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第二十五楽章

 雄大なマーチが終わった。

 俺の合図とともに音は止み、一瞬の余韻と静寂を作る。それらを十分に堪能したのち、俺はゆっくりと振り返ってお辞儀をした。すると、万雷の拍手と歓声が鳴り響いた。

『ありがとうございました。本日は、俺が行う演奏会に来てくださってありがとうございます』

 俺は風の精霊の力で、自分の声を大きくして、観客たちに届ける。

 俺が今立っているのは、ステージの上だ。シンベラの街の一角にある大きなホールを、ウェールズさんのコネで借りているのだ。

 ちなみに、今の俺の格好はこの世界に来た時と同じ、指揮者用のスーツだ。

「いよっ! 『精霊楽団の指揮者エレメンタル・コンドゥクター』!」

「素晴らしい演奏よ! 『精霊楽団の指揮者エレメンタル・コンドゥクター』!」

 俺が、始めの曲を演奏し終えてから挨拶をすると、観客たちから声援が飛んでくる。

 『精霊楽団の指揮者エレメンタル・コンドゥクター』、と言うのは、俺につけられた二つ名だ。この世界では、大きな功績を立てた人にはこうして二つ名をつけるのが伝統らしい。俺が引きこもっているうちにこんな大仰な二つ名をつけられ、広まったのだ。

 指揮者として、精霊に指示をして戦う。精霊という奏者たちが集まっていて、俺はそれを指揮しているのだ。つまり『精霊楽団』の『指揮者』が俺だから、こういった二つ名がついた。

 上手いとは思うが、微妙に恥ずかしいな。その一方で、俺自身が指揮者でもあるため、そのあたりとリンクをしているため、かなり嬉しく、誇らしかったりする。

 この演奏会は、精霊と俺の演奏会だ。

 風の精霊が管楽器のように風を操作して音を奏でる。土の精霊が器を作り、その中に水の精霊が適量の水を入れて音程調節をして、グラスハープのように擬似的な鍵盤を作る。火の精霊も温度によって器を膨張させたりして音程を調節する。それらは、すべて俺の指揮によって行われるのだ。

 一曲目の演奏は、雄大なマーチ。何のアナウンスも入れず、いきなり始めた。

 俺は、あれから数日たち、ある計画の一環として、こうして演奏会を開いていた。協力者はマーニエル家のみなさんやギルドマスターなどだ。俺を抱きこもうとする権力者やその他もろもろには、「演奏に集中したいため、演奏会が終わってから話し合いたい」、との旨を告げている。自分で言うのも何だが、俺の力は強大らしく、皆素直に従ってくれた。なんだかんだ言って理解があるのだろう。

 無礼だとかなんとかごねたのはウィクトール家ぐらいだ。その後にアッシュが謝りに来たりしたのも、ウィクトール家に悪印象を抱く大きな一因となった。

『さて、続いての曲は皆さまお馴染みの曲です。ゲストをお招きしていますので、その歌声に聴きほれてください!』

 そういって、俺は舞台袖を手で示した。万雷の拍手と共に、そこから一人の歌姫が出てくる。

 艶やかな黒髪をツインテールに結び、白磁のようになめらかで白い肌を持つ、きれいなオッドアイの少女。

「来ました! 『精霊の歌姫(プリンセス)』!」

「可愛いわよ! 『精霊の歌姫(プリンセス)』!」

 『精霊の歌姫(プリンセス)』と呼ばれて出てきた少女は、ドレスで着飾ったミラだ。火属性魔法と色つきガラスでつくられたスポットライトに当てられ、その瞳を輝かせながら、ゆっくりと入場してくる。

 『精霊の歌姫(プリンセス)』は、ミラにつけられた二つ名だ。あの時のミラの歌を称えてつけられた。この二つ名を知ったミラは顔を真っ赤して俯いてプルプル震えていたのを覚えている。確かに、漢字にカタカナのルビ、というセンスはちょっと恥ずかしいよな。俺も同じようなのをつけられているからその気持ちはよくわかる。

 俺は指揮台から下りて、ステージの上に置かれているピアノを準備する。

 ホールが、しん、と静まり返った。俺とミラは無言で目を合わせ、頷きあう。

 そして、

「――――――」

 ピアノ伴奏に合わせて、ミラが朗々と歌いだした。孤児院で歌い、変異種との戦闘でも歌った、この国のメジャーな歌。穏やかな曲調となじみやすいメロディーが特徴だ。

「――――、――――――。――――」

 ホールの中に、ミラのソプラノが響き渡る。テンポを自由に揺らしながらも、決して伴奏からは、その歌はずれない。とはいっても、俺が合わせているだけだが。

「――、――――、――――――」

 ミラは胸に手を当て、一つ一つの音を噛み締めるように歌う。黒いドレスのスカートの裾が揺れ、そのミステリアスさと可憐さに花を添える。

「――――――――……」

 そしてついに、その歌は終わった。余韻と静寂という、ある意味では終わる前に奏でる最後の音をじっくり噛み締めると、俺は立ちあがって正面を向き、ミラと合わせて礼をする。

 それと共に、拍手が沸き起こった。どうやら感動してくれたようで、すすり泣きが聞こえる。特等席にいるウェールズさんやアリエルさん、ヒーラさんなんかは号泣してしまっている。

 ここでいったんミラは退場し、俺は再びピアノの前に座る。

 そして、俺の動きと共に奏でられる。馴染みやすくて明るいメロディー。これも、孤児院で演奏した『きらきら星変奏曲』だ。星の輝きを、様々な演奏で、かわるがわる表現する名曲。

 俺は速いパッセージを弾きながら、頭の中で今回の計画を思い出していた。

 まず今回の演奏会の趣旨。一つ目は、こうして皆を元気づける事。二つ目は、この時間に俺の『アリバイ』を作る事。

 今回、舞台裏には俺とミラ以外の人間は立ち入り禁止にしている。裏での無粋なあれこれを避けるためだ。舞台裏の各出入り口には、マーニエル家の使用人が警備としてついている。

 クレッシェンドからの最高潮の音で演奏を終え、俺は立ちあがって観客に礼をした。

 拍手と歓声の中、俺はミラとは逆の方向の舞台袖へと退場する。

 俺が退場してもなお、鳴りやまない拍手と歓声。それらは次第に、一定のリズムを刻み始めた。


『アンコール! アンコール!』


 観客たちが、アンコールをする。その心地よさを肌と心で感じながら、俺とミラは、舞台を挟んで頷きあうと、歩んで、近づいていく。


 つまり、舞台の上へと再度上がったのだ。


 その瞬間、拍手と歓声は最高潮となり、俺とミラを出迎える。

 俺とミラは目を合わせて再度頷きあうと、俺は指揮台の上へ、ミラはその横へと立つ。二人でタイミングを合わせてお辞儀をすると、俺は舞台側を、ミラは観客側を向く。

 俺が両腕を上げると、ホールは静まり返った。


 アンコールが始まる。


 そして、俺が腕を振ると、音楽が始動した。


 盛大で、壮大で、勇気溢れるファンファーレが鳴り響く。そのファンファーレが徐々に落ち着いてくると、落ち着いたマーチとなり、一歩一歩踏みしめるようなリズムを刻む。メロディーラインを担当するのは、ミラの歌声。朗々と、ホール中に鳴り響くその歌声は、観客どころか、俺や精霊まで魅了する。

 次々と曲調が変わるも、そのすべてが未来への希望を思わせる。

 曲名は、『旅立ち』。

 俺がこの世界に来る直前に、演奏会のアンコールとして演奏した、俺が作曲した曲。俺自身を含め、卒業生の希望、在校生の希望、全ての人の希望を詰め込んだ音楽だ。今回は、それを編曲したものを演奏している。

 旅立ち……か。考えてみれば、なんともピッタリな曲名だ。これを終えた直後、俺はこの世界へと『旅立った』のだから。

 俺がこの世界に来た理由。それは、精霊たちが、俺の質問に肯定してくれたことで分かった。

 『音楽で活性化した』のだ。『旅立ち』を演奏することよって、地球にいた精霊が活性化し、異世界へ飛んでしまうほどの魔力の歪みを生み出した。『指揮台』という、演奏が一番聴こえる『最高の特等席』にいた俺が、その影響をより強く受け、この世界へと飛んできたのだ。

 音楽は偉大だよな。こうして、人どころか、精霊まで惹きつけてしまうのだから。やっぱり、音楽は素晴らしくて、やめられない。

 楽器そのものはないのに、まるであるかのように空気が流れ、思った通りの音を出してくれる。膨張と収縮、水の量、器の質によって変わる、様々な音。

 そのすべて寄り添い、一つの音楽となる。

 隣をふと見ると、ミラが微笑みながら、胸に手を当ててソプラノを響かせていた。一生懸命、美しく歌うその姿は、まさしく『歌姫』だった。

 時に重厚に、時に軽快に、時に輝かしく、音楽は強さ、高さ、長さといった要素が変わっていく。そのすべては、『旅立ちへの祝福と激励』を表現している。

 そしてついに、最後の音楽(アンコール)は終わりを迎えようとする。


 俺の振りが激しくなり、音楽は最高潮を迎える。


 そして、ミラと精霊が完全和音をフォルテッシモの総奏トゥッティで鳴らす。


 それは、俺が両腕を上にあげて、両手を閉じることで、終わりを迎える。


 曲の余韻の後に、一瞬の静寂が生まれた。


 その場にいる全員がその余韻と静寂を楽しみ、指揮者が腕を下して振り向いた瞬間に、ミラは体の力を抜き、精霊たちは動きを落ち着かせた。


 その瞬間、弾けたように万雷の拍手が鳴り響く。


 俺とミラは、スポットライトと熱演を終えた後の熱と、わずかな照れくささで、頬を染めながら目を合わすと、観客に向かってお辞儀をした。


 そして、二人で同じ方向へと、同じ舞台袖へと、退場した。


                 ■


 拓斗とミラは、拍手に見送られながら舞台から姿を消した。二人は舞台袖に捌けると、目を合わせて身体の力を抜いた。

「お疲れ様、ミラ」

「……ん、お疲れ様、お兄ちゃん」

 拓斗がミラを労いながら頭を撫でると、ミラは小動物のようにくすぐったそうにしながら、拓斗を労った。

「「…………」」

 二人は、そんな会話を終えると、しばし、沈黙を生みながら、お互いを見つめ合う。そのお互いの視線には、複雑な感情が多分に交じっていた。

「……お兄ちゃん、本当に行っちゃうの?」

「……ああ」

 ミラの、不安が籠った問いかけを、拓斗は穏やかに肯定した。

 この演奏会をすると決めた時から、今までの間に、拓斗はミラにすべてを話していた。異世界から来たこと、そこまでの経緯……そして、今回の計画を。

「……俺は、この世界にとっては異物だ。本来、いてはいけない存在なんだよ。俺は、日本へと帰るべきなんだ。それに、俺も故郷からこうして離れているのは辛いしな」

 拓斗は、どこか『寂しそうに』、ミラに話した。初めて話した時、ミラは目から涙を流しながら、駄々をこねて拓斗を引き留めようとした。そして、拗ねて一晩自室へと閉じこもったこともあった。

 しかし、ミラは、ここに拓斗を、自分の事情で引き留めるわけにはいかない、と悟ったのだ。だからこそ、今、こうして話していられる。

「……最後に、聞きたい」

 ミラは、拓斗の顔を真っ直ぐ見上げ、そう切り出した。


「……お兄ちゃんは、この『世界で楽しめた』?」


 その質問に、拓斗は優しい笑みを浮かべた。ミラは、真摯な表情で、大人びた顔で、拓斗を見上げ続けている。


「ああ、『最高に楽しかった』よ」


 拓斗は、膝を折って、ミラと目線を合わせると、そっと、優しく抱いた。


「……お兄ちゃんっ……!」

 対照的に、ミラは拓斗を強く抱きしめる。最後の感触を、最後の瞬間を味わうように、強く。


「……お兄ちゃん、私、お兄ちゃんの事が、一人の女として、大好き!」

「……俺もだ。俺は、ミラ、お前のことが、世界で一番愛おしい。大好きだ」


 二人は、愛を確かめ合い、互いに、より強く抱き合った。


「ミラ……」

「お兄ちゃん……」


 二人はそっと離れ、お互いに、くっつきそうなぐらいに顔を近づけて、見つめ合う。

 そして、どちらから、と言う事も無く、ゆっくり、ゆっくりと、顔を近づけ、


 唇を、重ね合わせた。


 しばらくして、二人はまたどちらからと言う事も無く、唇を離した。

 傍から見れば数秒。しかし、二人にとっては永遠とも言える時間だった。


「……さようなら……お兄ちゃん」

「……さようなら、ミラ」


 二人は、赤く染まった顔を見つめ合い、穏やかに別れのあいさつを交わした。

 そして、ミラはその場に立ったままで、拓斗は振り返り、舞台裏へと消えてゆく。

 

 ミラは、その拓斗の後姿が消えた後も、ずっとそちらを見つめていた。


                 ■


「待たせて済まなかったな、精霊たち」

 拓斗は、自分に宛がわれた控室に入って扉を閉めると、虚空に向かって喋りかけた。

「もう大丈夫だ……頼む」

 そう言って拓斗は、自分が起こしてほしい現象を想像しながら指揮棒を振った。

 その瞬間、

「っ!?」

 突然、激しい眩暈が襲ってきた。視界は徐々に黒く塗りつぶされていき、意識も薄れてくる。

(はは……この感覚は、二回目でも辛いな)

 拓斗は、自嘲気味に心の中で呟く。しかし、その一方で、それを穏やかに受け入れることが出来ていた。

(ありがとう、アリエルさん。ありがとう、ウェールズさん。ありがとう、ヒーラさん。ありがとう、アルバートさん。ありがとう、皆。……ありがとう……ミラ。……俺の愛しい人)

 心の中で、この世界で出会った人々に感謝の気持ちを送りながら、その思い出を振り返る。

 アリエルに拾われたこと、ウェールズやヒーラから逃げたこと、アッシュやルミナスとの出会い、ミラとのきっかけ、毎晩一緒に遊んだこと、一緒に寝たこと、一緒に戦ったこと、一緒に笑いあった事、一緒に歌ったこと、一緒に演奏したこと……唇を重ねたこと。

 そのすべてが、いい思い出となって、拓斗の胸をよぎる。


(……あり……が・・・と……う……――――)


 そして、拓斗の意識は途切れた。

 その直後、


 拓斗はその場から、いきなり消え去った。


エピローグは明日にお預けです。

この展開、賛否両論あるでしょうねー。

それと、この話の描写で一部しっくりこない場所があるため、そのうち直すかもしれません

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