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番外編・アリエルさんは男運がない

まさかの番外編投稿。

以前から要望がちらほらあったアリエルさんのプチパラレルワールド物語です。本編の雰囲気を壊している恐れがありますので、読むときは相応の覚悟を持って無心でお読みください。

 アリエルさんは、いわゆるお嬢様だ。

 そこそこ豊かな土地の、優秀な領主の娘であり、当然育ちもいい。さらに、性格もかなりいい。

 それでいて、さらに美人だと言うから、権力目当て然り、体目当て然り、はたまた本気で惚れた然り……貴族の定めともいうべきか、『お見合い』の申し込みが非常に多いのだ。

 名だたる領主や権力者、はたまたその子息、有力な商人や、有名な冒険者。目的はそれぞれあれど、お見合いを申し込んでくる人はかなり多い。

 それなのに、現在アリエルさんには、夫がいない。それどころか、許婚もいなければ婚約者もいない、さらには恋人などもいないのだ。

 それはなぜなのか。

 その理由は色々あるが……大きな部分を占めるものとしては、マーニエル家が他の貴族とは考え方が違う、ということだろう。

 大体の貴族は、権力や対面、財力やコネのために、恋愛結婚に及ぶことはほとんどない。

 ただ、マーニエル家は代々、『恋愛結婚』を信条とする家計なのだ。

 ウェールズさんとヒーラさんも、熱い冒険者時代の共闘によって結ばれ、結婚。その上、つまり、ミラやアリエルさんの祖父母に当たる人たちも、従軍時代の熱い出会いによって結婚した。

 日本人の感覚からすれば理解できないが……この世界の貴族は、むしろ恋愛結婚の方が難しい。

 なんせ、貴族のお坊ちゃま、お嬢様方は見た目がいい異性などたくさん見てきているだろうから、見た目で勝負するのは当然難しい。ならば性格や人当たりか。否、貴族の子供は、騙されないよう、基本的に親から人間不信寄りになるような教育を受けているため、いい性格や人当たりと言っても、どうしても裏を疑う。

 そんな結果、この世界では貴族の恋愛結婚はほとんどないと言っても過言ではない。

 そんな中、それを信条とするマーニエル家の長女アリエルさんが、成人が十五歳のこの世界で、微妙に結婚適齢期を過ぎても恋人の『こ』の字も出ないのは、ある意味必然だ。

 そして、アリエルさんにはもう一つ、この方面に関してはとてつもないハンデがある。


 そう、アリエルさんには――――『男運がない』のだ。

 

 その最たる例としては、ウィクトール家の長男とのお見合い。

 同じ地域の貴族、それの長子同士、ある意味必然ともいえるお見合いだ。

 しかし、この長男、大変な困ったちゃんであった。


                 ■


 まず入室早々アリエルさんに色目を使い、体中――――特に胸をいやらしく舐めまわすように見る。

 この段階でもうご破談になることが決定した。

 そしてその後のお話。ひたすら自慢話。とにかく自慢話。しかも親の自慢ばかりで本人が功績をたてていないのがバレバレ。

 この段階で、同席していたウェールズさんとヒーラさんは額に青筋を浮かべていた。

 そしてそんな風にストレスが溜まっていく中、ついに相手はとんでもない暴挙に出た。

 そう……さりげなく、あの男の理想郷……『胸』に触ろうとしてきたのだ。

 これでついにあの二人がキレた。

 激おこぷんぷん丸なんて生易しいものではなかったらしい。

 げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム 、つまりマジギレ。最後のドリームは悪夢だろう。

 相手のウィクトール家長男は襤褸雑巾、一般市民からは生ごみや粗大ごみを見る様な扱い、家の評判も悪化……と、とてもゆか……じゃなくて大変なことになったのだ。


                 ■


「っていうわけなのよ!」

 小さなテーブルを挟んだ対面、おっとり美人のアリエルさんが、頬をふくらましながらそのように愚痴ってきた。

 今日の出で立ちは、清楚な白いワンピース。初夏の今には目に涼しい服装だ。ほっそりと、それでいて柔らかそうな白い手が伸び、胸の部分が下品にならないレベルで強調されている。よそ行きの一品だ。だが、かぶっている麦わら帽子が親近感を感じさせ、より魅力的に見える。

 今、俺たちは街中にあるレストランの一階テラス席にて昼食を食べている。「偶には外にご一緒どう?」とアリエルさんに誘われ、断る理由も無いのでその誘いに乗ったのだ。ミラは勉強があるため残念ながら在宅中だ。

 そうして、レストランで二人きりで昼食を食べている最中、そんな風に、俺がこの世界に来る前の愚痴を聞いたのだ。

「ははぁ、それは大変でしたねぇ」

 俺は呑気にそう返し、アイスコーヒーに口をつける。

 アリエルさんの話の内容が思いのほか酷く、途中から変な考察をしてしまったな。

「そうなのよ、他にもいろいろと大変な人はいたけど、あの人は最悪だったわね」

 あまり他人に嫌悪感を示さないアリエルさんがここまで言うならば相当だろう。実際、そりゃないわと礼儀作法に疎い俺でも分かるレベルだ。常識がなってないな。

「ところで、この後はどうします?」

 俺はこの酷い話題を変えるべく、気になっていたことを問いかける。

 というのも、アリエルさんの荷物が、ちょっと外食に行く程度にしては大きすぎるのだ。そう……まるでこの後に買い物でも行くかのような。

「そうなのよ。ちょっと色々買いに行こうと思っててね。タクト君は先に帰っていてね」

 アリエルさんは、先ほどまでの不機嫌(ただしあまり怖くない)モードから一転、穏やかな笑顔でそう返してくる。

「何なら手伝いますよ?」

 俺はそう言うと、もう一口アイスコーヒーを飲む。

「あら? じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。じゃあ今日一日、ちょっとしたデートね、タクト君」

 アリエルさんは嬉しそうに笑うと、最後にいたずらっぽくウインクしながら、そう言ってきた。


                 ■


 まず最初に向かったのは布の専門店……それも高級店だった。

「アリエルさんは自分で洋服まで作るなんて凄いですね」

 そう、アリエルさんは家事もこなす。裁縫、料理、掃除、その他もろもろなんでもござれなのだ。ウェールズさん曰く、「どこに嫁に出しても恥ずかしくないぞ。王族にだって出しても問題ないレベル」だそうだ。確かに、対面を装うだけの仮面お嬢様(ウェールズさん談)よりは全然いいだろう。

「このレースが――――」

「この糸がですね――――」

「となるとこの刺繍は――――」

 アリエルさんと店員さんが、俺には分からない専門用語を交えて話し合っている。案の定、俺は蚊帳の外。

 仕方なく、俺は展示されている布を見て回る。生憎、俺は布の良し悪しなんて分からないので、綺麗だなぁ、とかこんな細かくどうやって織るんだろう、ぐらいしか分からない。しかも高級なため触るのが怖く、手触りも確かめられない。いけない、暇だ。

「タクトくーん、ちょっと見てくれるかしら」

 そう思った時、天の助けのように、アリエルさんから声をかけられた。

「はいはい只今……おお……」

 俺は振り返り、アリエルさんの方を見る。

「うふふ、どうかしら」

 アリエルさんは、先ほど話題に上がっていた布の一種で作られたワンピースを着ていた。少し恥ずかしげに頬を染めながら、こちらに感想を聞いてくる。

「す、すごく綺麗です。さすがお嬢様、と言ったところですね」

 俺は陳腐な褒め言葉を言うが、紛れも無い感想だ。

 若草色のロングワンピースは、先ほどまでアリエルさんが着ていた白いワンピースとタイプが同じものだ。上品なレースが彩る袖から白くてほっそりした腕が袖から伸び、アリエルさんの穏やかさを表現する。スカート部分は清楚なロングでありながら、魅力を一切消さず、それどころか上品さを感じさせ、より魅力的に見える。さらに、胸元に施された黄色く可愛らしい花の刺繍によるワンポイントで、単色のワンピースを彩る。

 音楽に関しては褒め言葉の語彙は自身があるが、生憎女性の服装を褒めるには、俺の語彙はあまりにも少ない。感想を一言で表すとしたら「すごく綺麗」になるのは、情けないながら必然と言えるだろう。

「あら、そう? うふふ、褒めてくれてありがとね」

 アリエルさんは頬を染め、口元に手を持ってきてクスリ、と笑った。その花が開くような笑顔は、その場にいた男性をほぼ全員陥落させた。……俺はギリギリで耐えた。ミラの笑顔を見慣れているからだろうか。

「そうねぇ、この生地は中々いいみたいだし、生地とレース、それに刺繍の材料も買うわ」

 アリエルさんはさきほど話し合っていた女性店員にそう注文する。

「お買い上げいただき、ありがとうございます」

 女性店員は頬を思い切り染めながら、深々とお辞儀をした。


                 ■


「うふふ、いい買い物をしたわ」

 アリエルさんは上機嫌で俺の横に並び、軽やかな足取りで歩いていた。道行く人々……特に男性が振り向くのは華麗にスルーしている。服はまた白いワンピースだ。

「それは良かったですね。次はどちらに行きますか?」

 俺はアリエルさんが買ったものが入った袋を持ちつつ問いかける。

「そうねぇ、じゃあ次は――――」


                 ■


 その後、アクセサリーショップ、美味しいお菓子を出す店、本屋など、様々な店に寄った。アリエルさんは終始上機嫌で、目が合うたびに心臓が跳ね上がるほどの魅力的な笑顔を向けてくれた。

「――――♪」

 アリエルさんはにこにこ笑顔で鼻歌を歌いながら、俺の『左腕を取って』歩いている。つまり、腕を組んでいるのだ。恋人同士のように。

 左腕に感じる柔らかくて暖かい感触は、確実に女性の身体的特徴の一つだ。そう、ウィクトール家長男が狙った結果、世間体とプライドと身体を犠牲にしても触れることが許されなかった、男の理想郷、『胸』である。

「今日は楽しかったね、タクト君!」

 アリエルさんが俺の顔を見上げてきて、笑顔でそう言ってきた。

「ええ、俺も楽しかったです。また機会があれば一緒に出掛けたいですね」

 俺も、半分は動揺している内心を悟られないように、半分は本気の感想を笑顔で返す。

「うふふ、良かった」

 アリエルさんは子供のようにはしゃいでいる。

 風になびく綺麗なロングの茶髪、ほっそりとした手足、白いワンピースに麦わら帽子、そしてこの笑顔……まるで、風がそよぐ初夏の高原に来て喜んでいるお嬢様のようだ。実際にお嬢様だし、この表現は中々適切だろう。

 そんな状態で、道行く人々の嫉妬と羨望と驚愕の視線を乗り越え、マーニエル邸の門の前に着く。男性が睨んでくるのはいいが、女性が『嫉妬と羨望』を込めて睨んでくることに驚きを禁じ得ない。

「今日はありがとね、タクト君」

 アリエルさんは俺の横から軽やかに離れ、満面の笑みで俺の前に出てくる。

「いえ、俺も楽しかったですから」

 先ほどやったのと同じようなやり取りをする。

「そう……じゃあタクト君、お礼がしたいから、ちょっと屈んでくれる?」

 アリエルさんが微笑みながら、俺にそう言った。

「は、はい……?」

 俺は疑問に思いながらも、膝を折って屈む。丁度、アリエルさんの顔の正面に、俺の顔が来る感じだ。

「今日はありがとね♪」

 アリエルさんはそう言うと、少し背伸びをして……


 俺の額にキスをした。


 時間で言ったら一瞬。だが、額に感じる湿っぽさと柔らかさ、そしてわずかな温かさとアリエルさんの行動は……

「え?」

 俺を混乱させるのに十分だった。口を半開きにし、目を丸くして固まっている俺の姿はさぞ滑稽だろう。

「ふふふ、それじゃあ、お夕飯の席でまた、ね?」

 アリエルさんは、少女のようにいたずらっぽく笑うと、軽やかな足取りで門を開け、屋敷へと入っていった。


 若干照れくさそうに、頬を染めて。


                 ■


 拓斗と別れた後のアリエルは、自室にて一日の思い出に浸っていた。

(タクト君は……裏表がない性格だわね)

 振り返るのは、拓斗の行動の一つ一つ。

 さりげなく荷物を受け取り、さりげなく人混みから守り、さりげなく良い品を選んでくれる。

 その一つ一つが純然たる優しさと気遣い、そして尊敬からくるものだと、貴族のお嬢様特有の人を見る力でアリエルは分かったのだ。

 今まで出会って生きた男のように、打算や媚、自慢やプライドなどが一切感じられないそんな行動に、アリエルは少なからぬ好感を覚えた。

(礼儀作法もある程度できているし、教育も高等なものを受けて来ている様子だし……今まで会って来た男性の中でも、一番の人ね)

 アリエルはそう心の中で呟くと、先ほどまでの自信の行動を思い出し、わずかに頬を染める。

(ちょっと大胆だったかしら? 腕を組んで、一緒に歩いて……最後はおでことはいえ、キスまでしちゃって)

 やっぱり、タクト君は魅力的ね、とその部分だけ口にだし、さらに頬を染める。

(だけど……)

 アリエルはそう心の中で再度呟く。思い出すのは、妹であるミラの事。

(あの子は絶対、タクト君のことが大好きよね。確か……初恋だったかしら? ……可愛い妹の初恋を横から奪うなんて、わたしには出来ないわ。それに……タクト君も、ミラに少なからぬ好感を抱いているようなのよね……)

 そう確認すると、アリエルははぁ、と色っぽく、熱っぽいため息を漏らす。

(わたしの恋は、ここで終りね……。……まぁ、いいわ。ある程度は覚悟していたもの)

 アリエルはそう自分に言い聞かせ、椅子から立ち上がる。


(だって、わたしには『男運がないんだもの』)

こんどこそこれで完結です。生存報告がてらに。

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