第二十四楽章
俺とミラの魔力が回復する頃には、防衛戦は終わっていた。当然、人間側の勝利だ。
義勇兵の中でも、オーガ変異種を直接倒した俺、サポートをしたミラはそれはそれはもう英雄扱いだ。神輿の上に乗せられそうな勢いであるが、そう言ったものが普通に恥ずかしい俺と、他人には恥ずかしがりやなミラが、そんなことをさせるわけがない。体調が悪いと言って屋敷の中で休ませてもらっている。嘘は言ってない。
「……お兄ちゃん、街が守れて、本当に良かった」
俺が寝ている横で、ミラが俺に抱きついてくる。無邪気な笑みを浮かべて、俺と積極的にスキンシップを取ってくるのだ。
体調が悪いと言って休ませてもらったのはいいが、アリエルさんの計らいというか気遣いというか……そう言ったもので、俺とミラは、俺の部屋の中で一つのベッドで寝ているのだ。体の疲れを取る為に風呂に入った直後なので、ミラから漂ってくる匂いと熱気が心地いい。
ミラは、危険が去った後の余波か、はたまたさっきの俺の言葉が嬉しかったのか、テンションがとても高い。ここまで積極的にスキンシップを取ってきたのは間違いなく初めてだ。
開け放たれた窓の外からは、人々の喧騒が聞こえる。大体は楽しげに、ほんの少し、家族や恋人、友人を亡くして悲しむ人の声も聞こえる。
それを聞いて、俺は自然と考えてしまう。
『もっと多くの命を救えたのではないか』、という事だ。
俺は、自分が特異魔法使いであることが露見することが怖くて、力を隠していた。俺が、最初から出し惜しみをせず、自己保身を考えずに、全力を出していれば、もっと多くの命を救えたのではないか、と。
「……お兄ちゃん、そのことは考えちゃダメ。自分を追い詰めちゃダメ。お兄ちゃんは、凄く頑張った。お兄ちゃんがいなければ、もっともっと多くの人が死んでいた。それなのに……それ以上の責任を感じちゃったら、心が潰れちゃう」
腕の中にいたミラが、俺の考えに気付いたのか、そんな風に励ましてくれる。声は、どことなく悲しげだ。
参ったな……どうやら、辛い思考に行き当たった時に、思わず強く抱きしめてしまっていたようだ。これじゃあ、隠そうとしてもばれちゃうな。
「ありがとな……ミラ」
俺は、ミラをほんのちょっと強く抱きしめ、開いている片方の手でミラの頭を撫でる。
しばらく、二人の間で沈黙が走った。ミラは、今、何を考えているだろうか。俺に撫でられて嬉しいか、はたまた内心嫌がっているか……後者だったら、俺は一生立ち直れない気がするな。
「さて、じゃあミラ。そろそろ寝るとするか」
「……うん」
もう日付を超えている。そろそろ寝る時間だろう。夕食時に襲撃が発覚して、そこから約七時間。あの変異種を倒せたのは、発覚から五時間ほどだ。とても一瞬のような気がしたが、時間は結構経っていたらしい。
子供はもう、寝る時間だ。明日の朝には回復していると思うから、そこからは街に戻ってくる避難していった人たちを迎える準備をしなければならない。幸い、街の中に魔物を入れることは無かったので、建物の面での被害は少ない。とはいえ、仕事をする以上、なるべく早く寝ないとな。
俺はそう考えながら、指揮棒を使わずに腕を降るだけで精霊にお願いし、窓を閉めて貰う。
「おやすみ、ミラ」
「……おやすみ、お兄ちゃん」
お互いに挨拶して目を瞑る。数分で、ミラから可愛い寝息が聞こえてくるのを感じた。相当疲れていたのだろう。
そう感じてからほんの少しあと、俺も意識を手放した。
■
翌朝、俺はカーテンの隙間から差し込んでくる朝日によって目を覚ました。窓の外に木々に停まっている小鳥がチュンチュンと可愛らしく鳴いている。
重い瞼を持ち上げ、隣でまだ寝ているミラの寝顔を見てみる。スー、スー、と規則的に、あどけない顔で可愛らしい寝息を立てていた。
俺は、そんな愛おしい女の子の頭をゆっくりと、優しく撫でてみる。
「ん、んぅ……」
すると、寝ていたミラは、くすぐったかったようで、妙になまめかしい声を漏らしながら首を縮めた。
俺は撫でるのをやめ、そのどんな芸術品すら霞むような寝顔を見ながら、今日の予定について考える。
まずは街の復興。今日からが本格始動だろうし、これを手伝おう。
うーん、それにしても復興か。俺にできることと言ったら、やはり単純な仕事ぐらいだろう。後……あ、そういえば、あの日本で起こった大震災の後に、色々な吹奏楽部がチャリティーライブをやっていたな。ピアノソロ演奏かなんかで企画してみようかな。
それにしても、音で精霊を操作する、というのは凄かったな。あのオーガは、やり口は汚かったけど、あの技術は凄かった。相当知能が高かったようだ。ちなみに、あのオーガを倒した後、その死体から出ていく大量の精霊の姿をミラはしっかり見ていたらしい。こちら側にお礼をするように点滅していたとも聞いている。いやはや、助かってよかったよ。
音で精霊に干渉……演奏……。…………はっ! 思いついたぞ! この二つを上手く利用すれば、もしかしたら『あれ』が出来るんじゃないか?
(精霊、ちょっと何体か俺に見えるようになってくれ)
心の中で精霊にお願いをする。すると、十体ほどの精霊が見えるようになった。
(今、俺が考えたこと……お前らに出来るか?)
すると、精霊たちは肯定するかのように明滅し出した。
「……んんっ……」
ふと、腕の中のミラが、そんな唸り声と共に動き出した。ちょっとすると、その瞼はゆっくりと持ち上げられ、その中にある綺麗なオッドアイが俺を捉える。
「……おはよう、ミラ」
「……おはよう、お兄ちゃん」
俺たちは朝の挨拶を交わし、しばし、目を合わせて微笑みあう。
「さて、じゃあ身支度するかね」
俺はそう言って、ミラの頭を最後に一撫でしながら起き上る。ミラもそれに続いて起き上り、身だしなみを整える。
その時、
「ちょっといいかね、二人とも」
ドアがノックされる音の後に。ウェールズさんの声が響く。……トラウマが蘇ってきたぞ。
「……確かに、ミラと一緒に寝ましたけど? また襲い掛かってくるなら俺は逃げますよ?」
俺はそう言いながら、ゆっくりとドアに近づく。
「……いや、それよりも重要な用事だ。ミラと一緒に来てくれ」
ウェールズさんは深刻そうな声でそう返答してきた。
「「……?」」
俺とミラは、不思議そうに目を合わせると、それぞれの準備に取り掛かった。
■
ウェールズさんに連れられ、最初にウェールズさんと顔を合わせた部屋へと入っていく。ここに来るまでの間にウェールズさんからお礼を言われた。俺は当たり障りのない返事をしてしのいだが……ウェールズさんの声が深刻そうなのは何故だ?
「……単刀直入に言おう」
ウェールズさんが緊張感を孕んだ声でそう言った。
俺とミラは、固唾を飲み込んで次の台詞を待つ。
「ミラの精霊眼と、タクト君の精霊とコミュニケーションを取る魔法がばれた」
「はい?」
「……え?」
ウェールズさんの言葉を聞き、俺とミラは間抜けな返答をしてしまった。
「ミラがタクト君に助言したあの時、内緒話ではなく、声を大きくして話していただろう?」
ウェールズさんの言葉に、俺とミラは同時に、あ、と言ってしまった。
「その会話で、ミラが精霊が見える事が露見し……タクト君の発言から、タクト君が特異魔法使いであり、精霊に指示を出す魔法を使っていることも露見した」
……やっちまった。完全にやっちまった。そうだよ、あの会話、皆に聞かれてんじゃん。
『……オーガ変異種が咆えるたび、精霊さんたちはフラフラとオーガ変異種の口の中に入っていった。多分、あのオーガ達の咆哮は、『精霊さんが体内に来るように誘導する』効果がある』
『大切なミラの頼みだ。断るわけがないさ。ちょっと……いや、正直かなり怖いけど、俺も精霊に指示を出して魔法を使っている身としては、取り込まれたとなれば、黙っていられない』
頭の中に、あの時の台詞がフラッシュバックしてくる。ああ、こんな会話を聞かれた後にあれだけ派手な事をすれば、そんな話も上がるな。
「そんなわけで……色々な人物がミラとタクト君を取り込もうと必死に動いているぞ」
あ、厄介事だ。とてつもなく厄介事だ。ミラもそれを感じ取っているのか、目の中の光が無くなっている。
「ウィクトール子爵家にバリズド侯爵家にマルーダ公爵家、それに国王まで、さまざまな有力者が揃い踏みだ。……うっ!」
ウェールズさんは、そう言うと、胃が痛んだのか、苦しそうに腹を抑える。
精霊眼と特異魔法使いの存在は大きい。それ一人で国が動くレベルだ。となると、こうなるのは必然と言ってもいいだろう。
地味にアッシュのところのウィクトール家まで名を連ねていやがる。さしずめ、権力に使いたいのだろう。ミラの話によると、今の当主は権力に溺れたクズらしいからな。
「参ったな……」
頭を抱えながら、俺は悩んだ。俺は、日本に帰る身だ。色々なしがらみを増やしたら、帰った後のこっちの世界が混乱する恐れがある。そうなると、権力者になるのは絶対にダメだ。けれども、さっき上がったように有力者の頼みや接触を断ったら、それはそれで後顧の憂いが残る。
「うーん……」
俺は腕を組み、思わず唸ってしまった。どうしよう、本当にどうしよう。
「……とにかく、今日はこの家から出ずに、どうするか考えてくれ。三日間ぐらいは、私から、君達が体調が悪くて接触できない、とでも誤魔化しておこう。ミラはまだうちの娘だから手は出しにくいだろうが、タクト君は平民だ。私の庇護もあまり効果をなさないだろう。タクト君は、よりよく考えてくれ」
ウェールズさんはそう言うと、便所便所、と呟きながら部屋を出て行った。様子から見て、ストレスで腹を下したのかもしれない。国王や公爵家といったら国家権力だもんな。
「……じゃあミラ。それぞれの部屋で考えてこようか」
「……うん」
俺たちはそう言って部屋を出ると、それぞれの部屋に向かった。
■
「ウェールズさん!」
その日の夕方、俺はウェールズさんの部屋を訪れていた。
「む? 何かね?」
ウェールズさんが読んでいた書類を机に放りだし、俺に視線を向けてくる。その紙には『ダンバル侯爵家より』と書いてあったが、気にしないでおくことにする。
「俺はどうするか決めました。したがって、その計画のために、ウェールズさんのお力添えを頂きたいと思います」
俺は、自分の胸に手を当ててそう言った。これは、俺が考えた結論。不安は残るし、不確実だ。これよりいい方法だってあるだろうが、今考えうる限りのベスト。
「何だね?」
ウェールズさんが緊張の面持ちで、身を乗り出して問いかけてくる。
「それはですね――――」
朝チュン(真顔)




