第106話:VSリリィの影
「へっ。まあ、丁度いいぜ。俺も一度思い切り、馬鹿剣士と戦ってみてえと思ってたからなぁ!」
アニキはリリィの影に対し体勢を低くしながら、狙いを定めるように右拳を突き出す。
リリィの影はリリィ自身と同じように剣を構え、その切っ先をアニキへと向けた。
張り詰めた空気が二人の間に流れ、アニキはじりじりとすり足でリリィの影との距離を詰める。
やがて一定以上の距離を詰めると、アニキは一瞬にしてステップインし、リリィの影に向かって右拳を突き出した。
「っ!」
リリィの影はその攻撃を見抜き、半歩後ろに下がってその攻撃を回避する。
しかしアニキはさらに一歩前に踏み出すと、連続して拳を突き出した。
「リーチ差はあるがよ……この距離は、俺の距離だぜ!」
「っ!」
アニキはリリィの影の上体へパンチを集めていたかと思えば、フェイントを交えて腹部へと回し蹴りを突き出す。
しかしリリィの影は咄嗟に剣を構えて腹部を防御し、アニキの蹴りを弾き返した。
「っこれを弾くたぁ、やるじゃねーか。でも、まだまだ終わらねえぜ!」
アニキはさらに両拳で連続攻撃を繰り出し、リリィの影はそれを剣を使って器用に受け流す。
いくら打っても弾かれ、流される事態に、アニキは頭をフル回転させていた。
『こいつ……マジで強え。ただのモノマネ野郎だと思ってたら、こっちがあぶねえな……』
アニキは悔しそうに奥歯を噛み締め、さらに攻撃の速度を上げる。
もはや一般人の目では追えないほどの速度で攻撃を行っているアニキは、汗を散らしながら攻撃を続ける。
しかしリリィの影はそれらの攻撃をことごとく受け流し、最小の動きでしのいでいた。
「くっ……はぁっ。ぐっ!?」
「…………」
息を切らせたアニキの、呼吸のため生じた一瞬の隙を見逃さず、リリィの影は剣を斜めに振り下ろす。
アニキは歯を食いしばってかろうじてバックステップするが、それでも浅く切り裂かれた身体から鮮血が吹き出した。
「ちっ。斬られたか……久々だぜこの野郎」
「…………」
傷口を押さえながら言葉を発するアニキに反応を返さず、リリィの影は静かに剣を構える。
その剣の切っ先からは鮮血が零れ落ち、赤い絨毯にシミを作った。
「おいおい、ちゃんと返答くらいしようぜ……寂しい、だろうが!」
「!?」
アニキは先ほどよりも早いスピードでリリィの影との距離を詰め、リリィの影の顎に向かってアッパーカットを繰り出す。
しかしリリィの影は咄嗟に上体を後ろに逸らし、そのアッパーを寸前のところで回避した。
「ちぃ……っ!」
アッパー後で隙だらけのアニキの身体に、お返しとばかりにリリィの連続した剣撃が降り注ぐ。
アニキもなんとか体勢を立て直し、バックステップで距離を取るが……その全身にはいつのまにか無数の切り傷ができ、大量の血が足元の絨毯を染めた。
「へっ、マジで、やりやがる……目がかすんできたぞこの野郎」
アニキは嬉しそうに笑いながらも、出血をしすぎたためか、その瞳の光は輝きを失いつつある。
その様子を見たリリィの影は構えを変化させ、軽快なステップを踏み始めた。
「今度はスピード重視、か? いいぜ、かかってこいやぁ!」
アニキは相変わらず嬉しそうに笑いながら、体勢を低くし、リリィの影の到来を待ち受ける。
リリィの影はアニキを中心に円状に走り回ったかと思えば、一瞬完全にエントランスから、その姿を消した。
「っ! だあらぁ!」
「っ!?」
背後に突如出現し、切りかかろうとしたリリィの影の腹部に、アニキの肘がめり込む。
リリィの影は数歩後ずさり、再びステップを踏むと、またしてもエントランスからその姿を消した。
「ちっ。一撃が精一杯、か。俺もちっと、たるんでるぜ……!」
アニキは悔しそうに歯を食いしばりながら、再び体勢を低くし、リリィの影の到来を待ち受ける。
やがてリリィの影は再びアニキの背後に現れると、その剣を振り上げた。
「芸のない野郎だな……! そこだ!」
アニキは一瞬にして身体を回転させつつ、右拳を自身の背後へと突き出す。
しかしリリィの影は振り上げていた剣をそのままに、残像だけを残してアニキの背後へと回り込んだ。
「フェイント!? クソがぁ……!」
アニキは咄嗟に身体を後ろへと向け、両腕をクロスさせて上体をガードする。
リリィの影はそんなガードも無視して、アニキの両腕へと斬撃を繰り出した。
「ぐっあ……!?」
アニキはその痛みに顔をしかめ、数歩後ずさる。
ガード時前にしていた左腕は大きく切り裂かれ、アニキはだらりと、その左腕を垂れ下げた。
「ちっ。左腕持ってかれた……! こいつ、マジで強え」
「…………」
リリィの影はアニキの言葉に反応することなく、再びステップを踏み出す。
アニキは大量の鮮血を左腕から落としながら、その場で俯いた。
「へへ……クソが。悔しいぜ、まったくよぉ……」
アニキは俯きながら、小さく言葉を落とす。
しかしリリィの影は、そんなアニキの様子に構うことなく。
最後の一撃を決めるため、アニキを中心として、円形に走り始めた―――