配そうにアスカを見上げる。
アスカは大空をバックに両手を横に広げると……そのままリースに向かって突撃した。
「んー……リースちゃーん!」
「ほぁっ!? あ、アスカさん!?」
急に強く抱きしめられたリースは驚きに目を見開き、アスカへと言葉を発する。
アスカはリースを抱きしめてクルクルと回転すると、やがてすとんとリースを降ろした。
「だいじょーぶだよ、リースちゃん! なんか色々、スッキリしちゃった!」
「……っ!」
青い空をバックに花咲いたアスカの笑顔に、リースは一瞬言葉を失う。
リースの人生はまだ短い。しかしアスカのその笑顔は、この世界の何よりも爽やかに色づいているように思えた。
そしてその笑顔につられるように、リースも笑う。
アスカはリースの笑顔を見ると、にいっと歯を見せて再び笑った。
「大変だったな……アスカ。大きな怪我がないようで、それが何よりだ」
リリィはガントレットを外すと、穏やかな笑顔を見せてアスカの頭をそっと撫でる。
アスカは頭に乗せられた暖かな感触に目を見開き、やがてその背筋をゆっくりと伸ばした。
「そっか。みんな……みんなも、そうなんだよね」
「???」
アスカは朗らかな笑顔を浮かべ、リリィ達一行を見回す。
リリィはそんなアスカの言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「えへへ、なんでもない! みんな、本当にありがとね!」
アスカは両手を身体の後ろに回すと、青空をバックにお礼の言葉を述べる。
そんなアスカに対し一行は、それぞれ声をかけて宿屋街へと歩き始めた。
「礼なんざいらねえよ! 俺ぁつえー奴と戦えたら、それで満足だからな。もうメシ食って寝るぜ!」
アニキはアスカに背を向けると、右拳を空に向かって突き出し、歯を見せて笑い歩いていく。
イクサはそんなアニキの後ろを追いかけるため、素早くアスカの前に立つと言葉を発した。
「アスカ様。本日の戦闘お疲れ様でした。負傷箇所が少なからずありますので、宿が決まり次第休息されることをお勧めします」
イクサはその白い瞳で淡々と言葉を発すると、すぐにアニキの後を追って走っていく。
アスカはアニキとイクサの二人に微笑みながら、再び小さくお礼の言葉を落とした。
「アスカさん、大変だったね! みんなで一緒に、宿に行って休も!」
リースは頭の後ろで手を組み、歯を見せて笑うと、アニキ達の後ろをゆっくり追いかけていく。
リリィはそんなリースを追いかけるように歩みを進めると、しばらくしてマントを翻し、アスカへと言葉を発した。
「アスカ、今はただ休もう。全ての事は、それからゆっくりと考えればいいさ」
リリィはアスカに向かって微笑みながら、柔らかな声色で言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いたカレンはお札から出てくると、アスカの頭を撫でながら声を発した。
「……行こっか、アスカちゃん。本当に本当に、お疲れ様」
カレンはアスカに向かって微笑みながら、その頭を優しく撫でる。
アスカはいつのまにか、涙をいっぱいに溜めた両目でカレンを見返し……そして、笑顔で口を開いた。
「―――うん! 行こっか!」
アスカの両目からはもう、涙が落ちることはなく。
ラスカトニアの上に広がる青空の下で―――アスカは大きく手を振って、一行の後ろを楽しそうに歩いていった。