第107話:VSアニキの影
「まさかこんな形で、あの馬鹿団長と戦うことになるとはな……わからないものだ」
リリィは剣の切っ先をアニキの影に向け、じりじりと間合いを測る。
リーチで余裕のあるリリィは、剣の間合いにアニキの影が入った瞬間、一刀両断するつもりでいた。
アニキの影もそれを予感しているのか、すり足で移動するばかりで距離を詰めてはこない。
やがて静寂がリリィ達の間に落ちた頃……アニキの影は体勢を低くし、その背中に黒い炎を走らせた。
「あれは……炎撃!? 特殊能力も使えるのか!」
リリィは驚きに両目を見開き、そこに一瞬の隙が生まれる。
アニキの影はその隙を見逃さず、赤い絨毯に焦げを作りながら一瞬でリリィとの距離を詰めた。
「しま……っ!?」
リリィが声を発するよりも先に、アニキの影の放った炎撃の拳がリリィの胴部へと直撃する。
しかしリリィはギリギリのタイミングで剣を間に挟み、その衝撃を防御した。
それでも吸収しきれなかった炎撃の力に押され、リリィはエントランスの壁まで吹き飛んだ。
「ちぃっ、相変わらずの馬鹿力め……!」
リリィはめり込んだ壁からすぐに脱出すると、再び剣を両手で構える。
今度はリリィの方から、アニキの影との距離を詰めた。
「はあああああああああ!」
「っ!?」
アニキの影が炎撃を放った後の一瞬の隙で、一気に距離を詰めるリリィ。
剣の射程範囲にアニキを捉えると、力を込めた横薙ぎを放った。
その横薙ぎの威力は凄まじく、遠く離れたエントランスの壁に横一線の亀裂を生み出す。
しかしアニキの影は寸前のところで身体を屈め、リリィの一撃を回避した。
「これを避けるか……ならっ!」
「っ!?」
リリィは横薙ぎをした姿勢からさらに身体を回転させ、下から抉り取るような回し蹴りをアニキの影に放つ。
すでに屈んで回避行動を終えていたアニキはその一撃を避けきれず、両腕をクロスさせて回し蹴りを防御する。
しかしその蹴りの威力は凄まじく、身体は空中に吹き飛ばされた。
「その状態から、避けてみろ!」
リリィは即座に跳躍し、空中に吹き飛ばされたアニキの影を追う。
そのままアニキの影の傍まで近づくと、再び横薙ぎの剣撃を繰り出した。
「っ!」
「なっ!?」
アニキの影は両腕から黒い炎を噴き出し、自身の身体をさらに上空へ浮き上がらせる。
それによってリリィの攻撃範囲から外れ、アニキの影はリリィよりさらに上空へと舞い上がった。
そしてその勢いのままアニキの影は空中で縦回転し、遠心力をつけたかかと落としをリリィへと放つ。
「ちぃっ……! だが、精度が甘い!」
リリィはかかと落としの角度を看破し、剣を使ってその攻撃をいなす。
かかと落としを放った後で隙だらけになったアニキの影へ、今度はリリィが水平方向に身体を回転させ、回し蹴りを放った。
「はああああああああ!」
リリィは雄たけびと共に、横薙ぎの回し蹴りをアニキの影の顔面へと放つ。
しかしアニキの影はリリィの横薙ぎの蹴りを腕で防御しながら、足の先から黒い炎を噴き出すと、自身の身体を回転させてその衝撃を殺す。
結果としてリリィの蹴りの衝撃はアニキの影の回転によって吸収され、今度はアニキの影が、遠心力で速度をつけた蹴りをリリィの肩へと叩き込んだ。
「ぐっあ……!?」
リリィはアニキの影のカウンターをもろにくらい、再びエントランスの壁まで吹き飛ばされる。
エントランスの壁に埋め込まれたリリィは、やがて剥がれ落ちる瓦礫のように壁から放たれると、重力に任せて絨毯の上に落下した。
「…………」
アニキの影は全身から黒い炎を噴き出し、ゆっくりとした速度で地面へと降り立つ。
リリィはうつ伏せに倒れた状態から立ち上がると、口元の血を手甲で拭い、アニキの影を睨みつけた。
「まったく、やってくれるな……!」
リリィは悔しそうに奥歯を噛み締め、ふらふらとしながら立ち上がる。
その視線の先では、アニキの影が背中から黒い炎を噴き出し、猛スピードでリリィとの距離を縮めていた。