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第114話:笑顔

「ハハハハ! いい様だな、アスカ! そのまま踊り続けるがいい!」

「くっ……!」


 アスカは奥歯を噛み締めながら、次々と襲いかかってくる暗黒球を回避し、部屋中を駆け回る。

 ダークマターは両手を広げたまま、汗を流すアスカを優雅に見つめていた。


「速い―――でも、見切れない速さじゃない!」

「む……?」


 アスカはさらに走る速度を上げ、もはや常人の目ではその存在すら認識できない領域に達する。

 ダークマターはその速度に合わせて暗黒球を操作するが、広い部屋故に逃げ場も多く、アスカを捉えることはできなかった。


「ちっ……すばしっこい鼠よ。当たれば一撃で終わるというのに」


 ダークマターは苛立った様子で両手を広げ、さらに複数の暗黒球を生成し、アスカの追尾へと向かわせる。

 しかし暗黒球はアスカの身体を捉えることができず、壁や地面を消失させるばかりだった。


「はぁっはぁっ……最高速を出して、回避するのが精一杯……か。このままじゃジリ貧になる……!」


 アスカは部屋の中をぐるぐると回って暗黒球を回避しながら、ダークマターを睨みつける。

 確かにアスカの言う通り、このまま逃げ回ってもいずれはスタミナが切れ、暗黒球の餌食になってしまう。

 とはいえ暗黒球を身に纏っているダークマターに飛び掛って斬りつけるのは、あまりにもリスクが高い。

 攻撃を決断できないアスカは、逃げの一手を打つしかなかった。


「アスカ……ちゃん」

「お姉ちゃん……? どうしたの?」


 耳元で囁くように言葉を発したカレンに対し、頭に疑問符を浮かべながら返事を返すアスカ。

 カレンはアスカの耳元で、さらに言葉を続けた。


「勇気を出して、アスカちゃん。私が必ず、攻撃を成功させてみせるから」

「お姉ちゃん……」


 アスカの想いをくんだカレンは、アスカに向かって笑顔を浮かべ、言葉を紡ぐ。

 昔と変わらぬその柔らかな微笑みに、アスカは確かに勇気をもらった。それは幼かったあの頃と何も変わらない、ただ一つのものだったのか

もしれない。


「わかったよ、お姉ちゃん。こうなったらイチかバチかやってみよう!」

「ん……」


 アスカは勇ましい表情で言葉を発し、カレンは柔らかな笑顔でそれに頷く。

 やがてアスカはダークマターの背後まで回ると、その背中に向かって一気に跳躍した。


「そ、こ、だあああああああああああああああああ!」

「っ!?」


 跳躍したアスカは空中を進みながら抜刀し、右手で柄を掴んでその切っ先をダークマターに向ける。

 完全に死角から飛び込まれたダークマターは驚愕に両目を見開き、背後のアスカへと視線を向けた。


『一瞬だけど、あたしの方が速い! いける……!』


 アスカは咆哮を響かせながら、刀の切っ先をダークマターへと突き出す。

 その凄まじい速度の刺突は風を切り裂き、ダークマターの喉元へと真っ直ぐに伸びた。


「―――それだ。その一手を待っていた」

「なっ……!?」


 ダークマターは笑いながら、足元に生成していた小さな逆巻く風を巨大化させ、自身の身体を宙に浮かせてアスカの切っ先からほんの少し後ろへ下がる。

 結果的に互いの間に距離が生まれてしまった、アスカとダークマター。

 やがてダークマターは左側面に広がったコートの中から、一つの暗黒球をアスカへと発射した。


『っ!? だめ、避けきれない―――!』


 猛スピードで空中を進むアスカは体勢を変えることができず、その瞳いっぱいに深い暗黒が満たされる。

 しかし……その刹那。銀色に輝く鎧が、アスカと暗黒球の間に割って入った。


「っ!? お姉ちゃん、だめ! そこにいたら―――」

「ううん……これで、いいの。最初から、このつもりだったから」

「な……っ」


 昔と変わらぬ、穏やかな笑顔を浮かべるカレン。その身体のすぐ後ろに、暗黒球が迫る。

 アスカは半狂乱になりながら、カレンへと言葉をぶつけた。


「何言ってるのお姉ちゃん! そんなのおかしいよ!」


 アスカは顔を歪めながら、カレンへと声を発する。

 カレンは穏やかな笑顔を崩さぬまま口を開き、言葉を続けた。


「あの暗黒球は、ものを消失する時一瞬だけ静止する。アスカちゃんはその一瞬を狙って、彼に一撃を当てて」


 微笑みながら、まるで言い聞かせるようにアスカへと言葉を紡ぐカレン。

 いつのまにか涙で視界が歪んだアスカは、微かに見えるカレンへと懸命に叫んだ。


「そんな……! そんなのってないよ……!」


 アスカの言葉に逆らうように、暗黒球はカレンの身体へ到達しようとしている。

 そんなカレンの姿を見たアスカの脳裏に―――様々な記憶が蘇っていった。

 雨の日に優しく、頭を拭いてもらった感覚。悪いことをした時は厳しく怒り、その後抱きしめてくれた。良い事をした時はめいっぱいの笑顔で自分を褒め、頭を撫でてくれた。

 アスカの脳裏に、カレンとの日々が蘇る。

 しかしその全ては、ダークマターの作り出した暗黒の彼方へ、消え去ろうとしていた。


「……ばいばい、アスカちゃん」


 カレンは少し困ったように眉を顰め、首を傾げて微笑む。

 アスカは迫ってくる暗黒球と、カレンの笑顔。その全てを視界の中に収め―――そして、叫んだ。


「だめ……だよ、そんなの。ダメだああああああああああああああああ!」


 いっぱいに溜めた涙を散らせ、喉奥からの叫びを響かせるアスカ。

 その時……アスカは無意識に、腰元に下げた脇差を抜刀し、二刀流の構えをとる。

 そしてアスカはカレンの身体ごと―――その奥の暗黒球へと、二本の斬撃を振り切った。

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