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第二楽章

「うぐっ! はぁ……」

 とてつもなく気持ち悪い。本番が終わった後だから腹が減っているのだろうなぁ。

「ふう……」

 吐き気を、何度も呼吸することでなんとか抑える。呼吸も落ち着いてきて、あたりを見回す余裕も出来た。

「……はい?」

 俺の口からこんな間抜けな声が漏れるが、この状況ならば無理はないはずだ。

「ここは……どこなんだ?」

 薄暗く、狭い道。地面は一応石畳で舗装されてはいるが、臭いうえに汚い。日の光もあまり入ってこないし、こんなところにいたら今にも不良に絡まれてしまいそうだ。

「うん、落ち着け、落ち着け。状況を整理しようか」

 俺は必死に自分に言い聞かせながら状況を整理しようとする。

 定期演奏会が終わって、着替えようと控室に行った。うん、ここまでははっきりしている。で、指揮棒をしまって、立ち上がったところで酷い眩暈がした。おーけいおーけい。あまりにも酷いから救急車を呼ぼうとしたら、その前に意識が途切れたっぽいな。で、今目が覚めたらここにいる、と。

「わけわかめだな」

 自分の気持ちをおどけて表現してみるが、気持ちは一向に軽くならない。とにかく、こんな汚い所に居たらスーツが汚れてしまうし、何か面倒事に巻き込まれそうだ。ここを出よう。

「倒れてから誰かに誘拐されたのか? いや、そんなわけないよな。俺を攫って何の得になるんだって話だよ」

 俺は呟きながら立ち上がり、今握っている物に気付いた。

「最後に握ってたのはこれかぁ……」

 俺は、指揮棒のケースを握っていた。そりゃあそうだよな。鞄の上に置いただけなんだから、真っ先に掴む物はこれだろう。

「さてさて、しゅっぱーつ」

 こうやって明るくしてないと、この状況はやってられん。俺は日の光が強い方向を目指して歩く。その時、

「きゃあっ! ひったくり!」

 俺が向かおうとしていた方向から、女性の甲高い悲鳴が響いた。ちょっとすると、男が走ってくるのが見える。ここは狭い一本道だ。このままだとぶつかるぞ。

「どけっ、クソガキ!」

 向かってくる男は鞄を脇に抱えて、焦っているようだった。これはひったくりの犯人はこいつ、というところだろうか。ならば、

「せいっ!」

「ぎゃあ!」

 放っておくのは後味が悪い。俺は脇に避ける振りをして脚を突きだす! すると、男はそれに引っかかって、悲鳴を上げながら転ぶ。

「そこまでだ」

 俺はその背中に即座に乗り、両腕を取って押さえつける。男は暴れているようだが、あまりにも非力だ。これはちょっと、いくらなんでも非力すぎやしないだろうか。俺は、力は強い方ではあるが、だからと言ってそこまで強いわけでは決してない。なのにこいつのこの非力さ。一つの学年に一人はいる非力キャラ男子レベルだ。

「くそっ!」

 男が悪態をつく。その瞬間、男が放つ雰囲気が変わった。

「ちょっ!」

 俺の顔に、『風も起こっていない』のに砂ぼこりが襲い掛かってきた。まるで、『いきなり現れた』ように一瞬の出来事だった。

 俺は涙目になりながらも男は離さない。これでこの男が並の力であれば絶対逃げられただろうが、こいつは弱すぎる。

「もう、なんだよ……」

 俺は涙声になりながら目を必死に瞬かせる。目の中に砂が入ったから涙で流そうとしているのだ。

「大丈夫!? ……って、逆?」

 後ろから追いかけてきた、さっきの悲鳴とは別の女性の声が聞こえる。

「何か取り押さえたら目に砂が入って……。代わっていただけませんか?」

 俺は情けないことに、その女性に今の俺と代わってくれと言った。いや、これはマジで辛い。早く水で目を洗いたい。口の中もジヤリジャリするし。

「そ、そう。分かったわ」

 その女性はそう言って、俺が取り押さえている男の腕を何かの紐で縛ると、俺と場所を代わってくれた。ちなみに、ここまでの様子は必死に薄目を開けてみたものだ。

「ありがとうございます」

 俺は目を両手で押さえながらその女性に礼をした。擦ってはいけないぞ、余計に傷がつくからな。俺はしばらく目から涙を流しながら蹲る。

「ふぅ……落ち着いた」

 ようやく痛みが引いたので、俺は目を開けて、地面に置いた指揮棒ケースと指揮棒が無事なのを確認する。

 その間に、がやがやと人が集まってきてその男を取り押さえた。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 先ほどの悲鳴の女性が鞄を抱えて俺たちに必死に頭を下げてくる。見た目は西洋系の外国人だ。日本語が流暢だなぁ。

「君、ありがとうね。お名前はなんていうの?」

 取り押さえてくれた女性が、落ち着くようなおっとりした声で話しかけてくる。艶やかな茶髪をロングにして、目の色も透き通るような茶色。白いワンピースを着ていてお嬢様風だが、さっきの見た目上は大の男を取り押さえていた。いや、あの男は弱すぎたから、ある意味普通か。ていうか、この人も外人さんっぽい。日本語は相変わらず流暢だ。

「神島です。貴方は?」

 俺は苗字だけを名乗って、向こうの名前も問いかける。

「アリエル・マーニエルよ。よろしくね」

 そう言って優しく笑いかけてくる。年のころは二十前後だろうか。美人だし、スタイルもいい。

「よ、よろしくお願いします」

 俺はその見た目としぐさに言葉が詰まりながらも、何とか返す。

「ど、どどどどど、どちら様かと思ったら領主様のお嬢様でいらっしゃいましたか!?」

 アリエルさんが名乗ったら、被害者の女性が急に素っ頓狂な声を上げた。りょ、領主? お嬢様? 

 確かに、アリエルさんならそう言われても不思議ではない。ただ、領主、という言葉はある出来事を除いて一度も耳にしたことがない。

「うふふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。わたしは当たり前のことをしただけですから」

 アリエルさんはそんな女性を見てニコニコしながら謙遜をする。こんな態度を取られることに慣れている感じだ。うーん、有名人だろうか。俺は見たことがないな。

「そうそう、コウシマ君、このあとご予定ある? なんなら一緒にお食事でもどう?」

 女性が挨拶をして去っていった後、アリエルさんは俺に向かってそう言ってきた。

「あー、すみません。ちょっと事情があって持ち合わせが全くないんです」

 演奏中に、ポケットに財布を入れておくわけにはいかないからな。スーツのままいつのまにかここにいたからなぁ。

「あらあら、それぐらいなら大丈夫よ。自分がご馳走するわよ」

 アリエルさんはそんな魅力的な提案をしてきた。確かに、俺はものすごく腹が減っている。

「す、すみません、ご馳走になります」

「いえいえ、大丈夫よ」

 俺たちはそんな会話を交わしながら路地裏を出る。

「はっ?」

「ん? どうしたの?」

 俺は変な声を漏らして立ち止まり、それを見たアリエルさんがきょとんとした顔で問いかけてくる。しかし、俺はそれに答えられない。

 道行く人々は皆外国人みたいで、何人かは『人間にはない』ものが頭や尻についている。具体的に言えば『耳と尻尾』だ。猫だったり犬だったりと様々。

 さらに、建物はレンガで出来ていて、これまた西洋風の出で立ちだ。地面も石畳で舗装されており、ローマの街並み、といったところだ。

「……すみません。ここはどこですか?」

 俺は非常に間抜けな質問をしてしまうが、しょうがない。

「何を言ってるの? ここは『シンベラ』の街じゃない」

「……すみません。事情があって……。そんな街の名前は聞いたことがありません」

 アリエルさんの答えに、俺は頭を抱えた。

「……何か、事情があるみたいね。良かったら、この後のお食事の時にでも話して頂戴。もしかしたら、力になれるかもしれないから」

 アリエルさんは心底心配そうな表情で、そう俺に言ってきた。

 

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