第二十楽章
ある夜のシンベラ南門。そこには、覚悟を決めた義勇兵たちの姿があった。
その数は三百二人。このあと増えてくると思われる魔物の群れの数は推定で千匹。数の差から見て、圧倒的に不利だ。この街の戦える者の数は、子の数よりももっと多い。だが、魔物の中にオーガが混ざっている以上、後衛と中衛になる魔法使いや弓使い以外は最低でもDランクは必要だ。
ランクごとの構成としては、Aランク二人、Bランク二十人、Cランク百人、Dランク百五十人、それ未満が三十人。奇しくも、Aランクを除けばぴったり三百人となる
優秀な斥候より、魔物の群れの構成はある程度把握している。オーガ二百匹、ハウンドドッグ六百匹、ゴブリン二百匹だ。幸いなのは、オーガ以外は大して脅威でない、ということだろう。どちらもFランクの魔物で、駆け出し冒険者でも倒せるだろう。また、群れの並び方は、始めにオーガ以外が混ざって押し寄せ、後ろにオーガがいる隊列だ。さしずめ、先に雑魚と戦わせて、後から本隊で強襲、と言ったところだろうか。
義勇兵の最前線に立つのは、ここの領主であるウェールズ・マーニエルとその妻であるヒーラ・マニエール、そしてギルドマスターだ。この三人は、冒険者を引退する前にパーティーを組んでおり、その解散は多くの人物に惜しまれた。軽戦士であるウェールズと弓使いであるヒーラ、そして重戦士であるギルドマスターの三人は、まさにこの義勇兵の主力と言えるだろう。
また、準主力に値するのがBランクであるマーニエル家の使用人十五名。それぞれが立派な武具を装備しており、その強さが伺える。その立ち居振る舞いはベテランの冒険者そのものである。また、一般のBランク冒険者も四人参加している。
他、義勇兵の中には、槍を構えたアリエルの姿もある。また、アッシュやルミナス、こう見えてCランクの業師であるアイーダも参加していた。ウィクトール家の長男はたまたま出かけていて参加していない。
義勇兵側は、前衛、中衛、後衛に分かれる、この世界では割とスタンダードな布陣を形成している。前衛に軽戦士と重戦士と業師、中衛に軽戦士と業師と弓使いと魔法使い、後衛に弓使いと魔法使い、といった並び方をしている。前衛の軽戦士と業師はランクが低めの者たちで、先に来るであろうハウンドドッグやゴブリンを相手するのが務めだ。中衛に弓使いと魔法使いがいるのは、弱い魔物を魔法などで一掃して貰うためである。オーガが混ざりはじめたら前衛の軽戦士と業師は下がり、中衛にいるCランク以上の者たちが前線に出る形だ。
義勇兵側に求められるのは、いかに主力を温存するかだ。圧倒的な数で攻めてくるハウンドドッグやゴブリンと言った雑魚に対して、主力をなるべく削らずに相手をせねばならない。よって、雑魚があらかた片付いたらすぐに下がってよい代わりに、ランクが低めの者たちには前半で頑張って貰う作戦だ。
「そろそろ交戦だな……」
ウェールズは剣を構えずに腕を組み、遠くを見据えている。その視線の先にいるのは、蠢く黒い影。地響きを鳴らし、大量の魔物がこの場所へと迫ってくる。しばらくして、月が雲に隠れていてもその姿がはっきりと見えるようになる。それらは、ハウンドドッグや、醜い緑色の肌をした小人のような魔物であるゴブリンの集団であった。
「いくわよ……」
「はん、雑魚どもめ。蹴散らしてやる」
ウェールズとヒーラは表情を引き締めて、ギルドマスターは笑みを浮かべて、最前線に立つ。
さきほどの作戦で言ったら、この三人こそが後ろで休んでいるべきだ。だが、この三人は最前線に立っている。
「行くぞ……」
「ええ」
「おうよ」
ウェールズの合図とともにそれぞれが攻撃の準備をする。ウェールズとギルドマスターはそれぞれの得物に、ヒーラは矢じりに、その魔力を込める。
そして、
「食らえ!」
「それっ!」
「おらっ!」
それぞれが、その攻撃を、その集団へと打ち込んだ。
『――――!』
その攻撃は、威力よりも範囲を意識した攻撃だった。ウェールズとギルドマスターは横なぎに得物を振って、ヒーラの矢は当たった瞬間水が弾けて、それぞれの攻撃が一番手前にいる魔物の集団を数十匹単位で葬る。
魔物たちの断末魔がこだまする。後ろから走ってきた魔物たちはその攻撃の余波だったり、死体に躓いたりして姿勢を崩し、集団に埋もれて圧死した。
「よっしゃ! やるぞ!」
「ありがとうございます!」
三人はそれを見届けると、即座に後ろに下がった。それと交代するように、前衛組が前に出て、混乱している魔物たちを次々と倒していく。
一番の主力である三人の先制攻撃による士気向上、および敵を撹乱することでより戦いを有利に進める狙いがあったのだ。
「食らえ! それ!」
「やっ! とうっ!」
アッシュとルミナスは、それぞれゴブリンとハウンドドッグを三体ずつ同時に相手している。Dランクにもなれば一人前、この程度の魔物なら多対一でも倒せるのだ。
そして、相手が雑魚の段階ならば一番活躍するのは魔法使いだ。魔法による攻撃は、威力を最低限に抑え、範囲に重点を置いたものとなっている。傷さえつけてしまえば相手は弱るし、そもそも耐久力に優れていないハウンドドッグやゴブリンならば、上手く急所に当たれば倒せる。よって、広い範囲に対する攻撃は、この場合では最善手だった。前線を巻き込まないように、相手集団の中ほどを狙うのがコツであり、そうすることによって前衛は常に弱った魔物を相手することが出来るのだ。また、勢いよく移動する集団の中に攻撃を当てれば、それによって相手に二次被害を起こすことも容易だ。
「そろそろだな……」
「そうね……」
ウェールズとヒーラは、その戦いを見てそう呟いた。現状では、数で押されているものの義勇兵側が優勢。一部の魔物は他の門へと向かっていったが、そちらにも避難誘導の冒険者が何人もいるから、今の段階では大きな被害は出ないだろう。
二人がそう呟いたのには理由がある。そろそろ、雑魚の三割が倒せたころだ。魔物の主力部隊であるオーガが戦いに参加してくる。
「前衛はCランク以上を除いて切りのいいところで下がれ! 中衛行くぞ!」
ウェールズがそう号令をかけ、前に進む、ついに、義勇兵側も主力部隊を投入するのだ。Aランク二人、Bランク二十人、Cランク百人。Dランクはこれより、はぐれた雑魚の掃討とけが人の治療、または後方支援の係となる。
「ふんっ!」
ウェールズが一番近くにいたオーガに、自慢の剣で斬り付ける。
「ガッ!」
その速度は通常のオーガで対応できるものではない。しかし、そのオーガは大きなダメージこそ受けたものの、わずかながらも反応して見せて致命傷を免れた。
「やはり変異種か……」
ウェールズはこれで確信した。今の速さは、Cランクの魔物ならば反応できるレベルではない。しかし、こうしてオーガは対応して見せたのだ。オーガは力は強く、筋肉の鎧は固くはあるが、反射神経や運動能力、知能はCランクの中では中堅か下の方ぐらいだ。となると、やはり同じ魔物の能力を向上させる『変異種』の存在は濃厚。それも、結構なレベルで強化されていることから、変異種自体も相当強敵だろう。
「戦闘に対する警戒を高めよ! 存在は確認されていないが、これは明らかに変異種が存在する! 最低でも二人一組で行動せよ! この場にいるオーガは推定Bランクだ! また、変異種の存在が確認でき次第撤退し、報告せよ!」
ウェールズの考えをアイコンタクトだけで察したメイドの一人が前線から下がり、風属性魔法を使って大声で指示を出す。普段は敬語だが、場の雰囲気に合わせてこのような言葉遣いが出来るあたり、とても優秀である。
この指示によって、即座に義勇兵たちはグループを組んだ。ここにいる以上、よっぽどのバカではない限り、この指示に従うのは当然だ。個人個人で自分の実力を判断し、三人、多くて五人で組んでいるグループもある。
「ふんっ! ふんっ!」
ウェールズはたった一人でオーガ三匹に囲まれながらも押している。二人一組で組もうにも、早々に囲まれてしまったため動けないのだ。
そんなウェールズを囲んでいるオーガの一匹の心臓を、矢じりに水の刃を纏わせた矢が貫いた。
「頑張って、あなた!」
「おうっ!」
遠く離れていても、この二人は不思議と会話が出来る。ウェールズは愛する妻の援護射撃に勢いづいてか、一振りで残りのオーガに止めを刺し、近くにいたはぐれて一人になってしまった義勇兵を助ける。その時、ウェールズは、
「おらっ! おらっ!」
大きな戦斧を振り回して、オーガとその周りにいる雑魚を圧倒するギルドマスターの姿を視認した。その戦斧は振り回すだけでも凶悪な武器となるが、それを自らの筋力をフルに使って音がなるほど早く振り回しているのだ。その一撃一撃を、オーガ達は『整った連携』で必死に受ける。オーガは、連携はするもののここまで錬度は高くはないはずだ。
(変異種はどこにいる……?)
ウェールズはオーガを相手にしながら、あたりを見回した。自慢の使用人たちがオーガの集団を圧倒している姿や、仲間が殺されて悲しみに暮れる義勇兵、さらには、今まさに殺される光景こそ見えるものの、肝心の変異種が確認できない。
(くそっ! なんて日に攻めてくるんだ!)
夜中、雲が多くて月明かりは不安定。そして今は、ちょうど雲で月が隠れていた。
(まさか、それを見越して今日のこの時間を……?)
ウェールズはそう考え、戦慄した。それでは、まるで人間並みの知能だ。そのレベルの知能を持つとすれば、そのランクはAにも届くだろう。
(どこだ? どこにいる?)
迫ってくるオーガを一閃して斬り裂きながら、ウェールズはさらに辺りを見回した。
そして、ついに不自然な動きをするオーガの集団を見つけた。
最後方にいた五匹ほどのオーガが、戦闘の波を外れて『東』へと抜け出したのだ。
「マズい!」
さすがに、この強さになってしまったオーガ五匹を相手出来るほどの人物は避難誘導に向かっていない。あまりにも、オーガにしては作戦が賢すぎる。相手の主力を他の集団で惹きつけ、少数で相手の非戦力を叩く。
『グオオオッ!』
ウェールズの進路と視界を阻むように、最悪のタイミングで、ウェールズの前に二体のオーガが立ちふさがる。
「邪魔だっ!」
ウェールズはそのオーガを数秒で死体にしたが、その間に、東に向かったオーガは闇の中へと消えてしまった。
「くそっ!」
ウェールズは悪態をつきながら、戦闘の波を抜け出して追いかけようとする。しかし、何故かウェールズが抜け出すまでの最短ルートだけ、やけにオーガの数が多い。
そして、ウェールズは、様々な要素のせいで見逃していた。
月が出ていない夜、立ちふさがるオーガ、離れている距離。これらのせいで、五匹のオーガに紛れた、『巨大な黒い影』に気付けなかった。




