第104話:ジェイル=ブラック
夜の帳が下り、星が輝くラスカトニアの郊外。
リリィ達は聞き込みによって判明したダークマターの屋敷を、緊張した面持ちで見上げていた。
「おっきい屋敷だね……僕、こんなに大きな家初めて見たよ」
リースは鞄の紐をぎゅっと握りながら、目の前に聳え立つ屋敷を見上げる。
そんなリースの頭に手を置くと、リリィは返事を返した。
「ダークマターは、魔術協会での立場を利用して貴族の座を手に入れた男……これくらいの屋敷は持っていても不思議はない。問題は、中にダークマターがいるかどうかだ」
リリィは落ち着いた声色で言葉を発し、それを聞いたリースは決意を込めた瞳で屋敷を見つめる。
アニキは両拳を打ち鳴らすと、荒々しく言葉を発した。
「ま、とにかく入ってみりゃわかんだろ! ほら、行こうぜ!」
「あっおい!? 不用意に入るな!」
アニキはリリィの静止も聞かず、屋敷の大きなドアを開いてずんずんと中に入っていく。
そんなアニキを追いかけようと足に力を込めたリリィに、イクサはそっと声をかけた。
「お待ちください、リリィ様。私にリリィ様のお力を、コピーさせて頂けませんか?」
イクサはリリィの肩に手を置き、細い声で言葉を発する。
リリィは驚きながらもイクサを見返し、返事を返した。
「ん……イクサ。何か理由がありそうだな」
足を止めたリリィに対しイクサはこくんと頷き、落ち着いた様子で言葉を続けた。
「はい。この屋敷内に入るとなると、狭い場所でも立ち回れる能力が必要になります。ですが、現在習得している“シューター”の能力だけでは、屋敷内で上手く戦えない可能性が高いです」
「なるほど、それで私の剣術をコピーしたいというわけか……それなら納得だ」
リリィは身体をイクサへと向け、「それで、コピーとは具体的に何をすればいい?」と質問する。
その言葉を受けたイクサは、返事を返した。
「リリィ様に行って頂く事は特にありません。このように―――」
「お、おお」
イクサは片手でそっとリリィの剣に触れ、一瞬目をつぶる。
急に距離が近くなったことに驚いたリリィは、若干上体を後ろに反りながらも、その場に立ち続けた。
「はい、これで完了です。ありがとうございました」
イクサはリリィの剣を離すと一歩後ろに下がり、深々と頭を下げる。
リリィはそんなイクサへ、驚いた様子で返事を返した。
「あ、ああ。私は別に構わないが……凄いな、そのレヴォリューションという能力は。あれでもう剣術が使えるようになったのか?」
リリィは驚愕に目を丸くしながら、イクサへと返事を返す。
イクサは相変わらず無表情のまま、返事を返した。
「私が“リリィ様のように”剣術を使えるようになったわけではありません。しかし、認識としてはそれで合っています」
「??? まあ、いいか。屋敷内では乱戦になる可能性もある。その時には頼んだぞ」
リリィはポリポリと頬を搔き、いまいち納得できないながらも、イクサへと返事を返す。
イクサは「了解しました」と返事を返し、さらに言葉を続けた。
「ところで、マスターは既に屋敷の中に入っています。そのため、早急に追いかけるべきと思われます」
「あっ!? あの馬鹿勝手に……おい! ちょっと待て!」
まったく遠慮もなくズンズンと屋敷に入っていくアニキに対し、後ろから言葉をぶつけるリリィ。
こうして一行は不気味な雰囲気のする屋敷へと、その一歩を踏み出した。
屋敷の中に入った一行の目に飛び込んできたのは、これまでに見たことがないほど広大なエントランスだった。
上等な赤い絨毯が敷かれたそこは広く、しかし薄暗い。
複数のロウソクで灯りを灯してはいるものの、一般的な家屋よりもなんだか暗いような印象を受ける。
そして一行が入り口から入って数歩進んだ瞬間、エントランスの奥にある扉がゆっくりと開かれた。
「!? 誰だ!」
リリィは警戒心を抱き、剣の柄に手をかけながら言葉をぶつける。
奥の扉からは一人の男がゆっくりとした歩調で歩み出し、リリィ達から数メートルのところで静止した。
「誰だ、とはぶしつけですね。勝手に入ってきたのはそちらでしょう?」
男は黒いスーツを着て両手を広げると、やれやれといった様子で頭を横に振る。
その身体からは黒いオーラが立ち上り、その瞳から発せられる殺気を、その場にいる誰もが感じていた。
「そんな殺気をギラつかせながらよく言うぜ……確かてめえは、ダークマターと一緒にいた野郎だよな?」
アニキはポケットに両手を入れた状態で、すたすたと前に進みながら言葉を発する。
男はアニキの言葉を受けると、ため息混じりに返事を返した。
「確かに、その通りです。私の名はジェイル=ブラック。魔術協会では“影使いのジェイル”として通ってますがね」
ジェイルは両手を広げたまま、余裕の表情で言葉を発する。
その時、アニキとリリィは互いを見つめ、アイコンタクトを交わした。
「そうかい……おらああああ!」
「はあああああああああ!」
リリィとアニキは一瞬にしてジェイルとの距離を詰め、完全に不意打ちの形で同時に一撃を繰り出す。
しかしその刹那、ジェイルの影から黒い壁がせり上がり、二人の攻撃を防御した。
「!? 危ない危ない……オートで発動していなければやられていました。驚くべきダッシュ力ですね」
ジェイルは両目を見開いて驚きながら、半歩後ろへと後ずさる。
その後間髪入れず、ジェイルはさらに言葉を続けた。
「お前達、入ってきなさい! 侵入者です!」
ジェイルの声に呼応し、リリィ達の入ってきた入り口から、黒いスーツに身を包んだ軍団がゆっくりと歩みを進めてくる。
様子を見る限り全員、ダークマターの部下のようだ。
「ちぃっ、挟まれたか―――イクサ! リースを頼む! アスカ! お前は私達に構わず、奥に進め!」
リリィは黒い壁を力づくで破壊しながら、イクサとアスカに向かって言葉を発する。
イクサは即座に「了解しました」と返事を返したが、アスカは動揺した様子で言葉を発した。
「えっ!? で、でも……」
「でももクソもねえ! おめぇはダークマターを倒しに来たんだろが!」
「!?」
突然響いたアニキの声に、びくっと肩をいからせるアスカ。
やがてその言葉の意図を掴むと、覚悟を込めた瞳でこくりと頷いた。
「わかったよ……みんな、ごめん! ありがとう!」
アスカは驚異的なスピードで一瞬にしてジェイルの背後にある扉を開け、その奥へ向かって走っていく。
当然ジェイルはアスカに向かって魔術を発動させようとするが、その瞬間、背後からの強烈な殺気にあてられ、その発動を止めた。
「ほう……アスカへの追撃を止めたか。懸命な判断だ」
「へっ。発動してたらてめえをぶっ飛ばしてたんだが……勘のいい野郎だぜ」
ジェイルは奥歯を噛み締めながら、悔しそうにリリィ達と対峙する。
そしてそのまま、言葉を発した。
「くっ……貴様ら。ただで済むと思うなよ……!」
ジェイルは眉間に皺を寄せ、まるで鬼のような形相でリリィ達を睨みつける。
そんなジェイルに対し、リリィとアニキはそれぞれ緊張した面持ちで、構えを取った。