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第十九楽章

「大変です! 魔物の群れがこの街に向かってきております!」

 マーニエル家と俺の五人で和やかな食事を楽しんでいたところ、急に執事の一人がそんな知らせを出してきた。

 その場に緊張感が走る中、ウェールズさんはさっきまでの情けない表情を一変させ、真剣な領主の表情で仔細を問いかける。

「今朝送り出したマーニエル伯爵家とギルドの連合調査隊より、先ほど緊急の早馬による連絡が来ました! 内容を今から読み上げます!」

 いつも冷静な執事が大慌てで叫ぶ姿は、俺たちの不安を煽った。

「山中より魔物の群れ、推定七百匹がシンベラに向かっております! また、魔物の群れは途中の平原にいる魔物を巻き込んで数を増やすと思われます! また、その群れの中にはオーガが二百匹ほど混じっており、ハウンドドッグを率いているそうです! さらに、山の目立たない場所に大きな洞窟を発見、中にはオーガ特有の生活の跡が見られたことから、この大量のオーガはここに隠れて生活していたものと思われます!」

 その場にいた全員の驚きが激しくなる。七百匹という数や、オーガが二百匹前後も混ざっていることに驚いたが、それ以上に、あの気性の荒いオーガが『巣を造って大量に潜んでいた』というのが驚きだ。オーガはそこらの魔物に比べたら断然賢いが、気性が荒く、そんなことをする魔物ではない。しかもそれだけの数が揃っていたら大暴れしていたのだろう。

 今まで潜んでいて、数が揃ったタイミングで街に向かう……。あまりにも『賢すぎる』ぞ。

「……変異種か?」

 俺は思わず呟いてしまった。

「ま、まさか……変異種なんて滅多に出ないのよ?」

「……そ、そう。さすがに発想が飛躍しすぎ」

 すぐにアリエルさんとミラから訂正が入るが、その声は否定と言うよりも『否定したい』気持ちが強そうだ。

「……ありえるな」

「……そうよね。むしろそう考えるのが自然よ」

 ウェールズさんとヒーラさんは、俺の考えを厳しい表情で肯定した。二人は残っていた食事を一瞬でがっつくと激しく立ち上がり、

「アリエル、お前は確かCランクだったな? ぜひとも前線に出てくれ。ミラとタクト君はどちらもまだ未熟だ。避難誘導に回ってくれ」

「使用人たちはランクが下半分の者は避難誘導、それより上の者は前線に立って」

 それぞれが指示を出した。

『承知いたしました!』

「……分かったわ」

「…………分かった」

 使用人たちは声を揃えて返事をするや否や、それぞれがすぐに自分の仕事へと向かう。何人かはここに残った。アリエルさんは真剣な表情で頷くと、すぐに部屋を出ていった。装備を整えに行ったのだろう。ミラは、どこか悔しそうな沈黙ののちにしぶしぶ、と言った体で了承した。本当は戦いたいのだろうが、相手はオーガだ。先日のこともあり、敵わないと言う事は分かっているのだろう。

「俺も、頑張ります」

 正直避難誘導のやり方は分からないが、頑張ってみることにする。

「……よし、じゃあミラとタクト君もそれぞれ装備を整えてきなさい。避難誘導は外に出る場合もあるから、戦いになる可能性もある」

「……分かった」

「はい、じゃあ行ってきます」

 俺とミラはそれぞれ返事をして、自室へと向かった。


                 ■


 とはいえ、俺はそんな大層な装備があるわけでもない。指揮棒は常に持ち歩いているし、装備は上下真っ黒で丈夫な長そで長ズボンだ。見えにくく、丈夫であるためけっこう便利なのだ。

 この街は、魔物を防ぐために四mほどの高さの石が積まれた壁に囲まれている。入り口は東西南北にある四つの門のみだ。魔物の群れは南から向かってきているため、その他の門が避難経路となる。

 中でも、俺とミラは東門の担当になった。一緒にアルバートさんがやってくれるそうなので、やり方が分からなくてもある程度安心できるだろう。

「……待たせてごめん」

 ミラがちょっと遅れて出てきた。服装は黒地に白いフリルのゴシックロリータに白いハイソックスである。一見、この状況だとふざけているようにしか思えないが、これがミラの最高装備である。ウェールズさんがオーダーメイドして作らせた一級品で、Bランク相当の冒険者が使うような効果があるらしい。曰く、地属性の魔法が強化され、発動のタイムラグがわずかながらも少なくなるんだとか。こういった効果が付いた装備はしょっぱい効果でも結構高いらしい。

「それでは参りましょう!」

 集まるや否や、アルバートさんは東門へと駆けだした。俺は今日やったようにミラを抱えて屋上ジャンプで北門近くまで移動する。

『……落ち着いて、五列になって騒がずに移動してください。列を乱すと通行が滞ります』

 東門に近い建物の屋上に着くと、ミラがそう話した。声は決して荒げていない。しかし、それはスピーカーで拡声しているかのように大きく響く。

 これは、俺が風の精霊のお願いしてやって貰ったことだ。ミラは状況判断能力に優れているが声が小さい、俺はこうして大きくすることは出来ても素人。そうなると、こうしてミラの声を大きくして届かせるのが一番なのだ。ミラの声は落ち着いているため、避難に焦る人も、騒いで知らせるよりは落ち着くだろう。

『……門を出るまでは道が狭いので落ち着いて歩いて下さい。出てからは後ろが詰まるので速く移動してください』

 ミラは次々と指示を出していく。声が落ち着いているせいか、避難する人たちも他の門に比べて落ち着いている気がする。

 それからしばらく、大きなトラブルもなく避難は進んでいった。

「うわあああっ!」

「きゃあああっ!」

 そんな時、いきなり門の外で悲鳴が聞こえた。様子を見てみると、どうやらハウンドドッグが何匹かこちらに向かってきて、避難している人を襲っているらしい。くそ、もう交戦しているのか?

 しかし、外で待ち構えていたアルバートさんを筆頭にしたマーニエル家使用人たちが即座にハウンドドッグを殲滅する。

『……みなさん、落ち着いて下さい。魔物が来ても騒がず、焦らずに自分の身を守ってください。マーニエル家の使用人たちが皆様をお守りします』

 パニックになっていた人たちを収めるべく、ミラがそんな声を出した。その声には、誇らしさと、自分がこんな事しか出来ない、というわずかな悔しさがにじんでいた。

「ミラ、分かってると思うけど、これも立派な仕事だ。お前のおかげでここの避難はスムーズだぞ」

 俺はそんなミラを慰めるべく、頭を優しく撫でる。

「……うん、分かってる」

 ミラは神妙な顔で頷いて、また避難誘導を再開した。

区切りの都合で短くなりました。申し訳ございません。

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