第109話:イクサ&リース
イクサは黒服の男達に囲まれながら、7本の宙に浮く剣を巧みに操り、男達にダメージを与えていく。
黒服の男達はナイフやハンマーなどそれぞれの武器を振りかざし、イクサに向かって襲い掛かった。
「おらああああああああ!」
大柄な男がハンマーを振り上げ、イクサの身体を上から押しつぶそうと振り下ろす。
イクサはバク転してその攻撃を回避すると、大柄な男の足元に向けて右腕を振り、7本の剣はその腕の動きに連動して男の足を切り裂いた。
「あっぐ……!?」
男は自身の足に走った激痛に表情を歪ませ、持っていたハンマーを落としてその場に蹲る。
その様子を確認したイクサはキョロキョロと辺りを見回し、思考をフル回転させた。
「残敵数は5……装備している武器の射程は近~中距離。立ち位置及び踏み込むタイミングを確認……」
イクサはぶつぶつと言葉を落としながら、ひらひらと華麗なステップで男達の攻撃を回避していく。
時折男達が隙を見せると、足や腕などを狙って7本の剣を操り、戦闘不能状態に追い込んでいった。
そんな中、次々と倒れる男達の間で、二本の剣を持った男が姿を現す。
男は明らかに他の黒服達と違い、真っ直ぐにイクサを見据え、呼吸を整えている。
イクサはその男だけを残して他の黒服達を殲滅すると、正面に立って男と対峙した。
「……これまでの動きから推察するに、あなたの戦闘力は他の黒服達より高いと思われます。よってあなたを、黒服達のリーダーと判断します」
「…………」
リーダーと思われる黒服の男は、イクサに言葉を返すこともせず、じりじりとすり足でイクサとの距離を測る。
イクサは体勢を低くした独特の構えで、男との距離を推し量った。
「私の攻撃範囲の方が、あなたの攻撃範囲より広い……そのため、まずは中距離での攻防を選択します」
イクサは半歩だけ前に踏み出すと、右手を男に向かって突き出す。
その突き出された右手に沿うようにして、四本の剣が刺突する形で男へと襲い掛かった。
「っ!」
男は二本の剣で飛んできた四本の剣をいなしながら、一気にイクサとの距離を詰める。
そのスピードにイクサが両目を開いた瞬間、男は二本の剣をクロスさせ、イクサへと斬撃を繰り出した。
「っ!?」
イクサはその斬撃の速さに目を見開きながらも、半歩後ろに下がりながら右手を盾のようにして身体の前に差し出す。
すると三本の剣がイクサと男の間に浮遊し、男の斬撃を受け止めた。
「これで、私の剣は全て使いました。しかし……」
「っ!?」
イクサは顔色一つ変えず、浮遊している三本の剣のさらに下をくぐるようにして、男との距離を一気に詰める。
男が自身の剣を引いて防御しようとした刹那、イクサの動きの方が一瞬早く、男の顎に下から抉るような蹴りを叩き込んだ。
「っ!?」
男はイクサの蹴りによって空中に突き上げられ、一瞬だけ無防備になる。
イクサはその一瞬を見逃さず、先ほど使用していた四本の剣を男の背中に向かって刺突させた。
「くぅっ!」
男は奥歯を食いしばり、空中で自身の背中に背負う形で剣をクロスさせると、刺突してきた四本の剣を防御する。
しかしイクサはその動きに欠片も動揺を見せず、二本の剣を男の頭部へと切りかからせた。
「がぐっ……!?」
「…………」
男は自身の顔面に切りかかってきた二本の剣を自身の歯でくわえ、驚異的な顎の力で抑え込む。
その瞬間イクサは男の正面にジャンプすると小さく言葉を落とした。
「事前ステップは全てクリア……これで、終わりです」
「―――っ!?」
イクサは自身の背中に残していた最後の剣を右腕に沿って浮遊させると、そのまま男の両足を切り裂く。
男は剣二本をくわえたまま、声を上げずに悶絶した。
「くっそ……化け物、め……」
「…………」
男は最後に言葉を一つ残すと、がくりとその場で気絶する。
イクサは心なしか悲しそうにその言葉を受け止めると、リースの方へと身体を向けた。
「リース様。そちらの戦況はいかがですか?」
「あ、イクサさん! なんとか守ってるけど、敵の攻撃が凄くって。このままじゃまずいかも……」
リースは次々飛んで来る火球に対応し、壁を創造してそれらをかき消していく。
しかし相手の攻撃は止むことを知らず、このままではリースの方が魔力切れになってしまうだろう。
「いえ、リース様のおかげで近距離部隊は殲滅できました。残るはリース様が相手にしている、遠距離攻撃隊のみです。少々荒っぽい作戦になりますが、殲滅は可能です」
「本当!? でも、相手の魔術士も交代で攻撃してきてるみたいで、近づくことも難しいよ……!」
リースは両手を様々な方向に掲げ、次々に壁を創造しながらイクサへと返事を返す。
イクサは創造された壁に隠れ、一瞬だけ頭を出すと、相手の数を確認した。
「幸いな事に、相手の火球によって灯りは確保できています。敵の数は7……いえ、8人と思われます」
「8人がかりだったのか……どうりで攻撃が止まないはずだよ」
リースは苦しそうに表情を歪めながら、引き続き火球を防御する。
イクサはそんなリースを見ると、淡々とした様子で言葉を発した。
「リース様。先ほどお話した“荒っぽい作戦”を実行してもよろしいでしょうか。このままではリース様の魔力が切れ、事態はさらに悪化すると思われます」
「あ、うん! もうここまで来たら、イクサさんを信じるよ!」
リースは表情を歪めながら、間髪入れずにイクサへと返事を返す。
その言葉を受けたイクサは、こくりと頷いて言葉を続けた。
「了解しました。ではリース様、少しお耳を貸して頂けますか?」
「えっ? あ、うん……ええっ!? そんな作戦なの!?」
リースはイクサの作戦を聞くと、驚愕に目を丸くする。
その様子を見たイクサは淡々とした表情で「問題ありません。成功率は80%以上です」と返事を返した。
「うう……でも、やるしかないよね。わかった、僕がんばるよ!」
リースは両手をぐっと握り込み、ふんすと鼻息を荒くする。
そんなリースの姿を見たイクサは、こくりと頷きながら言葉を返した。
「了解です。それではこれより“ぴょんぴょん作戦”を実行します」
「うん! わかった!」
イクサはリースの言葉を聞くと、リースの作っていた壁の上に飛び乗る。
遠距離攻撃をしていた黒服達はその姿を見ると、一瞬呆気に取られた。
「今です、リース様。被弾を恐れず、前進してください。私も同様に前進します」
「う、うん! わかった!」
リースは鞄の紐をぎゅっと握り、壁から飛び出して黒服達へと突進していく。
黒服達は向かってくるリースと壁の上に立ったイクサのどちらを狙えばいいかわからず、悩んだ末に、向かってくるリースの方へ火球を発射した。
「今です、リース様。防御しながら前進してください」
「うん! 連続練成:シェルベルム!」
リースは飛んで来る火球を寸前のタイミングで壁を作って防御し、すぐにその壁から飛び出してまた前進する。
イクサはそうして作られた壁の上をぴょんぴょんとジャンプし、結果的に黒服達との距離を詰めていった。
「っ!?」
黒服達は地面と空中の両方から迫ってくる二人に動揺し、攻撃が上下に分散する。
リースは壁を作って火球を防御し、イクサは壁の上をジャンプして火球を回避する。
そうして一定以上の距離まで近づいた時、イクサはリースに向かって言葉を発した。
「私の攻撃範囲まであと少しです。リース様」
「OK! じゃあいくよ! 多重練成:シェルベルム!」
リースはイクサの立っていた壁の下にさらに壁を創造し、結果的にイクサは一段高い位置まで移動する。
それを二回ほど繰り返した後、イクサは上空から黒服達に向かって飛び出した。
「残りの距離を計算。剣の残数は7。このまま突破します」
イクサは右手を盾のようにしながら、黒服の男達に向かって落下していく。
黒服達は一斉に火球を発射するが、空中にいるイクサには中々当たらず、命中したとしても剣で防御されてしまった。
「火球の命中により剣の残数は4……計算通りです」
やがて黒服達の目の前の地上に降り立ったイクサは、その白い瞳で男達を睨みつける。
そのまま黒服の男達の間を駆け抜けると、4本の剣を巧みに操り、男達の両腕を戦闘不能になるまで負傷させた。
「ぐっあ……!?」
最後の一人が、両腕を負傷して絨毯の敷かれた地面へと倒れこむ。
それを確認したイクサは、小さく息を落とした。
「作戦完了……残敵数は0。問題ありません」
イクサはその白い瞳で黒服達を見渡すと、攻撃可能な固体が居ないことを確認する。
その瞬間イクサの腹部に、リースが飛び掛った。
「わぁい! やったやった! やったねイクサさん!」
「リース様……」
イクサはリースを抱きとめると、両目を見開いて驚く。
しかしリースはそんなイクサに構わず、まるで太陽のような笑顔を見せた。
「えへへ、凄いよイクサさん! さすがだね!」
リースはイクサに抱きついたまま、ぴょんぴょんとジャンプして言葉を紡ぐ。
イクサはそんなリースの肩に手を回すと、淡々とした様子で返事を返した。
「……いえ、リース様のご協力が無ければ、恐らく敗北していました。本当にありがとうございます」
「んーん! こちらこそ、ありがとうだよ!」
嬉しそうに飛び跳ねるリースを抱きとめるが、どんな顔をすればいいかわからず、困惑した様子のイクサ。
そんな二人の元に、ふらついた様子のリリィ達が到着したのは、そのすぐ後の事だった。