第110話:再会
ロウソクの淡い灯りだけが揺れる、赤い絨毯の敷かれた廊下。
アスカは腰に下げた刀を手で押さえながら、息を切らせて廊下を駆け抜けていく。
やがて廊下は突き当たり、そこにある大きな扉に、アスカは唾を飲み込んだ。
理屈ではない。確かにこの扉の向こうに、ダークマターが居る。
アスカは緊張する胸の鼓動を抑え、ゆっくりとその扉を開いた。
「…………」
真剣な表情で沈黙するアスカ。
部屋の中は思いのほか広く、素早く左右を見渡して遮蔽物や物陰が無いことを確認する。
そんなアスカの頭上から、低く腹の底に響くような声が届いた。
「ようこそ、陽山アスカ。たった一人で乗り込んで来るとは……随分と自信家だな」
「っ!?」
アスカはその声に反応すると、剣の柄を掴みながらキョロキョロと辺りを見回す。
そんなアスカをあざ笑うように、低い声はより大きく部屋全体に響いた。
「そう焦るな。私は、逃げも隠れもせん」
「……っ!」
アスカの目の前に突然黒い霧が出現し、アスカは刀の柄に手をかけながらその霧を睨みつける。
やがてその霧の上空から、両手を広げたダークマターがゆっくりと降り立ち、自身の身体に纏わり付く黒い霧をかき消した。
ダークマターは黒いスーツに黒いシャツ、さらに黒いコートを肩に羽織り、黒い風に靡くコートに包まれながら、両手を広げて小さく微笑む。
漆黒の髪は整髪剤によってオールバックにまとめられ、その黒い瞳に光は無い。
アスカはその姿を見ると奥歯を噛み締め、震える足を懸命に押し殺した。
「怖がるなよ、アスカ。知らぬ仲ではないだろう?」
「っ!」
アスカは内心を見透かされた事に動揺し、カチカチと震える歯を食いしばって封じ込める。
やがて刀を抜くと、ダークマターを真っ直ぐに睨みながら言葉を発した。
「ダークマター……お姉ちゃんの、仇。私とお前の関係なんて、それだけだ」
アスカはできるだけ静かに、動揺を悟られぬよう、言葉を発する。
ダークマターは両手を広げたまま、やれやれといった様子で顔を横に振った。
「はぁ……何のことを言っているのか、まるでわからないな。お前の姉が、なんだって?」
ダークマターは穏やかな笑顔を浮かべたまま、両手を広げて言葉を続ける。
その様子にアスカは両目を開いて怒りをあらわにするが、かろうじて返事を返した。
「とぼけるな……! お前の“実験”とやらで、国を一つ滅ぼしただろう! お姉ちゃんはその国で、騎士をしていたんだ!」
アスカは刀の切っ先をダークマターに向け、声を荒げる。
ダークマターは曲げた人差し指を顎に当てると、しばらく考える素振りを見せ、やがて合点がいった様子でアスカへと微笑を返した。
「ああ、なるほど……あの国のことか。瑣末なこと故、忘れていた」
「―――忘れてた……だと?」
アスカはダークマターの言葉が信じられず、剣の切っ先が震える。
その震えを反対側の手で無理矢理封じ込めると、さらにアスカは言葉を続けた。
「ふざけるな……ふざけるなよ! お前がゴミみたいに壊した国には、生きてる人が大勢いた! 明日が今日と同じようにやってくると疑わず、平和に暮らしていた人たちが沢山いたんだ! それをお前は全部、叩き壊したんだぞ!?」
アスカは両目を見開きながら刀を横に振り、ダークマターへと罵声を浴びせる。
ダークマターはアスカの言葉を受けると、その微笑を崩すことなく返事を返した。
「くだらん……くだらんな、陽山アスカ。私の目的は、この狂った世界をリセットすることだ。国ひとつなど、ただの始まりにすぎん」
「……っ!」
アスカはダークマターの言葉を受け、自身の中で何かが切れた音を聞く。
それと同時にアスカは、ダークマターに向かって駆け出していた。
「お前は……お前はああああああああああああああああ!」
アスカは一直線にダークマターへと駆け出し、驚異的なスピードで距離を詰める。
やがて刀の攻撃範囲にダークマターが入ると、横一線に刀を振るった。
「ほう。驚きの速さだ。しかし……足りない」
「っ!?」
ダークマターは両手を広げたまま足元に逆巻く黒い風を発生させると、そのまま空中へと浮遊し、アスカの攻撃を回避する。
アスカは空中に浮き上がったダークマターを睨みつけるが、刀を振った後故、動きが取れなかった。
「今の一手。私が攻撃していれば、お前は死んでいたな……やはり、くだらぬ小娘か」
ダークマターは片手で顔を覆うと、こらえきれずに笑い出す。
アスカはそんなダークマターを睨みつけると、さらに速度を上げ、今度は壁に向かって走り出した。
「はああああああああああああああ!」
「???」
突然壁に向かって走り出したアスカの行動が理解できず、頭に疑問符を浮かべるダークマター。
しかしアスカは壁の手前で跳躍すると、目の前の壁を足場にしてさらに逆方向に跳躍し、空中を進んでダークマターへと迫った。
「壁を利用したか……しかし所詮は、浅知恵よ」
「!?」
ダークマターが横方向に右腕を振ると、その全身は闇に包まれ見えなくなる。
アスカがその闇に向かって刀を一閃すると、闇は晴れたものの、ダークマターの姿はどこにも無かった。
「どこを見ている……? 私なら、ここだ」
「なっ!?」
アスカの前方にいたはずのダークマターは闇に紛れ、いつのまにかアスカの後ろで浮遊している。
それに驚いたアスカが背後を振り向いた瞬間、ダークマターはアスカへと右手を突き出し、言葉を続けた。
「これで終わりだ……ダーク・ランサー」
突き出されたダークマターの右腕から複数の黒い槍が出現し、アスカに向かって突進する。
完全に死角を突かれたアスカは両目を見開き、その黒い槍を顔面に受ける―――
と、その刹那。光り輝く刃がアスカの懐から飛び出し、アスカの身体を貫かんとする黒い槍を全て切り払う。
空中で体勢を整えたアスカは、その光の刃の主を見つめ、声を発した。
「お姉ちゃん!」
「…………」
カレンは少し息を切らせた様子ながらも、光り輝く剣を構え、ダークマターを睨みつける。
ダークマターはそんなカレンを見ると、両目を見開いた。
「ほう……カレン。陽山カレン、か」
「……っ!」
カレンは久方ぶりに呼ばれたその名前に目を見開き、一瞬剣を持つ手から力が抜ける。
ダークマターは変わらず空中に浮遊し、そんなカレンを真っ直ぐに見つめていた。