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第9話:新たな仕事

「うん。登録完了ですわ。では、さっそく仕事に取り掛かって……と言いたいところですが、まずはあの子をどうにかしなければなりませんわね」

「??? あの、子……? あっ!」


 リリィはしまったとばかりに口元に手を当て、入り口近くの事務机に向かって走っていく。

 女性職員がせわしない動作で仕事をするその足元には、楽しそうに本を広げる金髪蒼眼の少年が座っていた。


「り、リース! まさか、ずっとそこにいたのか!? ちゃんと椅子に座って読みなさい!」

「~♪」


 リースは鼻歌交じりにページをめくり、間違いなくリリィの声は届いていない。

 よほど本が読めて嬉しいのか、読むスピードもほぼ速読と言える速さだ。


「ふう。楽しんでいただけて、何よりですわ。ですが―――そこにいられては、少々作業効率が落ちますわね」


 デクスはため息を落としながら膝を折り、リースのすぐ傍でしゃがみこむ。

 そんな状況を知ってか知らずか、リースは構わずにページをめくり続けていた。


「~♪ ……? ひゅめひゃあ!?」

「はあ。これをやるのは、今日二回目ですわね」


 デクスは手のひらサイズの氷を作り出し、リースの首元へと密着させる。

 リースはしばらく気付かずに本を読み進めていたが、やがて奇声を発しながら飛び上がった。


「つ、冷たっ!? あー、びっくりしたぁぁ……」


 リースは大きく口を開けて目も見開きながら、背後へと振り返る。

 そこには膝を折って同じ視線の高さになったデクスが、銀色の瞳を鋭く輝かせていた。


「ふう。当図書館を満喫していただいて、大変結構ですが……ここは、移動した方がよろしいですわ。もうすでに、埃が舞い始めていますし」


 デクスは細く長い指で口元を軽く押さえ、簡単に周囲を見渡す。

 走り回る職員のせいか、古くから蔵書されてきた本たちのせいなのか……結構な量の埃が舞い、お世辞にも衛生的な環境とは言い難かった。

 何よりオフィスの真ん中で座っていたら、いつ蹴り飛ばされるかわかったものではないだろう。


「リース。本に夢中になるのも良いが、せめて椅子に座るが良い。行儀が悪いぞ」


 リリィは呆れ気味に腕を組み、足元のリースを見つめる。

 リースは悪戯に笑いながら、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「えへへ……ごめんね、リリィさん。なんだか嬉しくなっちゃって」


 リースは読んでいたページに指を挟み、その本を小脇に抱える。

 小さくか細い腕の中にギリギリ包まれた小難しい専門書は、その状況に少々混乱しているようにも思えた。


「ふぅ。さっきそこの会議スペースを空けさせましたから、リースはそこで好きなだけ本をお読みなさい。読む本が無くなったら、わたくしに言ってくれれば良いですわ」


 デクスは相変わらずのため息を落としながら、部屋の隅にある椅子と机を手のひらで指し示す。

 本棚や職員用の作業机すらないそのスペースは、まさしくリース専用の読書空間だ。


「ふわぁ!? ありがとうデクスさん! ぼく、さっそく行ってくるね!」

「あっ、こらリース! 行くのは良いが、走るんじゃない!」


 リースはその空間を見つけた瞬間、両手に抱えられるだけの本を持ち、これまでに見たことの無いスピードで駆け寄っていく。

 走り回る職員の間を器用に縫って走っていくその姿に、セレンブレイアに居たころの弱々しさは欠片もなかった。


「すまない、デクス。リースが色々と、面倒をかけたな」


 リリィは少々ばつが悪そうに俯き、控えめな声を出す。

 デクスは胸の下で腕を組むといつもより穏やかな声で言葉を紡いだ。


「いえ。図書館はあくまで本を読み、知識を深めるための場所。彼のあの行動は、ある意味最も正しいですわ」

「……そう言ってもらえると助かる」


 リリィは小さくため息を落としながら、遠くで本を読みふけっているリースを見つめる。

 先ほどは地面に座っていたせいで見えなかったが……本に記された一行一行に感動し、色々な表情を見せるその様子は、なかなかに微笑ましい。


「それで、デクス。私が働いている間のリースの世話なのだが……」

「ああ、それなら心配いりませんわ。ここにいる職員が見ておくよう、言いつけておきます。もっともあの様子では、世話なんて不要なようですが」


 デクスの視線の先には、相変わらず驚異的な集中力で楽しそうに本を読むリースの姿。

 デクスとリリィはしばらくその様子を見つめるとほんの少しだけ頬を緩めた。


「あそこまで本が好きな子どもを見たのは、あの子で二人目ですわ。管理者としては嬉しい限りですが……少々、集中力が高すぎるようですわね」


 デクスは苦笑いを浮かべながら、嬉々として本を読みふけるリースを見つめる。

 リリィは同じようにリースを見つめ、返事を返した。


「ふむ。本を読むのは良いことだが、一般常識くらいは身につけさせてやりたいものだ。これから先、力よりも知識がものを言う時代が来た時……困るのはリース自身だからな」

「…………」


 幸せそうに、しかし力強い瞳で、リースを真っ直ぐに見つめるリリィ。

 そんなリリィの眼差しを、デクスは隣でまじまじと見つめた。


「??? どうした。私の顔に、何か付いているか?」


 その視線に気付き、小首をかしげながら疑問符を浮かべるリリィ。

 デクスは頬笑みを浮かべながら顔を横に振り、言葉を返した。


「いいえ、なんでもありませんわ。……でもあなたなら、あの仕事も任せられそうですわね」

「???」


 軽く曲げた人差し指を顎の下に当て、考えるような仕草をするデクス。

 リリィはそんなデクスの言動が理解できず、疑問符を浮かべた。


「さて、と。わたくしたちには、まだまだ仕事が残っていますわ。リリィさん。申し訳ないですが、こき使わせてもらいますわよ」


 デクスはほんの少しだけ口の端を吊り上げて笑い、胸の下で腕を組む。

 リリィは小さく息を吐いて同じように笑うと、返事を返した。


「ふっ。ああ。迷惑をかけた分は働かせてもらおう……だが、お手柔らかにな」

「あら、それはお約束しかねますわね」


 デクスは右手を口元に当て、小さくほほ笑む。

 リリィはそんなデクスの仕草を見つめ、同じように笑った。


「だろうな。なに、私もなかなか、体は頑丈な方だ。存分に言いつけるといい」


 リリィは大きく胸を張り、自信満々にデクスを見つめる。

 その表情が見えてか見えずか、デクスは目を細め、優しく微笑んだ。


「うぐらあああああ! 仕事はしてやっから、無闇に俺に近づくんじゃねえええ!」

「ああっ!? また本棚倒したぁ!」

「もうこの馬鹿! 仕事増やしてどーすんのよぉ!?」

「「…………」」


 遠くから聞こえてくる聞きなれたその声に、デクスとリリィは顔を見合わせる。

 その沈黙の間にも、何かが倒れるような音は小さいながらも耳の中に響き続けた。


「どうやら思った以上に、リリィさんには頑張ってもらわなければなりませんわね……一定以上の労働量になりそうなら、報酬の増額も考慮しますわ」

「ああ……恩に着る」


 呆れたようにアニキが消えていったドアの向こうを見つめるデクスと、口元をひくつかせながら同じ方向を見つめるリリィ。


『もしかしたらエンシェント・ワーム討伐よりも、厳しい戦いになるかもしれんな……』 


 リリィはこれからやってくるであろう、労働地獄を思い浮かべながら―――

 無機質なその扉を、ただ見つめていた。






「その辺りの古書は傷みやすいから、奥の保管庫に入れておいてくれ! ああ、その辺りの百科辞書は私が運ぶから、適当にまとめてくれれば良い! 聖書関連の棚は―――」


 夜も更けてきた世界図書館に、人口の光が灯る。

 職員たちはせわしない様子で本を運ぶと、記録用の書類に記し、整理する。

 その職員たちの三倍ほどのスピードで走る、黒い影がひとつ。

 よく通る声で職員達に指示を出し、自らの背丈の三倍はあろうかという本を抱え、書庫内を縦横無尽に駆け回る。

 当初は徹夜が予想されていた整理作業も、この分なら夜明け前には片付いてしまうかもしれない。


「ふぅ。まったく、想像以上の働きぶりですわね……わたくしの出る幕が無いですわ」


 デクスは半分呆れたように胸の下で腕を組み、右に左に駆け回る黒い影を目で追う。

 しばらくそうしていたデクスだったが、折を見てリリィへと声をかけた。


「リリィさん、御苦労さまでした。ここはもう良いですから、隣にある別棟へ向かってください」

「ん? そうか。わかった。蔵書整理か何かか?」


 別棟へ向かうための扉を見つめながら、言葉を紡ぐリリィ。

 その言葉を聞いたデクスは、微笑みながら顔を横に振った。


「いいえ、残念ながら力仕事ではありませんわ。ですが是非、あなたにやってもらいたい仕事ですの」

「???」


 温かな笑みを見せるデクスに少々驚きながら、疑問符を浮かべるリリィ。

 デクスは足元にあった小箱から一冊の本を取り出すと、埃を軽く払ってリリィへと手渡した。


「この本を持っていってください。仕事内容は行けばわかりますわ」

「あ、ああ。わかっ……た?」


 リリィは相変わらず不思議そうな顔をしながら本を受け取り、小首をかしげる。

 デクスはそんなリリィを見つめると、再び柔らかに微笑んだ。

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