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第九楽章

(水の精霊、あの的の中心に、壊さない程度で水の弾丸を当ててくれ)

 俺は脳内で起こしたいことをイメージし、そのイメージ通りに『腕を振る』。すると、的の中心にピシャッ、と水の弾丸が当たった。

「……成功、だな」

 俺はそう呟いてほくそえむ。ふっふっふっ! 上手くいったぞ! 魔法を使うのってこんな感覚なのか! すごい気持ちいいな!

 俺は調子に乗って、その後もゲーム等の魔法をイメージして次々と精霊にお願いをして的に攻撃をしていく。イメージを作って、そのイメージ通りに『腕を振って』指示をするのだ。風の刃、火の球、水の剣、土の波……様々な事象を起こしてもらう。あくまで俺が起こしているわけではないのだ。

「……で、その腕の動きは何かね?」

「それって……タクト君が好きなあれ?」

 ウェールズさんは焦らされてウズウズしているように、アリエルさんは何かがわかったように、それぞれ俺に問いかける。

「アリエルさん、ご名答です。俺は『指揮者』なんですよ」

 考えやイメージなどを身振りで指示をする。それはまさしく『指揮者』だ。今の状況だったら、俺が指揮者で精霊は奏者、と言ったところかな。指揮者は音楽を作る、という意味では奏者だが、実際に演奏するのは本当の意味での奏者のみ。今の状況には当てはまるだろう。

 とくに例えるのが楽だったのは威力だ。これは音量に例えれば解決する。他にも、どの精霊が何にやるかは奏者、何をやるかは音程に例えることである程度のカバーは出来た。ただ、こちらは微妙なところなので、あくまでイメージの補助になりそうだ。

 それから、俺は夢中で的当てで遊んだ。後半は障害物を置いてみたりして、中々充実した時間を過ごせたと思う。そんな中、

「……お兄ちゃん! 精霊さんが!」

 バンッ! とドアが思い切り開け放たれた。そこにいたのはミラだった。どこか興奮したような顔をしている。

「ん? どうかしたのか?」

 俺は一旦的当てを中断してミラに振り向く。

「……とっても楽しそうに見える! お兄ちゃんが精霊さんと遊んでいるから?」

 ミラは無表情ではあるが、雰囲気は喜んでいる感じだ。

「あー、確かにそうかもな。こいつらが喜んでくれるなら本望かもな」

 俺はそう言いながらまた『指揮を振って』指示をし、手前にある置物で目視できない的を風の弾丸で撃ち落とす。

「……ミラ、何を言ってるの?」

「精霊が、なんだって?」

「あ……」

「……やっちゃったか」

 俺も、アリエルさんとウェールズさんがこの場にいることを忘れていた。ミラはしまった、という雰囲気を出している。さっきのミラの言葉は、精霊が見えてますってカミングアウトしているようなものだ。

『ご、ごまかすんだ!』

 俺は風の精霊に頼んで、離れているミラにしか聞こえないこしょこしょ話で指示をする。音は空気の振動だから、風の精霊にはこんなことが出来るのだ。

「……そ、その……あ、ごめんなさい。寝ぼけて夢と勘違いしてた」

「いや、嘘だろ」

 ミラのごまかしをあっさりウェールズさんが看破する。あー、そういえば嘘を見破れるんだっけ。ミラはいつもより若干表情豊かに慌てている。

「……ミラの慌てている姿はここ数年見ていなかったわね」

 アリエルさんは別の方向からミラを観察していた。そこを観察するだろうか、普通。この人はどこか周りと価値観がずれている気がするな。


                 ■


『…………』

 ……絶賛家族会議中。精霊という言葉の重要性を感じる出来事だな。この世界での精霊は、地球で言うところの神や仏や天使に近い。しかも存在が確認されていて、娘がそれが見える的なことを言い出したのだ。ある意味、家族会議になるのは当たり前と言えよう。

 ミラ、アリエルさん、ウェールズさん、ヒーラさん、そして何故か俺がこの食堂に集まっている。使用人たちは外だ。

 しかし、ち、沈黙が重い。これは、吹奏楽部内で小競り合いが発生した時のあの空気に似ている。ウェールズさんは表情が読み取れず、アリエルさんは心配そうな、ヒーラさんは不思議そうな表情を作っている。そして、ミラは半泣きで俺を上目づかいで見ている。この食堂の場合、俺の隣に座るのはアリエルさんだ。だが、今回は俺とミラが並んで、その対面にウェールズさん、両サイドに大人女性陣となっている。ちなみに、俺は周りから見れば能面のように無表情になっているだろうが、心の中では焦っている。

「それで……結局のところ、何が真実なんだ?」

 ウェールズさんが無表情のまま俺とミラを見る。

『……ど、どうしよう、お兄ちゃん』

『ウェールズさん相手じゃごまかしが効かないからな……』

 俺とミラは小声で話し合う。当然、周りには聞こえないように風の精霊にお願いしてだ。手はテーブルの下で小さく振っている。

「……分かった。話す」

 若干震えた声で、ミラは話し始めた。

 実際は普通の魔眼ではなくて精霊が見えていたこと、それを隠していた理由は自己保身のため、俺がそれを知った理由である初日の出来事などを話していった。

 ……ミラは、賢すぎる。嘘はついていない。しかし、全て自分が悪い、という風に表現しているが、周りに理由があったのも確かだ。ミラがそれを話せなかった理由は、誰も信じてくれずに勘違いしていたこともあるし、周りに嫌われたり変な目で見られるのを嫌がったからだ。実年齢はどうだか分からないが、見た目年齢からして、日本で言うところの小学生だ。それなのに、家族に気を遣って、こういう時にも家族にも悪い面がある、と言う話は一切しない。あくまで、自分だけが悪い、と。あまりにも、その姿は賢すぎて健気だ。

 とは思うが、俺はあえて口出しはしない。ミラが可哀想だから何回か口を挟もうとは思ったが、これはあくまで家族の問題であり、俺はただの居候だ。口を挟む筋合いなんてない。

『…………』

 ミラが事情を話し終えたとき、アリエルさんとヒーラさんは泣いていた。ウェールズさんは相変わらず無表情ではあるがどこか思案顔、ミラは目に涙を溜めて俯いている。

「『精霊眼』か……」

 突然、ウェールズさんが呟く。その言葉に俺も含めた全員がウェールズさんの方を向く。

「精霊を見る目を持つ者のことだ。なるほどな……」

 ウェールズさんは悲しそうな顔をしてミラを見た。その顔は、娘に辛い思いをさせた、と実感しているだろうと思わせるぐらいには歪んでいる。ミラが話さなかった部分も理解しているのだろう。

「苦労を……かけたな……。全く、何が親だ……。娘の言葉も信じてやれんようじゃあ失格だ。『真実眼』か、意外と不便だな」

 ウェールズさんは懺悔するように独白する。嘘を見破れるがゆえに、幼い頃のミラの言葉を信用してやれなかった。ミラが「精霊が見える」と言っているのが嘘でないとわかっていたからこそ、『勘違い』だと思ったのだろう。

「ごめん……ごめんねっ……。お母さんなのに、ミラの事を理解してあげられなくてっ……」

「ミラ、わたしからも、謝らせて。ごめんっ……」

 女性陣はミラに抱きつき、涙を流して懺悔している。

 もう、ここに俺はいらないな。俺は、この家の人間ではないから。

 俺はすれ違いが起こって『いた』、『愛のある家族』を尻目に、部屋から出た。

「家族、かぁ……」

 扉を閉め、ぼそりと呟く。

「俺も、早く家に帰りたいな」

 この世界に来てまだ二日目。修学旅行とかでは別にホームシックにならなかったが、こうして訳も分からない場所に、帰れる保証もなく身一つで放り出されたのだ。一人立ちしてもおかしくはない年齢だが、ホームシックになるのも仕方がないよな。

 俺は流れてくる涙を袖で拭って、廊下を歩いて行った。

ホームドラマ

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