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第三楽章

追記・誤字修正しました

 食事の場所に選んだのはレストランだ。ファミリーレストランよりは多少上品というか高貴だが、別にそこまで萎縮するほどの場所でもない。テーブルには白いテーブルクロスが敷いてあり、内装が上品、という程度だ。そこで、俺はグラタン、アリエルさんはパスタを頼んで、その料理が来るまでの間に事のあらましを説明した。

 湊中学校に通っていて、市民館で演奏を終えて、控室で倒れたらいつのまにかあそこにいた。ここがどこなのかも分からず、どうしているのかも分からない。

 俺の説明は、自分でも支離滅裂だとは思うが、アリエルさんは一生懸命聞いてくれた。

 国の名前、地域の名前等を後から聞かれたから答えたものの、

「ニホン……ねぇ。ごめんなさい、聞いたことがないわ」

 国の名前すら聞いたことないらしい。日本は、俺の主観ではそこそこ有名な国なはずだ。ちなみに、ここの国の名前は『パーカシス王国』と言うらしい。聞いたこともないし、王国というのもほとんど聞かない。

 西洋風、領主という言葉、獣耳や尻尾をつけた人、お互いに聞いたことがない国の名前……。

 こんなシチュエーションは、小説で読んだことがある。主人公が、なんらかの拍子に『異世界』に行く物語だ。

(もしかして……ここは異世界か?)

 俺は黙り込んで、頭を抱えながら心の中でその疑問を呟く。これで魔法や魔物なんて言うのがいれば完璧だな。はははは……。

「あ、あの……大丈夫? 不安だと思うけど、わたしを頼ってくれてもいいのよ?」

 アリエルさんは俺の行動を見て、心配そうに声をかけてくる。

「一応確認しますね。魔法とか、魔物って言葉は聞いたことがありますか? というか、見たことがありますか?」

 俺は一種の作業のように、この質問をする。これで、『ある』と答えが返ってきたら、もう認めざるを得ないな。

「え、ええ、あるわよ。街から出れば魔物は沢山いるし、魔法は色々なところで役立っているわよ」

 俺の質問を疑問に思いながらも、アリエルさんはそう答えた。

「か、確定だ……」

 俺は頭を抱えて落ち込んでしまう。異世界、異世界かぁ。日本でやり残したことは沢山あるんだけどなぁ……。ははは、これでも言語と文字がある程度共通なだけましかな? 言語は日本語が普通に通じるし、字も日本語だ。ただ、人の名前は全員西洋風なせいか漢字を使う習慣は無いようだ。

 俺が落ち込んでいる間に、二人分の料理が来た。ああ、とりあえず腹に食事を入れよう。

「いただきます……」

 俺は顔を起こし、スプーンでグラタンを口に運ぶ、かなり熱いが、今の俺にはちょうどいい。何か物理的な刺激が欲しかったところだ。味は普通のグラタンだ。ベーコンがいい味している。

 俺はショックで、アリエルさんは多分俺に気を遣って、それぞれ無言で食事を進めていく。俺は少し早く食べ終わり、アリエルさんを待つ形となる。その間、俺はぐるぐると考え事をしていた。この後の暮らしはどうしよう、身分はどうしよう、日本に帰れるだろうか、仮に帰ったとしてどういった扱いになるだろうか、魔物がいると言う事は危険ではないだろうか……様々な問題が挙がるが、どれ一つとして解決できない。

「あ、あの……お話を聞いた限りだと、持ち合わせも、暮らす場所も無いのよね?」

 そんな俺の様子を見かねてか、アリエルさんが俺に声をかけてくる。俺は失礼ながらも、黙って頷く。

「だったらうちに泊まっていかない? 住む場所も無いんじゃあ、ちょっと苦しいよ?」

 アリエルさんが優しい笑顔で、そんな提案をしてきた。

(……女神?)

 その姿は、俺にはまさしく女神に見えた。その姿から後光まで差しているように見える。

「お、お願いします!」

 俺は一も二もなく頷いた。冷静になって考えれば、これが危ないことだと分かるだろうが、どちらにしても危ないんだ。ならば、まだ助かる可能性がありそうな提案を受けるまでだ。


                 ■


 目の前には、清潔感漂う、豪華で真っ白な屋敷。とても綺麗で、その一方、決して下品ではない。その手前には様々な草花がある庭園がある。真ん中には綺麗な噴水があり、草花のアーチや花壇などの、自然の美を活かした庭だ。

「す、すげぇ……」

 アリエルさんに案内されて来た場所はここだ。家に案内すると言われたからついてきてみれば、ここである。

「うふふ、わたしは一応、領主の娘だからね。ここら一帯を治めているのよ」

 俺の反応を見て、上品に笑いながらそう説明をしてくれる。まさにお嬢様、というわけだ。

「うーん、それにしても、居候になるのかぁ……。何か、お手伝いできることがあったら遠慮なく言ってくださいね」

 俺は居候という身分に申し訳なさがあったため、アリエルさんにそう言った。

「確かに、さっきの泥棒を捕らえた時の様子を見ると力はとても強そうね。期待しているわ」

 俺の言葉にアリエルさんはそう答える。いや、さっきのひったくりが弱すぎただけだ。そんな会話をしているうちに中から二人の執事が出てきて、俺に品定めするような視線を向けてくる。

「この人はコウシマ君っていうの。しばらく、ここで一緒に暮らすから、お部屋に案内してあげて」

 アリエルさんが俺を紹介してくれる。

「コウ……タクト・コウシマです。身分の証明も出来ない身ではございますが、しばらく御厄介になります」

 俺は頭を深々と下げて挨拶をする。一瞬、普通に名乗りそうになったが、西洋風に合わせて名前を先に持ってきた。

「あら? なんだ、コウシマが名前じゃなくて苗字だったのね! じゃあタクト君かしら」

 アリエルさんはそんな無邪気な反応をするが、執事二人は俺に懐疑的な目を向けてくる。

「失礼ですが、苗字をお持ちですか。よろしければ、ご説明願いますかな?」

 片方の執事が俺にそう問いかけてくる。……いろいろ突っ込みどころはあるだろうに、何故だか『苗字を持っていること』に突っ込んできた。

「……苗字を持っているのが普通じゃないんですか? ……あー、少なくとも俺が住んでいた国はそうでした」

 俺の最初の疑問で二人の目が、俺が泣きそうになるぐらい鋭くなったので即座に説明をする。すると、どこか驚いたような目を俺に向けてきた。

「タクト君、この世界では……少なくともわたしが知っている国では、苗字を持つのは貴族の家柄だけよ」

 アリエルさんが俺に説明をしてくれた。

「あー、そうなんですか。だからお二人が……。すみません、不勉強が故に紛らわしい真似をしてしまって」

 俺はすぐに二人に謝る。

「……アリエル様が連れてくる御仁は変わり者ばかりですな」

「前回は熱血漢と元気な娘でしたな」

 二人は首を横にやれやれ、といった具合に振ってそう呟いた。仮にもお嬢様本人の前だが、その当の本人がまったく気にしていなかった。……俺が変わり者、と言われているのはこの際スルーだ。日本では音楽に傾いているだけの普通の人間だったが、文化と場所が変われば普通の基準も変わるのだ。仕方はあるまい。

「では、お二人ともご案内します」

「一応、ご主人様にご連絡をなさいませんと」

「あらあら、そうだったわね。タクト君、ちょっとわたしのお父さんと会ってもらうわね。大丈夫、嘘をつかなければ見た目と違っていい人よ」

「そ、そうですか」

 そんな会話を交わし、俺たちは中へと入っていった。


                 ■


 おのぼりさん。そんな言葉を聞いたことがあるだろうか。はじめて地方から都会に出てきた人を皮肉る言葉で、その不名誉な呼ばれ方をされる基準の一つとして『まわりのものが珍しく、つねにきょろきょろしている』、というのがある。

 今の俺はまさにそんな感じだ。絵画、柱、壁、絨毯、花瓶……色々なものが芸術的なのだ。音楽という芸術に触れているおかげで、ある程度の美術的価値観も分かる俺は、廊下の一区画をとっても感嘆せざるを得ない。白を基調としたデザインがなされていて、軒並みな表現ではあるが、『上品』なのだ。そして何よりも『美しい』のである。あの飾り付けがほんのちょっとでもずれたら、ここまでの感動は無いだろう。それほどまでに、ここの装飾やデザインはセンスがいい。

「こちらにご主人様がいらっしゃいます。どうぞ、中へ」

 執事の片方がそう言って、俺とアリエルさんを促した。アリエルさんの目は、何故か少し鋭い。

「帰ったか、アリエル。何か用があるらしいから、聞こうじゃないか」

 部屋の奥にいたのは、立派な机の向こうでこれまた立派な椅子に座っているイケメンだった。見た目は40歳ぐらいでダンディーな髭を生やしている。髪の毛は赤茶色といったところか。服に隠れてはいるが、筋肉も結構ついている。

 アリエルさんは、あの人を非難するような鋭い目を向けている。

「お父さん……初対面の人にそれをやるのはダメって言ってるでしょ」

 しかも言葉も鋭い。それにしても、俺は何かをやられているのだろうか。何も感じない。しいて言えば、ちょっと体に圧迫感がある程度だろうか。意識しなければどうという事も無いが。

「ふ、ふふふ、はははははっ! アリエル、その少年の事をよく見ろ! お前が連れてくる者は一癖も二癖もあるようだな!」

 アリエルさんの言葉に、アリエルさんのお父さんらしい人は快活に笑って見せる。アリエルさんがそれを睨んで、俺に目を向けると、何故か驚いたような顔をした。

「……俺が何か?」

 変顔か何かしているだろうか。

「……えっと、タクト君。何か、体が圧されて逃げ出したくなるような圧迫感は感じない?」

 おずおずと、アリエルさんが質問してくる。

「は、はい。ですが、意識しなければどうと言う事はない程度です」

 俺は訳が分からないながらもそう答える。すると、アリエルさんはため息を吐き、そのお父さんは大爆笑し始めた。俺だけが訳も分からずおろおろしている。

「くくくっ。タクト君だったかな? 君は何が起きているか分からないようだから説明してあげよう。私は、君を脅したのだよ」

 と目の端に涙を浮かべながら笑うアリエルのお父さん。

「普通の者なら立つことすら出来ないのに……君は面白そうだ。よっぽど魔力への耐性が高いんだな」

 そう言うと、満足げに背もたれに体を預けた。

 魔力、か……。オーラで相手を威圧する感じだろうか。魔力という言葉だけでは分からないな。

「お父さん、彼は魔法の存在は知っていても魔力とかそう言ったものは分からないわ。タクト君、魔力っていうのは、そうねぇ……オーラみたいなものかしら。お父さんは魔力量がとても多いから、それを放出するだけで相手は腰が抜けちゃうんだけど……タクト君は大丈夫そうなのよねぇ」

 アリエルさんからざっくりと説明が入る。なるほどね。武術の達人みたいな感じか。……いや、簡単には受け入れられないけどさ。もう、何だか衝撃に慣れてきた。

「では余興は置いといて自己紹介をしよう。私の名前はウェールズ・マニエールだ。ここら一帯の領主を務めている伯爵だよ。ふむ、娘が拾ってきたからには何か事情がありそうだな。良ければ話してくれ」

 アリエルさんのお父さん改めウェールズさんは、そこまで一気に言い切る。マイペースな人だなぁ。

 俺は今に至るまでのことを説明していく。異世界云々は伏せた。そんなこと言ったらただの変人扱いされるのがオチだ。

「ふむ、なるほど。中々難儀な状態のようだな。話はざっと聞いているから、君にはいろいろ手伝ってもらうとしようかね。とりあえず、今日はゆっくり休みなさい。しばらくの間、ここで泊まればいいし食事もしていくといい。さっきも言った通り、何かの手伝いはして貰うから恩義は感じなくていいぞ」

 またそこまで一気に言い切ると、席を立って部屋を出ようとした。アリエルさんがどこに行くのか問いかけると、「便所」、とだけ返して飄々と部屋から出て行った。

「……悪い人ではないのよ? ちょっとマイペースなだけ。う、うん、ちょっとよ、ちょっと」

 アリエルさんは俺にそうフォローを入れるが、どことなく自分に言い聞かせている様子があった。

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