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第二十二楽章

「ブローデン!」

 広がれ(ブローデン)! と叫んで俺は指揮棒を横に振る。すると、広範囲にわたって炎が広がった。

「ゴアッ!」

「ゴゴッ!」

 オーガ達の悲鳴と、のた打ち回る音が響き渡る。あの変異種を倒すには、他のオーガが邪魔だ。

「フェローチェ!」

 今度は指揮棒を思い切り上に振り上げると、その炎を巻き上げるように竜巻が起こる。竜巻に炎が乗せられ、荒々しく(フェローチェ)舞い上がる!

『ゴアアアッ!』

 オーガ達は顔を抑えてのた打ち回った。熱い空気や炎を吸ったり、肌が焼けただれたり炭化したり、急激に酸素が無くなり窒息したりして、ほぼすべてのオーガが活動不能となる! 俺の視界にいるのはオーガだけだ。義勇兵たちは皆俺の後ろにいる。前方だけなら巻き込む心配は無い!

「止めだ!」

 俺は振り上げた指揮棒を思い切り振りおろす。すると、狙ったオーガ達の頭上に大きな岩が現れて高速で落下し、オーガの頭を潰す。これで変異種以外はすべて倒した! いいぞ、体が温まってきたぞ! ここからが本番だ!

「ゴオオオオオッ!」

 変異種は、一瞬のうちに部下を殺されて怒り狂い、咆哮を上げる。

「心配は無いぞ、トランクイロ」

 オーガのあの咆哮は、恐らく精霊の心を恐怖で焦らせるものだ。そこで、俺は指揮棒を緩く動かして落ち着け(トランクイロ)、と指示をする。

 感触で分かるぞ……成功だ!

「こっちの方が精霊とは仲がいいんだよ!」

 指揮者と奏者は対等であり、信頼関係を築かねばならない。向こうは無理矢理、こちらは精霊の意志をもってして、それぞれ恩恵を得ている。ならば、当然こちらが有利だろう。

「食らえ!」

 大きな水の刃を三つ作り、それぞれ両目と口内を狙って放つ。しかし、


 変異種から、膨大な魔力が放たれる!


「なっ!」

 その直後、水の刃は、変異種に届く前に、『見えない壁』に当たったかのように霧散した!

『……っ! お兄ちゃん、今のは魔力を『実体化』させて壁にしている!』

 それを見たミラが、即座に状況を説明してくれた。魔力に関してはミラの方が敏感だ。

(魔力を『実体化』? そんな魔法は聞いたことがないぞ。そもそも、それはどの属性なん……まさか!)

 あいつが使ったのは、四属性に当てはまらない。純粋な魔力を使う魔法としては基本魔法があるが、あれではこんな強力な魔法も無ければ、魔力の実体化なんて大それたことなど出来ない。

 では、変異種は何をやったのだろうか? その疑問が残るが、それに対する回答が頭に浮かぶ。

(信じたくない。そんなことは信じたくないが、あいつは……)


 俺と同じ、『特異魔法使い(パティキュラー)』なのだ!


「ゴアアアアアッ!」

 変異種は俺の動揺を感じているかどうかは知らないが、その結論に至ったタイミングで、手のひらの中に膨大な魔力を集めた。そして、それを『投げつけてきた』!

「ぐっ!」

 俺は分厚い土の壁を作り出してそれを防ごうとするものの、それはあっけなく崩され、俺はその衝撃波で後ろへと吹っ飛ばされた。

 俺はかろうじて指揮棒を振り、風を起こして落下の衝撃を和らげて着地すると、即座に反撃に転じる。

 指揮棒を横に大きく振って、変異種の頭上に五つの大岩を出現させ、さらに炎を纏わせる。

「食らえ!」

 指揮棒を思い切り振りおろし、それに精霊が呼応して、炎を纏う大岩が変異種に襲い掛かる!

「ゴアアアッ!」

 オーガはそれを、実体化させた魔力を纏わせた拳で打ち砕く。

「隙あり!」

 俺はその隙に、おざなりな足元に向かって風の砲弾をいくつも放つ。変異種の顔面ほどもある大きな砲弾は、周りに転がっているオーガの死体を衝撃波で吹き飛ばしながら変異種に迫る!

「ガアアアッ!」

 そんな地面をも抉る一撃を、オーガは咆えながらサッカーボールのように蹴り『返して』きた!

「くっ!」

 つまり、それは俺に向かってくる! 俺はタイミングを見計らって、足元に風を起こして空高くジャンプし、それを何とか避けることが出来た。

 しかし、空中にいるために俺が身動きを取れないと思ったオーガは、そこに魔力を実体化させた球を二つ投げつけてくる!

「食らうか!」

 俺はそれに対して、先ほどの一撃を超えるほどの風の砲弾を二つ作り、それを相殺する! さらに、それによって高密度な空気が散ったのを利用し、それら全てを槍のようにして変異種の目を狙う。しかし、それはまたもや見えない壁によって弾かれてしまった。

「……やっぱり、魔力の実体化か」

 特異魔法使いと対峙した場合、真っ先に考えるべきは『どんな能力を持っているか』だ。相手の手の内が分からない事には、強力な力を持つ特異魔法使い相手に太刀打ちなど出来ない。

 今までのあいつの行動からして、どうにも『魔力を実体化』させる魔法を使うようだ。さきほどの風の砲弾に対する蹴りも、脚に実体化させた膨大な魔力を纏っていた。

 様子を見て他の能力がないか検証したが、どうにも実体化だけらしい。

 夜に紛れてもなお目立つその巨体を睨んでそう考えていると、いきなり、上体を反らせ、胸が膨れ上がらせた。

『……っ!? お兄ちゃん! 精霊さんが取り込まれちゃう!』

「何っ!?」

 ミラがその様子を見て即座に警告をくれるが、俺はそれに対する策は打てなかった。


「ガアアアアアアアアッ!!!」


 そして、その咆哮は放たれる。大地を揺らし、木々を震わし、人々を震え上がらせる。その咆哮は、それらの実体を持ったものだけでなく、精霊にすら影響を及ぼす!

『精霊さんが!』

 ミラの悲痛な叫び声が聞こえた。ミラには、たくさんの精霊が変異種の体内に取り込まれていく様子がありありと見えているのだろう。

 変異種の咆哮は、長く、長く、永遠に続くのではないかと思うほどに放たれる。

『……このままじゃ、精霊さんも、お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも……お兄ちゃんも、皆、やられちゃうっ……!』

 ミラの独白が、何故かはっきりと聞こえてきた。

 俺はその独白を止めるべく、指揮棒を振って精霊に指示を送る。炎の弾丸、風の刃、水の砲弾、土の槍……すべて、失敗した。あの咆哮は、精霊の精神を相当揺さぶるようだ。

(くそっ! 何なんだよ!?)

 意味のない叫びを心の中であげてみるも、現状は変わらない。

(もう……おしまいか?)

 大音量の咆哮のせいで意識が遠のいてきた。視界が歪み、吐き気がしてくる。容赦なく脳を揺さぶり、俺の精神へとダメージを与えていく。

「く……そ……」

 そして、俺の神界の半分が白く染まった時、


『――――――』


 『歌』が聞こえた。その声は、美しく、可憐なソプラノ。特殊な技法などは使っておらず、ただただ純粋に、きれいな声。伸びやかに、穏やかに、透き通るように……人々を魅了するような『歌』。その歌は、音量こそ大きいものの、変異種の咆哮に比べればかなり小さい。だが、その声はあたりに響き渡り、心に響き渡る。それは、圧倒的に音量で勝るはずの咆哮を打ち消すほどに。


『――――、――――――。――――』


 俺の身体に、活力がわき出るのが感じ取れる。この感じは……そう、指揮棒を構えた直後に、奏者たちが一斉に楽器を構えるあの瞬間だ。

 精霊そうしゃたちが、戻ってきたのだ。ためしに軽く指揮棒を振ってみたところ、今までとは比べ物にならないほど、心地よく指示が通った。

 この歌声の主は、ミラだった。歌っている歌は、はじめて孤児院に行った時に歌った歌と同じだ。伴奏こそないものの、その分歌声がより響いてくる。あの時の、ミラの控えめな笑顔が脳裏によぎる。

 変異種は、自らの咆哮が妨害されていると感じとり、中断する。

「さて、と……歌姫の歌に伴奏を添えますかね」

 俺は、あえて、改めて指揮棒を構える。体温が、無意識に上昇するのが感じる。演奏直前の、スポットライトの熱と心地よい緊張……あの感覚と似ている。

 一瞬息を止め、ミラの歌声を聴きながら、指揮棒を思い切り振りかぶる。そして、

「フォルティッシモ!!」

 俺はそう叫びながら指揮棒を全力で振り下ろす! すると、変異種の足元から、土でできた巨大な手が出現し、その脚を掴む!

「ガッ!」

 変異種はすぐさまその巨大な手を、魔力を纏わせたもう片方の足で蹴り壊す。

「まだまだ!」

 俺は指揮棒を激しく振り、青白く輝くほど高温となった火の玉を無数に出現させる。そしてそれを、目にもとまらぬ速さで変異種へとぶつける!

「ガアアアアアッ!!!」

 そのあまりの高温によって、魔力で出来た壁をも貫通し、ついに有効打を与える!

「っ!」

 俺はその隙に、全力で走って変異種に『近づく』。魔法使いとしては自殺行為以外の何物でもないように感じるが、距離を詰めることでより威力が高い攻撃を当てることが出来る!

「テンペストーソ!」

 指揮棒を思い切り振りあげ、変異種を包むほどの竜巻を起こす! 嵐のように激しく、その竜巻は変異種を包み込み、魔力の防御を貫通してダメージを与えていく!

「トゥッティだ!」

 さらに俺は指揮棒を何回も振り、その中に水の刃、硬い大岩、燃え盛る炎を絶妙に混ぜ、四種類の攻撃を一気に食らわせる! 四つの属性を余すことなく使った総奏トゥッティだ!

「ガアアアアアアアアッ!!!」

 変異種は怒り狂いながら悲鳴を上げ、暴れまわる! 圧倒的な魔力が溢れ、今にも自らを捕らえている四種類の攻撃を壊さんとする!

「クレッシェンド!」

 壊れかけた攻撃を、俺はさらに指揮棒を激しく振って指示をすることで維持する。その攻撃は徐々にだが、確かに強くなっていく! 空気を震わせ、まわりの物を吹き飛ばし、唸りを上げながら閉じ込められた変異種の全身に深い傷を次々と入れていく!


『――、――――、――――――』


 まるで、この渦巻く攻撃の本流の勢いに合わせているかのように、ミラの歌声も音量をクライマックスに向けて上げてゆく。渦巻く攻撃と、歌。この二つの『音楽』は、お互いに音量を大きくしあいながら、調和していく!

 そして、ついに、音楽はクライマックスを迎える!!!


「フォルッテッシシモ!!!」


 最大音量フォルッテッシシモ! と指揮棒を全力で振り上げる! その瞬間、渦巻く攻撃はさらに力を増し、変異種を蝕む!

「ガ、ゴ……ガアアアアアアアアアッ!!!」

 ついに変異種も全力フォルテッシシモの勝負を仕掛けてきた! 今までにない音量で咆え、その巨体を余すことなく使って暴れ、その全身を、圧倒的までの魔力を実体化させて覆っている! 

 

 そして……


「アアアアアアアアアアアアアァァァァァ……――――――」


 圧倒的な力を誇ったオーガ変異種は、力自慢のオーガを束ねる巨大な黒き鬼は、


 ゆっくり、ゆっくりと、


 断末魔を上げ、地面に倒れ伏した。


 その巨体が故に、ズドン、と大きな低い音とともに地響きを鳴らす。


 そして俺は、両手を上へと突き上げ、ぐっ、と力を込めて手のひらを閉じる。その瞬間、大きな音を立てていた渦は、何事も無かったかのように霧散した。


『――――――――……』


 それとほぼ同時に、ミラが最大音量による長い伸ばしを終え、歌を終わらせる。


 余韻。


 変異種の断末魔、地響き、渦巻く攻撃の唸り、そしてミラの歌声。そのすべての余韻が、重なり合って、あたりを包み込む。


 俺は腕を上にあげたまま、俯きながら目を閉じて、その余韻を余すことなく楽しむ。

 そして、一瞬の静寂。

 そこまでを楽しむと、俺は腕を下す。少し火照り、僅かに汗ばんだ体の力を抜いて一息つくと、俺は後ろへと振り返った。

 そこで目に入ったのは、ぽかんとしている魔物と義勇兵たち。全員が俺と、倒れ伏している巨大なオーガを見つめているのだ。

『ミラ、こっちにおいで』

『……うん』

 俺はこっそりとミラに語りかける。すると、街を囲む壁の上に立っていたミラは、自分の足元から勢いよく岩の柱を突きださせ、空中で回転しながら、その勢いで俺の元へと飛んできた。

「っとっとと……」

 俺は飛んできたミラを、柔らかい風のクッションで減速させたのち、優しくお姫様抱っこで受け止める。ふふ、中々派手好きなんだな。

『じゃあ、ミラ。お客様にお礼をしようか』

『……うん』

 俺とミラは横に並び、こちらを丸い目で、口を開けてみている皆に向かい合う。

 演奏が終わったら、指揮者はお礼の気持ちを込めて礼をするものだ。それは、歌を終えた歌姫も変わらない。


 ゆっくりと、ゆっくりと、この瞬間を、余すことなく楽しむように、二人で頭を下げていく。


 戦いという、俺たちの『演奏』は終わった。


 ほぼ同時に頭を下げ終える。ミラは、そこから少しして頭を上げた。その様子を感じた俺も頭を上げる。

 ふと、横のミラが俺の服の裾を引っ張っているのに気付いた。俺がミラの顔を見ると、ミラは、満面の、花が開くような、可憐で、綺麗な笑みを浮かべて、


「……ありがとう、お兄ちゃん」


 と言った。

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