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第102話:夕暮れ

 傘を片手に雨の中を走るカレンの視界に、ぼうっとした様子で歩みを進めるセイの姿が映る。

 カレンは慌ててセイを傘の中に入れると、言葉を発した。


「セイ様!? 何故、こんなところに……」


 カレンは困惑しながら、ハンカチでセイの髪に付いた水滴を拭う。

 セイは光を失った瞳で、カレンへと言葉を返した。


「……カレン。カナデが……カナデが、殺された」

「―――え?」


 カレンはセイの言葉を信じることができず、思わず持っていた傘を落とす。

 雨は強く降りしきり、二人の身体を容赦なく濡らしていった。


「ころ、された……? そんな、一体、どうして……っ!」


 カレンは驚愕に目を見開き、両手で口を押さえながらかろうじて言葉を発する。

 セイはそんなカレンに、先ほど起きた惨劇の詳細を語って聞かせた。


「そん、な……お父上が、カナデちゃんを? そんな、そんなのって……!」


 カレンは涙を流し、ぶんぶんと顔を横に振る。

 その脳裏には、かつて君乃塚家に遊びに行った際に迎えてくれた、カナデの無垢な笑顔が浮かんでいた。

 しかしその笑顔を見ることは、もうできない。

 冷たい事実だけがカレンの胸に去来し、息をするのも忘れるほど、カレンはその瞳から涙を溢れさせた。


「―――カレン……私は、西に行く」

「に、し……?」


 カレンはセイの言葉の意味がわからず、涙に濡れた顔でセイを見上げる。

 光の失われた瞳でセイは遠くを見つめ、さらに言葉を続けた。


「西の国には“陰”とは別の、“闇”という属性が存在するらしい。その属性の力を手に入れて、私は―――」


 セイの言葉を、じっと黙って聞き入るカレン。

 降りしきる雨に打たれながら、セイはさらに言葉を続けた。


「私は、この狂った世界を……終わらせる」

「―――っ!」


 セイは初めて真っ直ぐにカレンの目を見つめ、言葉を発する。

 しかしその瞳にかつての優しい光はなく、どこまでも落ちていきそうな闇が、ただ不気味に輝いていた。


「だ、め、です……いかないで。行かないで、ください……!」


 カレンは両手でセイの着物を掴み、その額をセイの胸に当てる。

 雨に濡れた長い髪はうなじからカレンの着物に落ち、水滴だけがゆっくりと、髪の先から滴り落ちていた。

 カレンは、セイの瞳を見た瞬間からわかっていた。

 今この人を行かせてしまったら、もう二度と、昔の優しかったセイは戻ってこない。

 カナデを愛し、この国を愛していたあの人はもう、二度と帰ってはこないだろう。

 だからカレンは震える手で渾身の力を込め、セイの着物を握り締める。

 しかしセイは力の篭った手でカレンを引き剥がすと、光を失った瞳のまま言葉を返した。


「もう終わりだ、カレン。私はこの世界を……この間違った世界を、修正する」

「セイ様、まっ―――!」


 カレンが全ての言葉を発するその前に、セイは陰術を用いて自身を影に変え、雨のカーテンの向こうへと消えていく。

 カレンの手に微かに残っていたセイの温もりも、冷たい雨に打たれて消えていく。

 セイを追いかけようとカレンは足を進めるが、その瞬間鼻緒が切れ、カレンは地面へと転倒する。

 雨に濡れたカレンはポロポロと涙を流し、雨の向こうに消えたセイに、かろうじて声を発した。


「セイ様……セイさまああああ!」


 カレンは涙を流しながら地面に突っ伏し、セイの名を呼ぶ。

 しかしその呼びかけにもはや、答える者は無く。

 その日を境に君乃塚セイは、極東の国から完全に姿を消した。






 それから数日後……セイが海を渡ったという情報を手に入れたカレンは、朝から夕方まで、自室に篭ったまま出てこない。

 心配した両親はカレンの部屋に向かって、障子越しに声をかけた。


「カレン……朝から一体、何をしているんだい? お願いだから、顔を見せておくれ」

「朝も昼も食べないで……身体を壊してしまうよ」


 両親は出来るだけ優しい声で、カレンへと声をかける。

 しかしその言葉に、返事は無く。

 仕方なく両親は、ゆっくりとその障子を開いた。


「カレン……? !?」

「なっ……!?」


 障子を開いた両親の目に飛び込んで来たのは、誰もいないカレンの部屋。

 その中央には“お父様と、お母様。そしてアスカへ”と書かれた封筒だけが置かれ、両親は呆然としながら、その封筒を見つめた。






 一方、カレンは玄関で、旅支度を整えて草履を履く。

 その時たまたま、玄関にアスカが通りかかった。


「おねえ、たま……? そのかみ、どーしたの……?」


 アスカは呆然としながら、カレンの髪をじっと見上げる。

 金髪に染め上げられた、カレンの黒髪。

 眉毛や睫毛まで金色に染まったそれは、夕暮れの光を反射し、キラキラと輝いていた。


「アスカちゃん……そっか。見られちゃったね」


 カレンは優しい笑顔を浮かべながら、膝を折ってアスカを見つめる。

 アスカは不思議そうに首を傾げながらも、やがて素直に言葉を発した。


「おねえたん、きれぇー! キラキラしてゆ!」


 アスカは輝く瞳でカレンを見上げ、無垢な笑顔を見せる。

 その笑顔を見たカレンはぎゅっと唇を一文字に結び、アスカの身体を抱きしめた。


「ありがとう、アスカちゃん。ごめん、ごめんね……」

「おねえ、たま……?」


 アスカは何故カレンが自分を抱きしめるのか、何故その腕の温もりが、いつもよりずっと強いのかわからず、頭に疑問符を浮かべる。

 カレンはかろうじて涙をこらえると、身体を離し、いつもの笑顔でアスカを見つめた。


「お姉ちゃんね、ちょっと遠くまでお出かけするの……アスカちゃん、お留守番、お願いできるかな」

「??? うん! あしゅか、もうおっきいからだいじょぶだよ!」


 アスカはカレンの言葉の意図するところを理解できず、しかし笑顔で頷いて返事を返す。

 カレンはそんなアスカの頭を優しく、優しく撫でると、やがて立ち上がった。


「それじゃあ……行ってきます。アスカちゃん、どうか……どうか、元気でね」


 カレンは一度だけ振り向き、アスカへと笑顔を見せる。

 アスカは「うん! いってらっしゃーい!」と返事を返し、笑顔でぶんぶんと手を振る。

 カレンはそんなアスカの言葉を受け、心の中で何度も謝罪の言葉を呟きながら……。

 その涙を悟られないよう、玄関の戸を開いた。

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