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黒の道  作者: ふでくろ
2/2

黒の道(後編)

 呪いとなって祝福を注ぐ天上の神は、闇夜を帳として一度(ひとたび)の眠りへと落ちていた。

 呪いとなろうとも祝福の無い夜は、砂漠の夜は祝福どころか呪いすらない、凍える虚無だった。

 天上は帳に点々と開いた虫食い穴が幾千、幾万、幾星霜。しかしそれを美しいと呼ぶ者はいなかった。

「待ちかねた」

 ひときわ大きく、天上につるりと輝く銀色の杯は、小さなオアシスに横たわる巨頭(・・)を寒々と照らす。

「終わりありし型、継ぎし型、許されし型よ」

 ひび割れた唇は微かに開き、かすれた声を漏らす。

 巨頭はいつか語られた、遠い物語の中心に据える男だった。

 在りし日ならば、その精悍な顔に見合う巨体があっただろう。しかし語り部が自身のみとなった今では、目にすることは叶わない。

 巨頭はゆっくりと瞼を開けると、夜闇を溶かし込んでもなお濃い、黒という黒に染められた男がオアシスの水辺に立っていた。

「黒よ、道の者よ、待ちかねた」


 小さなオアシスは枯れかけていた。

 魚1匹住むこともままならない程に小さく、寄り添うように(ほと)りに生えているのは、酷く幹の細い果樹だけだった。

「私は、1匹の虫だった」

 巨頭は朗々と唄う。かつてのオアシスの様を。巨頭の物語を。

「私は、愛を夜な夜な唄っている1匹の虫だった。ここらを満たすほどの声だった」

 オアシス周辺に茂る草地を思わせる、静かでありながらも力強い唄声が広がる。 

「いつしか、私以外に唄う者が現れた。彼らは姿を見せぬ私をオアシスの主と崇めた」

 瞼を閉じ、かつての情景を思い出すように、小さなヒビを走らせながら大きく口をあけて唄う。

「彼らはこの地に集い、交わり、広がっていった」

 唄声は一際高くなり、オアシスの繁栄を示す。が、声音は転じて静かになる。

「しかし、ここも不変ではなかった。いつしか水は衰えを見せ、彼らは1人、また1人と去っていった」

 それ以上、巨頭は唄うことはなかった。語る意味もなかった。

 そうして幾許(いくばく)かの間があいた後、巨頭は静かに口を開いた。

「どうか受け取って欲しい、この地最後の恵みを、黒の道たる貴方に」

 男はひとつ頷くと、腰にかけていた水筒を沈め、空となった中身を満たした。次に、辺りに生えた果樹を見やる。

 人の手を広げた形をした葉はすっかり枯れ色となり、その葉も残していたのは僅かだった。そしてそれに隠れるように成った果実を3つ見つけることができた。

 皮は薄く、先端に開いた穴からは紫色の果肉が覗く。そこからは豊かな香りが漂い、男は知らず喉を鳴らした。


 くちゅり


 拳よりも小さい果実を皮ごと頬張ると、乾きに乾いた男の口内にはかつてのオアシスの情景が広がる。風、水、香り、なにより巨頭と彼らの唄が広がる。

「確かに、受け取った」

 そうして余すこと無く、3つの果実を腹に収めると、男は唇に残ったわずかな果汁を舐め取りながら答えるのだった。

 男の所作に何よりの満足を覚えた巨頭はヒビを走らせながら、静かに顔を綻ばせた。


■■■


「終わり無き君よ、穢れなき君よ、尊き君よ、13の時と色に連ねし君よ」

 男は冷たく光を反射する黒曜石の杖を掲げる。

「ここに在るは黒、連ならない黒、最後に語られる黒」

 杖はその先端を音もなく、(まばた)きの間も無く、変化させる。腕骨を想起させる形に見合う|もの(手)へと。

「私は願う。私が語られずとも、物語が続くことを」

 巨頭は杖を眺めながら願い、祈るかのようにつぶやきを漏らす。

「終わりありし型、継ぎし型、語りし型の我は聞き遂げた。今一度(ひとたび)眠り、目覚めの日を待たん」

 歪に、禍々しく爪の伸びた五指を鷹のごとく開いた直後、砂漠に横たわる巨頭は、その最後を閉じた。

 オアシスに憑いた物語は、自身を語り部に残った物語は、唄と共に語られた物語は、軽く澄んだ音をたてて砕かれた。

 黒という黒で染められた男はいくつかの欠片を拾い、いつもの黒曜石となった杖を担ぐと、振り返ることもなく枯れたオアシスを離れた。

 ただ残るのは、かつては月と呼ばれた、天上に浮かぶ銀色の杯。

 闇夜にあってひとつの(しるべ)から背を向け、男は寒々とする砂漠を行く。

「あぁ、あの果物は久しぶりにうまかったなぁ」

 口の奥に残った粒を潰し、独り、ぼやくきながら。


 カチコチ、カチコチ、カチコチ。


 男は、己が独り、夜の砂漠を歩く。

 懐で鳴り続ける宝石箱の音を伴に、歪な黒曜石の杖を担ぎ、黒い鎧を纏い、砂の波をかきわける。

 遥か彼方、どこまでも続く砂漠の奥から見える、灼熱の祝福の始まりを見やりながら。



 黒の道  了

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