第99話:父親
「あの娘って……父さん、自分の娘だろう? そんな言い方―――」
「なんと呼ぼうと私の勝手だ。親の言うことに口を出すんじゃない」
「……っ!」
取り付く島のない父親の言動に、奥歯を噛み締めるセイ。
父親はさらに、無表情のまま言葉を続けた。
「いいか? セイ。君乃塚家では代々、娘が後を継げば母親が、息子が後を継げば父親が実権を握ってきた。つまり、あの娘が死ねば、お前が後を継ぎ、この私が実権を―――」
「やめろよ! そんなこと、聞きたくない!」
セイは父親とは思えない非情な言葉に、耳を塞いで目を閉じる。
父親はため息を落としながら、さらに言葉を続けた。
「お前もわかっているだろう……セイ。あの娘の命はもう、長くはない。そんな娘の見舞いに行って、一体何の意味があるというんだ?」
「意味があるか……だって? それでも、それでもあんた、父親か……!」
セイは真っ直ぐに父親を睨みつけ、奥歯を強く噛み締める。
父親はやれやれといった様子で顔を横に振ると、言葉を返した。
「あの娘の患っている“弱化病”は、不治の病だ。あの娘の体力では、あと一月も持つまい。セイ、いい加減現実を見なさい」
父親は哀れむような視線でセイを見つめ、言葉を発する。
セイは右手を横に振りながら、噛み付くように返事を返した。
「黙れ! だからといって、見捨てて良い理由にはならない! カナデの笑顔を見ながら、あんた同じことが言えるのか!?」
「ああ、言えるね。何故なら、興味が無いからだ」
「―――っ!」
顔色一つ変えずに即答した父親に対し、両目を見開き、無意識に右拳を握り込むセイ。
父親はそんなセイの肩に両手を乗せ、さらに言葉を続けた。
「いいか? セイ。私にはお前さえいてくれればいい。お前がこの家の後を継いでくれれば、それ以上は望まん」
「―――っ結局は、この家の実権目当てか。反吐が出る……!」
セイは自身の両肩に置かれた手を払いのけると、荒々しい歩調で廊下を進んでいく。
父親は光の無い瞳で、そんなセイの背中を無言で見送っていた。
それから数十分の後、セイはお盆の上にお粥を持って、カナデの部屋へと再び歩みを進める。
中庭の虫達はいつのまにか鳴き始め、穏やかな空気が辺りを包んでいた。
「カナデ、僕だ。入るよ?」
セイはお盆を廊下に置くと、部屋の中のカナデへと声をかける。
すると中から、細く美しい声が帰ってきた。
「はい、おにいさま。どうぞ」
セイが障子を開けて中に入ると、カナデは笑顔を浮かべて返事を返す。
その笑顔に安堵したセイは障子を開けて中に入ると、お粥をカナデのすぐ横に置いた。
「まあ、いい匂い……。とっても美味しそうですね」
カナデは両手を合わせ、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
その笑顔につられるように笑顔になったセイは、ゆっくりとした動作でカナデのすぐ隣に座った。
「それは良かった。でも、遅れてすまない。お腹空いただろう?」
父親との口論で少し時間が遅れてしまったことを申し訳なく思いながら、セイはカナデへと言葉を紡ぐ。
カナデはにっこりと微笑むと、穏やかな声で返事を返した。
「いいえ、大丈夫ですおにいさま。虫さんたちの鳴き声が美しくて、時を忘れていましたもの」
カナデは少しだけ頬を赤く染め、にっこりと笑いながら言葉を発する。
セイはそんなカナデの頭を優しく撫でると、返事を返した。
「そうか。それは何よりだ。じゃあさっそく、食べるとしようか」
「あっ……あの、おにいさま。それなのですが……」
「???」
何か言い難そうに両手を合わせ、頬を赤く染めるカナデ。
もじもじとしたその様子を不思議に思ったセイは、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「うん? どうしたカナデ。僕でよければ聞かせてくれないか?」
セイはもじもじとしているカナデの頭を優しく撫で、言葉を紡ぐ。
カナデはセイの手のひらから伝わってくる暖かさに安堵し、やがて言葉を紡いだ。
「あ……はい。えっと、できればおにいさまに食べさせてほしいかな。なんて……」
カナデはもじもじと両手を合わせたまま、顔を真っ赤にして俯く。
セイはそんなカナデの言葉を受けると、大きく口を開けて笑った。
「はははっ、そんなことか。しかしまったくカナデは、いつまでも甘えん坊だな」
セイは微笑みながら、カナデの頭を優しく撫でる。
カナデは笑われてしまった事が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら両手をぶんぶんと振った。
「あ! お、おにいさまひどい! わたし、勇気を振り絞って言ったのですよ!?」
カナデはひとしきり両手を振ると、やがてぷくーっと頬を膨らませる。
セイは困ったように眉を顰めると、そんなカナデの頭を優しく撫でた。
「はははっ。ごめんごめん。さ、食べよう」
「ぶぅ…………はい」
カナデは素直にセイの言葉を聞き、あーんとその小さな口を開ける。
セイはその口に冷ましたお粥を入れながら、心の中で決心していた。
『カナデは……僕が守る。絶対に、守ってみせる』
セイは強くそう心に決め、眉間に力を込める。
カナデはそんなセイの様子に疑問符を浮かべ、お粥をもくもくと咀嚼しながら首を傾げた。
「んっ……おにいさま。どうかなさいましたか?」
カナデはその黒い瞳を大きく見開き、不思議そうに首を傾げる。
セイはそんなカナデの言葉を受けると、にっこりと微笑んで返事を返した。
「いや……なんでもないよ。ほら、次の一口だ」
「あ、はい。あーん……」
カナデは兄の様子に疑問を抱きながらも、素直に口を開けて待つ。
セイはそんなカナデの食事を手伝いながら……その瞳の奥に、確かな意思を宿らせていた。