第100話:特効薬
翌日の昼過ぎ、カレンはいつもの日課で、陽山家の玄関の掃除をする。
赤い葉が落ちている玄関をほうきで一通り掃除すると、カレンは額の汗をハンカチで拭った。
「……ふう。これくらい、かな」
カレンは小さく息を落とし、綺麗になった玄関先を見回す。
そこにはゴミ一つ落ちておらず、カレンの几帳面な性格が反映されているかのようだった。
そんなカレンの後ろから、大荷物を背負った男が片手を上げ、明るい調子で声をかけた。
「カレン様、こんにちは! 今日もせいが出ますね!」
「あ、こんにちは。いつもご苦労様です」
行商人風の男は明るい調子でカレンと挨拶を交わし、ニコニコと笑いながら片手を上げる。
行商人はさらに、言葉を続けた。
「あ、そうそう。聞きましたかい? 今朝港に海外からの行商人が来航して、いろんな薬を持って来てるそうですぜ」
行商人はカレンに対し、先ほど入手したばかりの情報を伝える。
カレンはほうきを持ったまま、行商人へと言葉を返した。
「まあ。薬を……それは良いですね」
カレンはにっこりと微笑みながら、この国に新しい文明がやってきたことを喜ぶ。
行商人はニコニコと笑いながら、さらに言葉を続けた。
「ええ、なんでもあの“弱化病”の特効薬を持って来てるとかで、港じゃちょっとした騒ぎになってまさぁ」
「…………え?」
カレンは行商人の言葉が信じられず、ぽかんと口を開けたままほうきを落とす。
カランカランと音を鳴らしながら、ほうきは地面を転がった。
「あ、カレン様ほうき落としてますぜ。……カレン様?」
「……っごめんなさい、私ちょっと行ってきます!」
「あえ!? カレン様!? カレン様―!」
カレンは行商人からの言葉にも反応せず、真っ直ぐに君乃塚家へと走っていく。
行商人は拾ったほうきを両手で持ったまま、ただ呆然とその背中を見送った。
君乃塚家の玄関先。セイはいつもの通り少しだけ早めに門を出て、神社の石段に向かって歩いていく。
少し曇りだしている空模様に、セイが小さくため息を落としたその時、背後から高い声が響いた。
「セイ様! お待ちください!」
セイがその声に振り返ると、声の主であるカレンは両膝に手を乗せ、荒い呼吸を吐き出している。
その姿を見たセイは懐からハンカチを取り出し、慌ててカレンへと駆け寄った。
「カレン!? どうしたんだ。汗でびっしょりじゃないか」
セイはカレンの肩に手をかけると、反対側の手に持ったハンカチでカレンの額を拭う。
カレンは乱れた呼吸を整えると身体を起こし、真っ直ぐにセイを見返して言葉を続けた。
「私の事は良いのです! セイ様、今すぐ港に向かって下さい!」
カレンは両手をぐっと握り込み、セイに向かって言葉を発する。
セイはハンカチを懐に仕舞うと、頭に疑問符を浮かべて返事を返した。
「港……? ちょっと待って、カレン。一体どうしたんだい?」
セイはカレンを落ち着けようと、出来るだけゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。
カレンはばたばたと両手を動かしながら、さらに言葉を続けた。
「カナデさんの……カナデさんのご病気の特効薬を、今港に来ている行商人が持ってきたそうなのです! セイ様の足で急げば、確実に購入できるはずです!」
「!? それは……本当かい!?」
セイは両目を見開きながら、カレンの両肩を力強く掴む。
カレンはその力強さに一瞬驚きながらも、返事を返した。
「はっはい。いつも贔屓にしている行商人さんからの情報ですから、間違いないと思います」
カレンはこくこくと頷き、セイに向かって返事を返す。
その言葉を受けたセイは、カレンを置いて港へと走り始めた。
「ありがとうカレン! 僕、行ってくる!」
「あっはい! セイ様、お気をつけて!」
港に向かって走り出したセイに向かって、片手を上げて言葉を送るカレン。
セイはそんなカレンに振り返ることもなく。
ただ一心不乱に、港に向かって駆け出していた。