第四楽章
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俺に貸し与えられた部屋は、客人用の部屋の中で一番ランクが低い部屋だった。そのくせ、ちょっとしたホテルレベルには豪華だったため、俺は大満足している。部屋の本棚の中には色々な本が詰め込まれているので、この中から適当に取り出してこの世界の事を知るとしようかね。
文字は同じ、言語も同じ。ここまでは今までで分かったが、本を読む限りなんとも便利で都合のいい世界だと実感できた。
暦も同じ、長さや速さや時間などの単位も同じなのだ。不幸中の幸い、と言ったところだろうか。
他にもいろいろな事柄が書いてあったため、心の中にメモをする。
「タクト様、ご夕食の時間です」
本を読んでいるうちにもうそんな時間か。ちなみに、この世界にも時計がある。しかも地球と同じもの。ただし、なにやら魔法で動いているらしく、電気とかで動いているわけではなさそうだ。
「はい、今行きます」
俺は身だしなみを整えて、扉を開ける。服は多少ダボダボだが、ウェールズさんのを貸してもらった。いつまでもスーツでは肩がこるし、何よりも暑いからね。
執事に案内されて食堂に着くと、どうやら俺が一番先に着いたようで他の人はまだ来ていなかった。食卓は長テーブルで、清潔で真っ白なテーブルクロスが敷かれている。この世界の貴族は、家族とか身内間だけでの食事の場合はそこまで豪華にしないのだ。とはいえ、俺の感覚からすれば十分豪華だが。
椅子に座ってそんなことを考えているうちに、この家の家族全員が集まった。あらかじめ家族構成だけは聞いておいたので、混乱はない。両親と二人の娘、という家族構成だ。
こんな広い屋敷に四人は無駄だろうと思うが、領主というのは見栄も張らなきゃいけないから大変だそうで、こんな馬鹿でかい屋敷に住まなければならないらしい。
「ん? 貴方がアリエルが拾ってきた子ね。私の名前はヒーラよ。よろしくね」
俺の次に入ってきた30歳ぐらいの女性がそう自己紹介をしてくる。なるほど、アリエルさんのお母さんか。アリエルさんに似た茶髪を後ろで纏めている美人さんだ。はきはきとした話し方をするな。
「…………」
アリエルさん、ウェールズさんと挟んで最後に入ってきたのが、綺麗な、ちょっと癖がある髪をボブカットにしていて、右は紫色、左は青色でオッドアイの十歳ぐらいの女の子。アリエルさんの妹さんだろう。無表情だが、それもあいまってミステリアスで人形のようなかわいらしさがある。白い肌もそのように見える要因の一つだろうか。名前はミラ・マーニエルと言うらしい。
「ふむ、全員そろったか。さて、知っていると思うが、アリエルがまた面白い者を連れてきたんだ。タクト君、自己紹介をお願いしたい」
全員そろった段階で、ウェールズさんが俺に話しを振ってきたため、俺は返事をして立ち上がる。どことなく珍獣っぽく前置きされた気がするが、気にしないでおこう。
「えー、これからしばらく御厄介になります、タクト・コウシマです。よろしくお願いします」
俺はそう簡潔に述べ、頭を下げてから席に着く。事前に細かい自己紹介はいらない、と聞いていたので飛ばした。
「それだけの礼儀作法が備わっていて、苗字があるということは、やっぱりどこかの貴族かしら? でもお話を聞く限り元のお国では平民だったとは聞くし、ウェールズさんが言うなら嘘ではないんでしょうけど……」
俺の様子を見て、ヒーラさんがうんうん唸りながら考え始める。これもあらかじめ聞いていたが、何とウェールズさんは生まれつき、人の嘘を見抜く能力があるとか。いや、あの時に変なこと言わなくて本当に良かった。
ヒーラさんの言っていることについてだが、この世界は礼儀作法を知らない人が多い。貧富の差が激しく、まともな教育を受けられる人は一握りなんだとか。日本の中では、俺も礼儀作法は決して備わっている方ではなかったが、この世界では日本の一般教養レベルでも高く評価される。となると、これぐらいの作法が備わっているならば大体が貴族、というわけだ。
「まぁいいさ。とりあえず、食事にするとしよう」
そう言ってウェールズさんはいつのまにか出されていたスープに口をつける。すると、それを見た他の人がそれぞれの料理に口をつけ始めた。俺も手を合わせていただきます、と呟いてからパンに口をつける。柔らかく、仄かな塩味があって美味しいな。
「そういえばタクト君。お昼の時も食事の前にやっていたけど、それって何かしら?」
俺の方をアリエルさんが見てそう問いかけてきた。他の人は普通に食事を続けてはいるが、気になってはいるようだ。ミラさんですらそんな空気を漂わせている。無表情に見えて、単に俺がいて緊張しているだけ?
「ちょっとした習慣のようなものですよ。食事の前にはこうするのが、俺が出身の国の習わしのようなものですね。子供のころからしつこいぐらいに仕込まれます」
主に小学校で。とは言わない。この世界の学校制度が日本とは大分違うのは知っている。異世界から来ました、と言うのは今後の付き合い的にも困る。まだ正体不明の国から来ました、のほうがマシだろう。嘘はついていないからウェールズさんにもばれまい。
幸い、この世界では食事のマナーは公共の場以外ではそんなに厳しくなく、そのあたりの教養がない俺でも普通に食事が出来た。ウェールズさんなんかは普通に口の中でパンを噛みながら盛んに話しかけてくるほどである。主に俺に何が出来るか、という話だった。何故か俺はアリエルさんの勘違いで力が強いキャラ認定だったため、それは訂正した。謙遜とかそう言うのではなく、実際にそうなのだ。代わりに、音楽は得意なためそれを活かせる仕事があれば、とは言っておいた。指揮者のほかにもピアノも演奏していた。少なくとも下手ではないだろう程度には実力がついているはずだ。多分。
この話をしている間、ずっと視線を感じていた。さりげなく見回すと、どうもミラさんが視線の主らしい。ためしに笑いかけてみると目をそらされたが、また視線を移すと向こうから視線が来る。ふむ、興味を持たれたのかな?
時間が経ち、まずはミラさんが席を立った。身内間での食事なら、終わり次第それぞれが勝手に退席してもいいのだ。
「どうやら、ミラに興味を持たれたようだな」
ウェールズさんが俺に向かってそんなことを言ってくる。
「そうね。ミラがあんなに興味を持つ相手を見るのは初めてね」
ヒーラさんも頬に手を当ててそう言っている。心なしか、嬉しそうだ。
「ミラはちょっと無愛想だけど、とてもいい子だからよくしてあげてね?」
アリエルさんも俺にそう言ってくる。
「え、えーと……仲良くさせていただくのは吝かではないんですが、よろしければご事情を聞かせていただいても?」
必死に敬語をふりしぼりながら問いかける。今までも結構頑張ってきたが、付け焼刃の知識だからボロが出てるんだろうなぁ。
「あの子、生まれつき右目に異常を持っちゃって……。『魔眼』って言うんだけどね。魔力がとても見えちゃう子なの」
おいたわしや、といった雰囲気でアリエルさんがそう説明してくれるが、俺にはピンとこない。魔眼と聞いたらむしろカッコイイ感じがするけどな。
「ミラはオッドアイだっただろう? それが魔眼の証拠なんだ。ピンと来ていないようだから説明するが、この世の万物には魔力が籠っている。それが異常に見えてしまう病気なんだ。原因、治療法は不明でな。幸い、あの子のは軽いものだったからこうして生活できているが、私たちの失敗で、感情が表に出なくなってしまったんだ」
ウェールズさんは悲痛な表情で話す。どうやら、真面目な話のようだ。
「色々な医者や魔法使いの元に連れまわしちゃったのが原因でね。私たちの事は嫌ってはいないみたいだけど……」
ヒーラさんもそんな表情をしている。
うーむ、これはまたヘビーな話だ。決して、ウェールズさんやヒーラさんが悪いとは言えない。何が悪いかと聞かれれば『運』が悪かった、としか言いようがあるまい。
「そう言った事情が……。分かりました。ミラさんに嫌われなければ、仲良くしてみます。あ、義務感とかそう言った感情で人付き合いをするのは苦手なので、もしかしたら失礼にあたることをしてしまうかもしれません。その時はどうか、お許しください」
ぎこちなく敬語を並べるが、その言葉は本心だ。しかし、敬語ってやっぱり難しいな。
「ふむ、そう言ってくれると助かるよ。風呂については執事が呼んでくれるはずだから、その時に入ってくれ。それまでは部屋でゆっくり過ごすといい」
ウェールズさんはそう言って立ち上がり、部屋を出ていく。俺も自室に戻ることにして、一礼してから部屋を出る。道には迷いそうだが、どうやら俺に一人、専属の執事をつけてくれるらしいので、その人についていくだけで良かった。
お礼を言ってから部屋に入り、ベッドに腰掛けて息を抜く。
「疲れた……。敬語はめちゃんこ辛い……」
正直肩がこった。あの人たちは全員いい人で、敬語で話さなくても気にしなさそうな人だ。ただ、やはり俺は所詮居候だ。礼を欠いてはいけない。
「ミラさん、ねぇ……」
複雑な事情を抱えているようだな。願わくば、それをあんな幼い子供から少しでも取っ払えればいいんだけどな。
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「ね? 不思議な子でしょ?」
拓斗とウェールズが去った食堂で、アリエルは自分の母にそう確認の意味で問いかける。
「あんたが拾ってくる子って不思議な子ばかりよね。ミラに興味を持たれるなんて相当凄いことよ」
ヒーラはグラスの中にあるワインを一口飲んで、小さく溜息を吐く。
ミラは、その複雑な事情によって、家族とごく一部の使用人にしか自分から話しかける、という事をしない。話しかけられれば答えるが、声は平坦だし表情も冷たい。そのせいで、同世代の友達もいない。また、家族とかとも自分からはあまり話しかけないのだ。基本的にいつも自分の部屋で読書をしているか勉強をしている。
「もしかしたら、彼はミラの救いになるかもしれないわね」
おっとりとした声で、アリエルは呟いた。